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ベラルーシの部屋ブログ

東欧の国ベラルーシでボランティアを行っているチロ基金の活動や、現地からの情報を日本語で紹介しています

バンクーバーオリンピック ベラルーシはメダル3個

2010-03-02 | ベラルーシ文化
 バンクーバーオリンピック終わりましたね。前回のトリノではベラルーシは銀メダル1個だけだったのですが、今回はフリースタイルとバイアスロンで、金銀銅1個ずつ取りました。
 結構がんばりましたねえ、ベラルーシ。冬の競技に強そうなイメージがあるけど、選手が1人も出ていない競技がいっぱいあって、どうなのか、と思っていましたが・・・

 で、今回フリースタイルで金メダルを取ったグリシン選手、今頃になって知ったのですが、うちのY子が通っている学校の卒業生なのです。
 もっと学校でも盛大に応援すればいいのに、何もしていない。
 と言うか、日本人は応援にかけてはすごく盛り上がりますよね。巨大モニターを置いてみんなで集まって見るとか、おそろいの応援グッズを作って、みんなで持つとか、こういう光景、ベラルーシ人が見たら驚くでしょうね。
 
 日本と比べるとベラルーシではスポーツ選手はあくまでスポーツの世界の人、で引退後に芸能界デビューする人は非常にまれです。スポーツ番組の司会とか試合の解説をするのは普通だけど、タレントになったりする人はいない・・・
 (新体操選手が引退後、モデルになったりするケースはあります。それとテニス選手なのに歌手になった人が1人いる。まれなケース。)

 ただ、ベラルーシの場合、メダルを取るとその後しばらくしてから、その人のスポーツ人生についてのドキュメント番組をじっくり製作し、テレビ放映をします。
 しかし、それをベラルーシ人みんながかじりついて見る、ということもない・・・。

 日本人に比べると、何だか冷めている。唯一熱く盛り上がるのはホッケーの試合。
 こればかりはベラルーシの男どもがテレビにかじりついて見ている。そして、予想通り、強豪チームにベラルーシチームが負けると、テレビに向かって文句を言っている。・・・。


 金メダルを取ったグリシン選手の動画はこちらで見られます。(ど素人の私の目から見ても、これはすごいと思いました。目が回る。)

http://www.youtube.com/watch?v=2SqM9dzpdwY


http://mixa.tv/suget/3866


 グリシン選手、おめでとう! Y子の学校の子どもたちも、先輩を誇りに思ってがんばるのだ。(冷めているのはだめだよ、ベラルーシ人。)
 そして、ソチでのベラルーシチームの躍進を祈りましょう。(^^)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ここから先の投稿は後日談です。
 最近になってY子の学校の校長先生と話をする機会があったので、
「金メダリスト出身校なのに、どうしてそのことを校内で紹介しないのか。」
というようなことを尋ねてみたのです。
 そしたら、それはもうした、という返事が・・・

 Y子はその前の週の月曜日、風邪をひいてしまい、木曜日まで学校を休んだのです。
 その水曜日にグリシン選手が学校に来て、講演会(日本でもよくあるメダリストを迎えての「私はいかに努力して金メダルを手にしたか。」というテーマ。)に来たそうです。
  サインをもらったり、校長先生なんか(←女性です。)グリシン選手にキスしたり、大興奮だったらしい。ええー。
 Y子が学校を休んでいたので、私はそんなことは全く知らなかったのです。ショック!

 しかし、よく考えたらその日はセンターで着物展開催の真っ最中であったため、このことを知っていたとしても、時間が合わず、学校には行けなかったと思います。
 校長先生はがっかりした私のために、講演会のときたくさん書いてもらったというグリシン選手のサイン入りカレンダーを1枚私にくれて、なぐさめてくれたのでありました・・・。

 金メダルとったの、今年に入ってからなのに、その2010年カレンダーにはメダルを首にかけたグリシン選手の写真が入っていた・・・。
 オリンピック終了後、大急ぎで作ったんだろうな、このカレンダー。
 直筆サイン入りカレンダーをもらえてうれしかったけど、学校時代の思い出とか直接聞きたかったです。

 で、校長室の机の上に「君は私たちの誇りだ!」と手書きでレタリングしてある、細い横断幕みたいなのが置いてあったので、きいたら、これはグリシン選手が講演会のため、学校に来たときに、入り口に貼ってあったものだそうです。
 講演会が終わったらすぐ外しちゃうの?
「いえ、これは3階の図書館に貼りなおします。」
と校長先生はは言っていましたが、そりゃちがうよー。
「いや、もっと目立つところに貼らなきゃだめですよ。」
と思いっきり校長先生に抗議してしまいました。
(日本だと、外からも見えるように学校の外壁にぶら下げたりしない?) 
 

自殺率世界一の国はベラルーシ!

2010-02-13 | ベラルーシ文化
 ベラルーシの人口のことを投稿したとたん、このような記事を読んでしまいました。
 世界で一番自殺率が高い国はベラルーシだそうです。

【コラム】 世界的にも最悪レベル! 日本の自殺率はなぜ高い?(R25) - goo ニュース

 で、この↑記事ですが、時間が経つとリンク切れとなってしまうので、元になったサイトのほうの記事のリンクを貼っておきます。↓ こっちのほうが詳しい内容です。


http://r25.yahoo.co.jp/fushigi/rxr_detail/?id=20100204-00001286-r25&vos=nr25gn0000001


 これによると・・・

「警察庁の発表によると、09年の自殺者数は3万2753人と12年連続で年間3万人を超えたという。たしかに、日本は自殺者数が多いと聞くが、この数字は国際的に見てどのくらい多いのだろう?

WHOによると、人口10万人ごとの自殺率の上位10カ国にベラルーシ、ロシア連邦、ハンガリー、ウクライナなどの旧ソビエト連邦諸国や旧ソ衛星国が名を連ねている中、6番目に日本の名前が挙がっている。日本の自殺率が高い背景について、自殺問題に詳しい作家の江上剛氏はこう語る。

「日本の自殺は、他国に比べて中高年男性が多いんです。うつ病を発症しやすい年齢でもあるし、リーマンブラザーズ破たん以降の不安定な経済による事業の失敗や業務への喪失感に加え、責任を1人で抱え込んでしまうからかもしれません」

それでは、ランキング上位を旧ソ連諸国が占めているのはなぜなのか? 防衛医学研究センター行動科学研究部門の高橋祥友教授に伺った。

「日本より上位の国々は、社会変動が自殺率に直接影響しています。91年のソ連の崩壊によって独立した国々、特にバルト3国は独立当初、未来に対する希望が生まれ自殺率が低下しました。しかし、期待していたような変化はなく、夢が絶望へと変わったことで、自殺率が一転して上昇してしまったのです。またアフリカやアジアの場合は、WHOに自殺に関するデータを提出していない国も多い。特に飢餓や感染症などで多くの人たちが死亡する国では、自殺にまで関心を払う余裕がないんです。 ほかにも、中東の国々では、イスラム教の経典コーランに自殺の禁止を明記した項目があるため、自殺率が低いともいわれています」

先進国の中でいえば、アメリカやフランスは日本の半分弱。イタリアやイギリスは4分の1程度の自殺率だという。やはり、お国柄が違うとはいえ、日本の自殺率は群を抜いて高いと言わざるを得ないようです。
(古瀬絵理/フリーアナウンサー)」

 ・・・とあり、WHOの調査による世界各国の自殺率(人口10万人あたり。2009年度調査)によると1位はベラルーシで、35.1人。
 こんことで世界一になっても、ちっともうれしくないよー!!!
 
 2位はリトアニアの30.4人。(ベラルーシとの差が約5人とは、大きい・・・。ベラルーシ、ダントツ1位ですよ。)

 3位はロシアの30.1人。
 4位はカザフスタンで26.9人。
 5位はハンガリーで26.0人。
 6位は日本で24.4人。(これで、日本は自殺者が多い、問題だと騒いでいるんですが、じゃあ、ベラルーシはどうなのよ、と思った。)
 7位はガイアナで22.6人。
 8位はウクライナで21.9人。
 9位は韓国とスリランカで21.6人。

 旧ソ連の国が半分の5カ国を占めています。(もっとも、自殺者の数を統計的に発表していない国もたくさんあるらしいですが・・。)

 この記事では
「91年のソ連の崩壊によって独立した国々、特にバルト3国は独立当初、未来に対する希望が生まれ自殺率が低下しました。しかし、期待していたような変化はなく、夢が絶望へと変わったことで、自殺率が一転して上昇してしまったのです。」
と解説していますが、バルト3国でこのワースト10に入っているのはリトアニアだけですよ。
 ベラルーシはどうして1番なの?

 ちなみにこれは率の話で、数の話ではないです。人口の話があったので、ざっと計算すると、ベラルーシの2009年度自殺者数は約3330人で、日本の10分の1です。
 しかし総人口自体が日本の10分の1以下だからなー。
 率で言うと、日本も抜いて世界一なんですね。
 
 ついでに殺人による被害者(死亡者)の数は日本が約1500人で、ベラルーシが1000人弱。率に換算すると、ベラルーシは殺人事件が日本より多く発生していることになります。
 だから人口が減少しているんですよー。

 ベラルーシで自殺する人がなぜ多いのかについては、私個人の予想ですが、いくつか理由があります。
 その1。ソ連が崩壊し、独立国家になったものの、経済状況が好転せず、貧困な状態を悲観。
 また急激な社会体制の転換、思想の転換についていけず、精神的に悩み、新しい社会に順応できないことから、希望を見い出せず、悲観。

 その2。医療水準が低いことから、重い病気にかかると、治る可能性が低く、悲観。

 その3。冬が長いため、日照時間が短く、暗い冬の間にかかりやすい季節性うつ病になる人が増えてしまう。最近は増えてきたが、ベラルーシにはまだ精神科医や気軽に相談できる心理カウンセラーなどの数が不足しており、心の病気を抱えた人が重症化してしまう。

 その4。本来ベラルーシは自殺を戒めているがキリスト教の国だが、ソ連時代は信仰が禁じられていたため、国民の間に宗教心が薄れ、「自殺は大罪である。地獄に落ちる。」という意識がなくなってしまった。
 宗教が自殺に歯止めをかける、ということがこの国には乏しい状態。
 
 その5。統計上の問題。これは何かというと、実際には自殺じゃないのに、自殺として片付けられるケースがベラルーシにはけっこうある、ということです。

 例えば、本当は殺人事件なのに、自殺とされるケース。
 高校生とか大学生が数人、誰かの家に集まって、飲酒や喫煙をする。そのうち仲間内で喧嘩が起こり、1人が他の1人を突き飛ばしたら、窓が開いていて落下して死亡。
 警察が来ても、その場に居合わせた仲間は殺人事件になるとやばいので、「あいつは自ら飛び降りた。」「自殺だった。」と一斉に主張。彼らの他に目撃者がいるわけでもなし・・・。
 警察側も若い人たちの将来を損なうのもなあ、と考えつっこんだ捜査はせず(だって本当に他の目撃証言者もいないし。)「自殺」と報告する。

 ・・・といったケースがあり、自殺者の数が実際より多く数えられている可能性があります。
 しかし一方で、自殺を決意した人が、(遺書は残さず)車道に飛び出す。車にはねられ死亡。これを「交通事故」や「前方不注意による不慮の事故」死亡者の体内からアルコールなど検出されれば
「酔っ払いが意識朦朧状態で、車道に出てしまった。」と報告されてしまう。
 線路に飛び降りたら「転落事故」扱いにされる。
 つまり、自殺ではなく事故による死者の数が増えてしまう・・・というケースもあります。

 もちろん真相は不明のままなので、実際こういった、間違って分類されてしまう数がどれぐらいになるのか全く分かりません。
 でも、殺人事件が増えるよりは、自殺を増やし、自殺が増えるよりは、事故死の数を増やす傾向があると思います。

 だから本当にベラルーシが自殺率世界一の国なのかどうか、はっきりしたことは分からないです。
 でもそれを差し引いて考えても、自殺率高いですね・・・。

 一方で日本に多い「心中」や「責任を取るため、死をもってお詫びします。」という切腹系の自殺はベラルーシにはないです。
 それと日本にある「あの人のお父さん、自殺したんだってー。」と後ろ指をさすような変な差別みたいなのもありません。
 当然、家族が自殺した遺族の会、といったものもありません。(今のところ・・・。)

 方法としては首をつる人が多く、次に高いところからの飛び降り、列車や地下鉄に飛び込む。
 睡眠薬は日本と比べると手に入りやすい国だったのですが、最近は法律が厳しくなったのか、薬局で見かけません。(店の奥に置いているのかも?)
 ガス自殺はガスではなく電気の家庭が多いので、ベラルーシではあまり聞かないですね。
 手首を切るといった刃物を使った自殺は少ないです。
 冬だと1人で森の奥へ歩いていくだけで凍死できます。しかし、これの場合「自殺」ではなく、「迷子のうえ、凍死」扱いとなり、自殺の数に入らないんだろうな・・・。遺書を残しておいた場合は別ですが。

 ああ。だんだん気分が暗くなってきました。
 とにかく、ベラルーシの経済状況が好転すれば、自殺者減少にも歯止めがかかると思います。
 (前の投稿と同じ締めくくりだ・・・。)

 もうこんな記事を書くのはやめよっと。
 それより明日はバレンタインデーだし、しかも今年はマースレニッツァ(バター祭週間)の最終日にも当たっているから、チョコとブリン(クレープのこと。)を食べなくっちゃ。あははは♪ 
 ・・・とまあ、こういう思考の人はけっして自殺なんかしないのであった。(^^;)
 ベラルーシ人も日本人ももっと楽しみを人生の中に見つけよう。(^^)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 2017年の記事「自殺率世界一ではなくなったベラルーシ」もご覧ください。

ベラルーシの人口(2009年度)

2010-02-13 | ベラルーシ文化
 2009年、ベラルーシで人口調査が行われ、その結果が今年になってから発表されました。こういう数字が気になる日本人の方もいるかと思いますので、このブログで公開します。

 まず総人口数は約948万9000人。

 男女別に見ると
男性は442万3000人。
女性は506万6000人。

 やはり女性のほうが多いですね。平均寿命も女性のほうが長いです。

 年齢別の人口は分かりませんが、未成年(子ども)で言うと、女の子10人に対して男の子9人、だそうです。
 この理由もよく分かりません。が、おそらく、医療水準が日本より低く、乳幼児死亡率が日本より高いのと、乳幼児の男の子が病気になりやすい、またかかると死亡する割合が女の子より高いため、と思われます。
 またそれより少し高い年齢になると、男の子は危険な遊びをすることが多く、(例:工事現場で遊んでいて深い穴に落ち、3人の男の子が死亡。氷が張った川を渡ろうとしたら、氷が割れ、2人の男の子が溺死。夏、湖や川で泳いでいて溺れる。学校にプールがなく、体育としての水泳教育が非常に少なく、日本人と比べると泳ぎが下手なベラルーシ人が多い。男の子は他にも、喧嘩や事故に遭うことが多い。)その結果、男の子が成人するまでに死亡する率が高いと思われます。
 その結果、婚活(^^;)という意味では、
「男の数のほうが少ないから、俺、結婚できるぜ。」
と安心しきっている20代男性は多いです。
 かと言って、ベラルーシ女性のほうが
「女の数は多いから、私、あぶれるかも。」
とあせっているかというと、そういう人は皆無に等しいです。(^^;)

 話は人口に戻ります。
 首都、ミンスクの人口は182万8000人。
 ミンスクをのぞくミンスク州の人口は142万2000人。
 ビテプスク州は123万1000人。
 モギリョフ州は109万5000人。
 ゴメリ州は144万人。
 グロドノ州は107万2000人。
 ブレスト州は140万1000人。

 農村地域の人口は全体の26%、都市地域の人口は74%です。

 さて、この人口の調査ですが、前回は1999年に行われました。10年おきに調査している、と言ってもいいでしょう。次の調査は2019年ですね。そのころはどうなっているやら・・・。

 そして、この10年間にどのような変化があったのかというと、まず総人口は55万6000人減少。
 つまり1999年には人口が1千万人以上だったのが、ついにその数を切ってしまった、ということですね。 
 ビテプスク州、モギリョフ州、グロドノ州では10%の人口減です。
 ただ、各州都では人口が増加しています。

 ミンスクも人口が14万8000人増加。建築ラッシュが続いています。
 (と言うか、ミンスクの場合は、戦争中に町中が破壊されたため、戦後すぐから現在に至るまでずっと建築ラッシュの状態。)
 
 10年前の農村地域の人口は全体の31%、都市地域の人口は69%だったので、人口がどんどん都市に流入している、ということです。
 農村地域ではここ10年の間、毎年約4万3000人ずつ人口が減少。(都市部への移住のほか、死亡者数が出生人口より多いため。)
 過疎化が進んでいますが、次の10年の間に農村部の人口を1.5倍に増やす政策を打ち出すということです。
 ちなみにベラルーシでは出生率が微増しています。
 
 しかしちょっと生まれる子どもの数が増えただけでは、人口の減少は止まらないでしょう。
 このペースで人口減少が進めば、10年後には800万人台に、30年後には700万人台になってしまいます。
 どうしてベラルーシの人口は減っているのか。
 理由はいろいろ考えられます。医療水準が日本と比べると低いため、助かっていたはずの命が助けられない。(子ども人口がその分少なくなる。高齢者も早く死亡するので、高齢者人口も少ない。)

 経済状況が慢性的によくないため、少子化傾向がずっと続いている。(ちなみにベラルーシで一番出生率が下がったのは、パンを買うのに行列を作っていたペレストロイカのころ。1980年代後半生まれの世代。)

 同じく経済状態がよくないため、職を求めて外国へ出稼ぎに行ったベラルーシ人が、帰国しないケース。外国の教育機関に留学し、そこで就職するケース。外国人との国際結婚による移住。特にロシア人とは言葉の壁がないので、ロシアにベラルーシ人が移住するケースが多い。

 ソ連時代、都市部の人口の意外と多くを占めていたユダヤ系住民が、独立後、イスラエルやアメリカに大量に移住。ロシア系住民もベラルーシ国籍の取得よりロシア国籍の取得を望み、ロシアへ帰国したり、移住したりした。

 政治的、経済的亡命。現政権に不満を持つベラルーシ人がポーランドなどに逃げている。そうすると、今度はなかなかベラルーシへの入国許可が下りなくなるため、帰国できない。
 ベラルーシの貧しい家庭の青年が国外へ行ったときに、経済的亡命を訴えたら、ヨーロッパ各地の難民収容センターをたらい回しにされたケースもあります。最終的に難民と認められたらしいですが、その子どもの家庭、極貧というわけではないです。
 
 やはり経済的な状況がよくないため、出稼ぎのためベラルーシへやってくる外国人も少ない。
 つまり逆にベラルーシへ、仕事を求めてやってくる外国人がいない。他のヨーロッパの国の学術機関と比べると、留学生も大変少ない。ベラルーシ人と国際結婚後、ベラルーシに住もうという家族も少ない。
 石油も金も採れないので、このようなビジネス目的でやってくる人も企業もない。
 要するに定住しそうな人が外から来ないのです。

 殺人事件の被害者数も多い。自殺する人も増えている。
 チェルノブイリ原発事故の放射能汚染のせいで、健康な人の割合が少なく、病気を抱えている人の割合が高い。(つまり、短命であったり、子孫を残せる可能性が少なかったりする。)
 アルコール中毒患者の数が非常に多い。中毒そして依存症の人も合わせると、ベラルーシ人の10%を占める、と言われている。
 当然、そういう人たちは肝臓病に罹る確率が高く、平均寿命が短い。
 
 ついでに言うと食生活も脂肪分、塩分が多く、冬は特に保存食を多く摂りがちで、さらにアルコール摂取量も増えるため、健康によくない。
 ほとんど海がないため、ヨード摂取量も少なく、風土病と言っていいほどベラルーシ人の多くがヨード不足状態。

 ああ。だんだん気分が暗くなってきました。
 とにかく、ベラルーシの経済状況が好転すれば、人口減少にもだいぶ歯止めがかかると思います。
 日本もそうですが、ベラルーシも人口が減るのはやはり問題です。
 もっとも、若い世代が支えないといけない高齢者人口がベラルーシの場合、少ないので、若い人への負担は日本と比べるとずいぶん軽いと思いますが・・・。日本のほうが若年人口の減少は、ずっと大きい問題です。

NHK BS1の番組「きょうの世界」でベラルーシが取り上げられました

2009-11-11 | ベラルーシ文化
 11月10日にNHK BS1の番組「きょうの世界」でベラルーシが取り上げられました。
 ベラルーシに住んでいる私は見られなかったのが残念です。

 こちらのNHKサイトの「過去の放送内容」でも少し内容が紹介されているのでご覧ください。

http://www.nhk.or.jp/kyounosekai/lineup/index.html


 「ヨーロッパとの経済的な関係の強化を模索し始めている」ベラルーシ・・・ですが、簡単には進まないような気がしますね。
 実際に住んでいる人間からするとヨーロッパとの関係改善より、中国との経済協力関係構築を模索中・・・という感じがします。
 そしてやっぱりロシア抜きには考えられないベラルーシの生きる道。 
 どうなるんでしょうかねえ・・・。

人形劇ぺトルーシカ その2

2009-11-05 | ベラルーシ文化
 劇団「ナーシ」のみなさんです。
 真ん中に写っているのはピアノ演奏担当の方。舞台では袖に隠れていて姿は見えません。
 両端のお二人が人形を操り、また声も担当しています。こんなカラフルな格好をしているのは本人がぺトルーシカのパパとママの役もしているからです。
 ママ役でしかもぺトルーシカ役をしているイリーナさんは、オシポビッチの青少年創作センターの人形劇クラブの顧問をしています。
 オシポビッチ出張講演の記事の画像にも写っていますが、分かりますかね? きれいな人なのに、ぺトルーシカのママの役のため、こんなメイクをしています。でもかわいい。
 写っているトランクは広げると舞台装置になります。
 もう一つトランクがあって、たくさんのお人形や小道具が入っています。

 お人形は手作りで、人差し指で頭の部分を親指と中指で両手の部分を操作するそうです。簡単なようで、生き生きとした動きにするのは難しそうですね。

 劇団「ナーシ」は子ども向けの人形劇だけではなく、大人向けのブラックな演目もあるそうなので、いつかそれも見てみたいです。 

 箱人形劇もそうなのですが、ベラルーシって伝統的に人形劇が好きなんだな、と思いました。
(箱人形劇について詳しくはこちらです。調べたらベラルーシは指人形劇より箱人形劇のほうが盛んで、ロシアでは箱人形劇より指人形劇のほうが発達したそうです。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/culture/doll/index.html

 

人形劇ぺトルーシカ その1

2009-11-04 | ベラルーシ文化
 民衆の間で生まれたぺトルーシカという人形劇、ロシアでは17世紀に書かれた文献に上演の記録が残っています。
 このような人形劇はお祭のときに大道芸人があちこちの町の広場で演じられてきました。もちろんベラルーシでも長く受け継がれてきた伝統文化の一つです。
 しかし時代の変化のためか、純粋に伝統的なぺトルーシカはあまり見られなくなってしまいました。

 ところが最近ベラルーシで新しいタイプの指人形劇として復活させた劇団がベラルーシにあります。
 それは「ナーシ」というオシポビッチにある人形劇団です。先日オシポビッチで出張講演に行ってきましたが、それを勧めてくれたのがこの劇団の方の一人なのです。

 人形遣いが2人、ピアニストが1人という小さな劇団ですが、すでに国内の人形劇のコンクールで優勝するなど、高く評価されています。
 伝統的なぺトルーシカは鷲鼻で、奥さんがいて、なまけもので毒舌家なのですが、劇団ナーシのぺトルーシカは小学生の男の子、パパとママがいて、でも言うことをちっともきかず、勉強は嫌い、食い意地が張っている、という設定です。
 このほうが子どもになじみやすいですよね。

 内容は男の子のぺトルーシカが学校に行きますが、途中でランドセルをブタに背負わせ、自分は遊びに行ってしまいます。そこでいろいろな人に出会う、という話です。
 やんちゃなぺトルーシカがとてもおもしろいし、舞台装置にもさまざな仕掛けがしてあって、驚かされます。そして何より団員さんたちの熱演と技術がすばらしい。一人で何役もこなさないといけないので大変です。そして音楽の生演奏。
 さらに劇の後にいろんなクイズやコンテストなど参加ができて、子どもたちは大喜び。
 画像はぺトルーシカの絵を描いてみようコンテストに出場し、キャンディーをたくさんもらったY子です。後ろにぺトルーシカとそのお父さんが映っています。

 劇団「ナーシ」はベラルーシ各地で公演を行っていますが、ミンスク市内ではロシアン・ロマンス劇場で定期公演しています。 
 ロシアン・ロマンス劇場のサイトはこちらです。(ロシア語のみです。)

http://www.rusromans.com/




国立テントサーカス その6

2009-06-22 | ベラルーシ文化
 楽しかったね、サーカス。画像は国立サーカスのバスです。
 テントの裏には動物を飼っている小屋や出演者の人が準備をする楽屋代わりのトレーラーがたくさん止まっていました。地方巡業に行くときはこれで移動するんでしょうね。
 早く修理が終わってきれいで便利になったサーカス劇場で、公演ができるようになるといいですね。
 新しくなったサーカス劇場に行くことになったらまたレポートします。


国立テントサーカス その5

2009-06-22 | ベラルーシ文化
 最後のフィナーレの様子。ほぼ全員の出演者が登場。
 画面の左側にテントを支える柱が写っていますが、その右横に黒いコスチュームを着て写っているのがユリヤ・ラスキナです。
 
 ちなみにベラルーシでサーカス団員(出演者)になりたい場合ですが、サーカスが国立なので、やはり国立のサーカス学校があります。そこで曲芸などの技術を学び、成績が優秀だとサーカス劇場に就職できます。

 最も全員がサーカス学校出身とは限りません。前述のラスキナのようにもともとスポーツ選手だった人がサーカスで働くようになる例があります。と言ってもほとんどが体操系のスポーツ選手です。(器械体操、新体操、アクロバット体操、トランポリンなど)

 またサーカス団員同士が結婚することが多く、その子どももサーカス団員になることが多いです。動物の調教師の家庭に生まれた場合、そのまま子どもが跡継ぎになるケースや、家族で一つの曲芸チームを作るケースなど。
 こういう場合親から技術を教えてもらって成長し、そのままサーカス劇場に就職することになります。
 しかしみんながみんなサーカス団員の家庭に生まれるわけではないし、一般人でもサーカスに入りたい、という希望者がいるわけですから、そういう人は中学の卒業証書を持ってサーカス学校に入学します。

 成績がとても優秀な場合、ベラルーシの国立サーカス劇場に就職するのではなく、海外のサーカスに入団テストを受けることもできますが、非常にまれなケースです。
 普通は国立サーカス劇場に就職し(公務員になります。)技術を磨くことになります。
 曲芸など体を使う団員だと、定年退職をする年齢も35歳、や40歳など、早いのですが、怪我が多く大変な仕事だそうです。(それは確かにそうですよね。)
 動物の調教師だと、動物の大きさにもよるけどうっかり噛まれたり、踏んづけられたりすることがあるので、本当に大変な仕事です。
 

国立テントサーカス その4

2009-06-21 | ベラルーシ文化
 私が見たのは「砂漠の蜃気楼」というプログラムで、ラクダが出てくるのは呼び物ということでした。ラクダが2頭出てきましたが、これはウズベキスタンのサーカスが巡業でベラルーシに来ていたものでした。
 ラクダは出てきたし(普通は馬の上でする曲芸をラクダの上でする)国立サーカス専属のダンサー(グループ名はその名も「ベルスター」! ベラルーシのスターの略ですよ。)はくじゃくの羽飾りを背中にくっつけて、アラビアンなダンスを踊っていましたが、それ以外は「砂漠」という感じではなく、普通のサーカス(ピエロもよくあるピエロの格好)でした。

 アクロバットに動物芸に、お客さん参加コーナー(ピエロが教える変なダンスをさせられる。)もあり、ととてもおもしろいです。
 休憩を入れた2時間半があっと言う間です。
 
  出演中は写真撮影が禁止なのかどうか確認しなかったと、会場内が撮影をするには暗いので、写真を撮っていませんでした。
 でもほかのお客さんを見ると気にせずじゃかすか写していました。
 遠慮していた私も撮影したのがこれ。結局暗くてうまく写っていませんが、元新体操選手シドニー五輪の銀メダリスト、ユリヤ・ラスキナです。
 ラスキナはシドニー五輪の後、引退してカナダのサーカスと2年間の契約を結びました。そこで一度に4個のフープを回すという芸などを見せていました。
 ラスキナの4個フラフープ姿は国立サーカスのサイトで見られます。(小さい画像はクリックすると拡大します。)

http://www.circus.by/ru/?id=298

 
 その後ベラルーシに戻り、今は国立サーカスで働いています。他にもダンスのショーなどに出演してます。ちなみにこの人はベラルーシの新体操五輪代表選手としては珍しくディナモ・クラブの出身ではありません。

 私が見たのはフープは1個だけでしたが、2本の幅が広めの布を垂らして、それに体や足に巻きつけて落下しないようにしながら、空中でフープを回しながら、上下に行ったり、ぐるぐる回転したりする、という「空中フープ」をしていました。
 画像では分かりにくいですが、前後開脚しながら手でフープを回しています。
 これぐらいならまだどうってことないのですが、驚いたのは空中で足のつま先を下に向けた状態で足の先のほうでフープをフラーフープみたいに回していたこと。(@0@)どうして落ちないの?!
 遠心力と言ってしまえばそうなのですが、こういう空中の動きは新体操では練習してなかったことです。それができるのがすごい。


国立テントサーカス その3

2009-06-21 | ベラルーシ文化
 大きなテントの内部のようすです。意外と立派です。 
 ただアリーナはちょっと狭かったです。複数名の空中ブランコをするのは苦しい感じです。

 仮のテント小屋なので仕方がないのですが、座席は長い板を渡したもので、クッションはついていましたが、お尻が少々痛くなりました。小さい子どもがたくさん見に来るので支障はないのですが、座席をかなりぎゅうぎゅう詰めに作っていて、座席数は思っていたよりたくさんありました。

 しかも空席がないほどの大賑わい。夏休み中なので当然ですが、国立のサーカスなので、国営の企業に割引料金でたくさんのチケットを売り、その企業が自分の子どもがいる従業員にボーナスの一環として配ることがあります。(あるいは安い値段で従業員が職場で購入できる。)
 またいわゆる孤児院や身体障害児協会のような団体には、割引料金で優先してチケットを売っています。
 そのため休みとなると地方都市からも子どもが大勢バスに乗ってやってきます。

 一方で7月と8月はサーカス団員が夏の休暇を取ったり、ほかの町や国へ巡業公演に出てしまうので、サーカスはお休みになります。夏にベラルーシへ来る日本人が多いと思うのですが、そのころちょうどサーカスが休みになっているかもしれませんので注意。
 
 右手奥が出演者の入退場口になっています。その上にバンドがいて生演奏をしてくれます。
 演目によっては音楽は録音でした(曲がヘビーメタルなど。)でも、内容に合わせた生演奏はすばらしいです。


国立テントサーカス その2

2009-06-21 | ベラルーシ文化
 テントの全体の外観です。
 入り口左側でチケットを売っています。いい席(前列1列目から5列目まで)が日本円に直して700円しない値段です。
 一番後ろの席(15列目)でも300円ぐらいです。
 大人も子どもも料金は同じです。ただし5歳以下の子どもは無料。

 日本人の感覚からすると安いと思うのですが、ベラルーシ人に言わせるとソ連時代は「本当に安かった。今は高い。」そうです。

 入り口でチケットを渡します。中に入ると小さいテントがあり、そこを通ると大きなテントに入れるようになっています。
 小さいテントのほうは売店コーナーになっていて、風船やおもちゃ、綿あめ、アイスクリーム、ポップコーン(ただし塩味ではなく砂糖味。)飲み物などが売られています。
 チンパンジーと一緒に写真が撮れるコーナーもあります。
 このテントの中はとにかく親子連れでぎっしり。しかもめちゃくちゃ騒がしいです。
 バレエや音楽のコンサートと違い、子どもが騒いでもいいのがサーカスのいいところですね。


国立テントサーカス その1

2009-06-19 | ベラルーシ文化
 ベラルーシの小学校は夏休みが6月、7月、8月と3ヶ月もあります。これでも今年は短縮されてまして、以前は5月25日が終業式だったのです。
 長い夏休み、子どもをどっかに連れて行かなければならない・・・特に低学年のうちは親が相手をしてあげないと・・・ということで行ってきました。サーカス。

 ベラルーシはサーカスも国立です。ごくたまに私営のサーカスのテント小屋がやってくることもあります。
 でもベラルーシで「サーカスに行こう。」ということになると、普通は国立サーカス劇場のことをさします。

 さてそのベラルーシ国立サーカス劇場ですが、2006年6月に全面改修工事のため閉鎖されました。その間、別の場所に仮のテントを建てて上演を続けています。
 国立サーカス劇場の工事が終わるとこのテントは解体され、なくなってしまう予定なので、あるうちに行ってみることにしました。

 画像はテントの入り口です。この後ろにテントがあります。天気は雨でしたが、夏休み中の親子連れでいっぱい。みんな記念撮影をしています。シャボン玉がうまく映っていますね。(^^)

 ベラルーシ国立サーカス劇場の公式サイトはこちらです。(ロシア語と英語です。)

http://www.circus.by/ru/


 このサイトによるとベラルーシには外国の(特にロシアの)サーカス一座が巡業に来ており、1884年には現在の自由広場に最初のサーカス小屋が建ったそうです。
 その後1930年代には現在のゴーリキー子ども公園にロシア人ニキーチン兄弟のサーカスのテントが建ちました。
 しかし第2次世界大戦中にサーカスは空襲で焼けてしまい、生き残った団員と動物はロシアに疎開してしまいます。

 戦後になって現在の場所(独立大通り32番)に新しい建物が建設されました。しかし60年近くが経過し、老朽化が進んだため、現在大修理中です。
 そのため仮のテントを建てて公演を続けています。もう3年目になるのですが、いつ終わるんだろう、工事・・・。(^^;)
 でもその前にベラルーシ国立サーカスのテント版に行くことができてよかったです。

ベラルーシ国立美術館 その3

2009-06-13 | ベラルーシ文化
 ベラルーシ国立美術館、新館の2階にある東洋文化コーナーです。日本と中国、インドの展示物が見られます。朝鮮文化の展示物も追加される予定だそうです。
 
(この画像は美術館側から許可を得て撮影しています。) 
 国立美術館の公式サイト内、東洋文化コーナーのページです。

http://artmuseum.by/ru/koll/vostisk


 以前からこの東洋文化コレクションはこの美術館の中で保管されていたのですが、展示する場所がなく、目にする機会がありませんでした。しかし新館が完成して、東洋文化コーナーが新しく作られたため、現在は常設展示されています。
 
 日本の展示物としては、着物(うちかけ)、帯、扇子、根付、陶磁器、花瓶、大黒像や観音像、ちょうちんなどです。
 着物と帯の一部は、ミンスクが仙台と姉妹都市提携を結んだときに仙台市から贈られたものです。
 他の展示物の多くはロシアの東洋美術館から寄贈されたもの、オークションで購入したものなどです。
 日本から遠く離れたベラルーシで、このような日本の展示物を見られるのは不思議な感じがしますね。
 またベラルーシ人に日本の文化を紹介できる貴重な場所です。

 他にも美術館の倉庫には、日本の掛け軸や伝統玩具が眠っており、将来展示されるように準備を進めているそうです。
 ただ、ロシアの東洋美術館からの寄贈物にしても、美術品に説明がない場合がなく、困っているそうです。
 私も美術館の東洋文化部の人に頼まれて、漢字を解読したり、画家の名前を訳して経歴を調べたり協力しています。
 例えば、驚くほど大きい銅製の1対の花瓶があるのですが、一見したところ龍の彫り物がしてあって、中国製に見えます。
 この美術館ではこの花瓶を中国美術品として分類していました。
 しかし台座の裏側に漢字が掘ってあって、それを解読してほしいと頼まれてみたところ「大日本帝国」と書いてありました。今では日本製として分類されています。(ただもしかすると戦時中のものですので、満州で作られたものである可能性もあります。)
 それにしても大日本帝国製の、持ち運びが簡単ではない大きい花瓶、しかも1対になっているものが、どうしてベラルーシの美術館にあるのか、詳細は不明です。

 はっきりしたことは分かりませんが、出自不明の美術品はロシア革命以前のお金持ち(貴族や豪商)の個人蔵コレクションだったものが、ロシア革命時の混乱時に盗難にあい、売りに出され、人から人へ(あるいはソ連国家に)渡ってしまった可能性があります。

 とにかくミステリーの多い展示コーナーです。
 日本人の方がベラルーシに来て、日本の着物を見てもそんなにおもしろくないかもしれませんが、もし国立美術館に来られたら、ぜひこの東洋美術コーナーもご覧ください。ベラルーシ人の友達といっしょに行って、展示品の詳しい説明をしたら喜ばれるでしょう。

ベラルーシ国立美術館 その2

2009-06-13 | ベラルーシ文化
 ベラルーシ国立美術館の新館の内部、吹き抜けのコーナーです。
 (美術館側から許可を得て撮影しています。)

 ベラルーシ国立美術館は名称を変えながら、1939年から開館しています。
 美術品で多いのは、ベラルーシとロシアの絵画、彫刻などです。
 日本人の方はせっかくなので、ベラルーシの美術品や絵画をご覧ください。
 特にラジビル一族の肖像画で現存するものは全てこの美術館で見られます。
(ラジビル一族は中世からロシア革命までベラルーシ地域を治めていた貴族。日本で言うと大名のようなものです。)
 
 また18世紀に作られたスルーツクの帯なども見られます。
 ベラルーシ出身で一番有名な画家はマルク・シャガールですが、この美術館にはシャガールの作品はありません。シャガールの作品は、ベラルーシ国内だと、ビテプスクのシャガール美術館のほうが数が多いです。
(たぶん日本国内のほうがシャガールの作品をたくさん見られると思います。)

 ただ、ベラルーシ国立美術館にはシャガールの先生だったペンの作品や、ペンが描いた若い頃のシャガールの肖像画を展示しています。
 
 私が好きなベラルーシの画家はヤゼフ・ドロズドビッチなのですが、数は少ないながらも作品をこの国立美術館で見ることができます。
 100年ぐらい前の画家ですが、土星の風景とか火星人の絵を描いた人です。不思議でしょ?

 他にも期間限定のテーマ展や現代画家の個展などが館内で開催されています。

ベラルーシ国立美術館 その1

2009-06-13 | ベラルーシ文化
ベラルーシ国立美術館をご紹介します。
 公式サイトはこちらです。(英語、ロシア語、ベラルーシ語)

http://artmuseum.by


 新館が完成し、内容が充実してきたベラルーシ国立美術館。東洋文化コーナーもできて、日本の展示品も常設展示されています。

ベラルーシ国立美術館
所在地 ミンスク市 レーニン通り 20番地
    午前11時から午後7時まで開館。入館は午後6時半まで。 
休館日 毎週火曜日
電話番号 227-71-63
料金(ただし2009年6月現在)
 大人 4810ベラルーシルーブル
 学割 2900ベラルーシルーブル(小中高生、大学生)

 小学生以下は無料。写真撮影やビデオ撮影は事前に許可が必要であり、追加料金が別途必要です。
 毎月最終水曜日は「博物館の日」のため入館料無料。

 ガイド付き団体料金は、大人が16080ベラルーシルーブル、子どもが12060ベラルーシルーブル。