電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

藤沢周平『風雪の檻・獄医立花登手控え(2)』を読む

2007年09月24日 06時01分13秒 | -藤沢周平
講談社文庫で、藤沢周平『風雪の檻・獄医立花登手控え(2)』を読みました。こちらは新装版ですので、文字のポイント数が大きいため、実に読みやすいです。
さて、この巻は、友人の新谷弥助が借金のかたに年増の悪女につかまっているのから身を引かせる経緯と、従妹のおちえが次第に登に思いを寄せるようになる話が軸になります。



「老賊」、老いて死病に冒された悪党が、娘を探してほしいと登に頼みます。ところが、探し当てた女は恐怖に転々と住処を変え、父はもう死んでこの世にいないといいます。
「幻の女」、流人船を待つ身の巳之吉が会いたがった女おこまは、女牢にいました。転落した二人の思いは交わりません。
「押し込み」、女のために押し込みを企んだ素人三人組のほかに、むささびの七という本職の強盗が狙っていました。牢内で、仲間にやめろと伝えてくれと依頼した男が、口を封じられそうになります。
「化粧する女」、与力が執念で牢問にかける房五郎は、頑として自白しません。ですが、その女房も相当の女狐でした。
「処刑の日」、無実を訴えても取り上げられず、諦念のため無気力となった助右衛門でしたが、おちえの話から一人の手代の姿が浮かび上がります。そして、まさに処刑のその日に真犯人がつかまりますが、助右衛門の出牢証文は出ず、処刑の時刻が来てしまいます。緊迫のやりとりです。



最後の「処刑の日」は、サスペンスものに通じる緊迫感と、ほっとする解放感、そして甘美な幕切れとを併せ持った、いいお話です。たとえばこんなふうに。

「あたしが教えたこと、役に立った?」
「役に立ったとも」
 登はお茶を飲み干すと、立って手拭いをさがした。
「手拭いなら机のそばよ」
「おちえが女のことを教えてくれたおかげで、人間の命ひとつが助かった」
「ごほうびをくれないの?」
「ほうび?」
 登はおちえの顔を見た。おちえは手を袖に入れて柱に寄りかかっている。登の胸にいたずらな気持ちが動いた。
「ほうびはこれだぞ」
 登はおちえの身体をすっぽり抱えると軽く口を吸った。きゃっと叫んで逃げるかと思ったら、おちえは動かなかった。目を閉じてじっとしている。登がはじめてみる、酒に酔ったような顔色になった。
「湯屋に行って来る」
 登はあわてふためいて身体をはなすと、玄関にむかった。外に出ると、登は闇の中に立ちどまって大きくひとつ息を吸い込んだ。胸の動悸が高くなっていた。これまでふれたことのない甘美なものにふれた感触が唇に残っている。
 登は頭を振った。それから下駄を鳴らして門を出た。

テレビドラマでは、たぶん人気の出る場面でしょう。昭和50年代、中井貴一と宮崎美子のコンビが、「立花登・青春手控え」という題の連続ドラマを演じ、人気を博しています。この場面でどんな演技を見せてくれたのか、残念ながら記憶にありませんが、全体に面白かったことだけはよく覚えています。
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