リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

懐かしの楽器たち(21)最終回

2021年09月19日 15時20分19秒 | 音楽系
大学受験で浪人したらまた一年間ギターが弾けなくなるので必死で勉強しました。そのかいあって名古屋市内の大学に無事合格致しました。将来音楽で留学をするつもりでしたから学部は英語に決めていました。大学で身に着けた英語力は図らずもいろんな面でその後の人生を支える役割を果たしてくれました。もっとも本来の目的である留学をしたのはその33年後でしたが。(笑)

大学合格祝いに河野ギター6号を親に買ってもらいました。この楽器は今も持っています。大学は2年生まではきちんと勉強していましたが、3年生になると突如授業には出ずにギターに専念します。3年生の始め頃に最初のリュートを買ったことはこの連載の始めの頃に書きました。ギターは1974年の12月に四日市で演奏をしたのを最後に人前では演奏をしていません。というかウチでもほとんど弾いていません。結局ギターを弾いていた期間は9年、受験で全く弾かなかった期間を引くと実質7年ちょっとでした。その割には名古屋のギター界では私のことをよく覚えてくださっている方が沢山いらっしゃるのでありがたいことです。もっとも若い人だと、ミューズちょっとギターをパラパラと弾くと、「あれ?中川センセってギターも弾けるんですね」なんて言われますが。


1973年のジョイントリサイタルのとき

ブローウェル作曲フーガ 1974.12 四日市市民ホール

↑最後のギターステージの録音。前回のカルリの録音はまだギターを始めて実質2年も経っていないころなので雑な弾き方ですが、こちらの方は楽器もよくなりそこそこの演奏をしています。この時はアマチュアの発表会でしたが、ラウロのベネズゥエラ舞曲第3番とブローウェルのフーガの2曲を弾きました。オープンリールで録音をしてくれていた奇特な方がいました。