リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

確定申告

2019年03月14日 21時46分31秒 | 日々のこと
確定申告なんとか間に合いました。国税庁のホームページでガイドに沿って入力して、それを印刷して桑名市役所5階の受付まで持って行きました。



会場で書くわけではないので、提出のみです。待ち時間ゼロでした。以前税務署で受けつけていた時代、ホームページで書くという便利な方法はまだなかったので、それは大変でした。一応コンピュータで印刷できるようにはしてあったのですが、入力インタフェースが訳分からない方式なので、結局税務署員のヘルプなしにはかけないというトンマなシステムでした。

でも私のような大したことのない申告でも、証明書を貼付したり必要経費の算出などで作成にはそれなりの時間がかかっています。まぁでも手書きで作成と比べると書き間違いはないし、作成時間も短縮されるのでホントに楽です。

パスポート申請書類もホームページで作れるというのも偶然ネットで見かけたので、先週作って県の桑名庁舎に提出してきました。現パスポートは今年の7月に切れるのであと数ヶ月しか有効期間が残っておらず、急に外国に行かなくてはならななくなったとき(まぁそんなことはそうはないでしょうけど)行けなくなると困りますので、早めに更新申請を行っておきました。

便利な時代になりましたねぇ。確定申告なんかはe-Taxというのがあって、ネットで申請もできるらしいですが、ハードウェアを購入しなければならず、どうもこのあたり役所と業者の癒着が感じられます。(ネットで確認してみましたら、ハードウェアを購入しなくてもできる方法があるようです。でもいろんなパターンがあって読むのも面倒くさそう)そうそう、パスポートの申請時にあわてていたので、非常時の連絡先に家内の父親の名を書いておきましたが、漢字変換をきちんと確認していなかったため申請者との関係が「岐阜」になっていました。受付のお姉さんに最終段階で見つけてもらいました。義父は「岐阜」県に住んではいるんですが。(笑)
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そうだ、京都行こう!

2019年03月10日 22時58分02秒 | 音楽系
久しぶりに養老鉄道に乗りました。もう何年ぶりでしょう。



途中までの車窓は懐かしい景色で一杯でした。30数年前に住んでいた家も養老鉄道(当時は近鉄養老線)沿線でした。

大垣まで行ったのは実は初めてでした。



大垣の近くで線路は大きく右に曲がり、それまで後方に見えていた養老山脈が真正面に見えてきたのには驚きました。

今日の目的地は京都、新幹線で行けば大して時間がかからないのですが、天気もよかったし節約も出来るので、あえて3時間半かけて在来線を乗り継いで行くことにしました。選んだルートは、桑名から出ている養老鉄道経由です。大垣で東海道線に乗り換えます。東海道線の列車に揺られているときヒマなので乗り換え案内でルート検索をしていましたら、実は関西線、草津線経由で東海道線に入った方が30分早く900円安いことがわかり愕然!次回はこちらです。

目的地は京都の龍谷大学。龍谷大学に勤めて見えるKさんたちが主催して、野入志津子さんの講習会が開かれています。在来線経由なので途中からですけど参加させて頂きました。野入さんもKさんも古くからの知り合いです。



参加されていた方は10名程、私の生徒さんのYさん、Hさんもいらしてました。Yさんは滋賀県の方なのでひょっとしたら参加されているかも思っていました。家で以前今村泰典氏の講習会何回か開催したことがありましたが、それに何度も来て頂いた奈良のYさんにもお目にかかることができました。野入さんに初めてお目にかかったのは、もう30数年前になるでしょうか。まだバーゼルに勉強に行かれる前でした。今回は久しぶりにお目にかかることができてとても懐かしかったです。

はじめは知らない方ばかりが参加されていて、ちょっと居心地が悪いかもなんて思っていましたが、行ってみると参加されている方の半分近くの方が存じ上げいる方でしたし、あとで話を聞くと参加されている方が教えてもらっている先生方やお知り合いが大体私がよく存じ上げている方たちばかりだったこともあり、終了後の打ち上げではすっかりと打ち解けてとても楽しく過ごすことができました。

さて帰りは、草津線、関西線経由にしようかとも思っていたのですが、打ち上げで盛り上がり最終の列車(19時18分!)はとっくに出てしまっていました。この最終列車の組み合わせは、3分乗り換えの箇所があり、ヘタするとアウトになる可能性もありました。もちろん新幹線を使えばまだ余裕です。こういうこともあろうかと、JR東海のEX-ICカードを持って行きましたので、スマホでチャチャっと予約を入れて、カードを改札機にかざして入構、すぐに新幹線に乗りあっさり名古屋に到着しました。名古屋到着の2分後に関西線の列車がありましたので、それに乗り10時20分頃に桑名に戻りました。行きのあの3時間半はいったいなんだったんでしょう、というくらいあっさり到着しました。ちなみに最終の草津線、関西線経由に乗っても大体同じ頃の到着でした。
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引用、転用、クリソツ、盗作

2019年03月06日 23時47分23秒 | 音楽系
昔の和歌では、本歌取りという手法があるようで、有名な昔の歌のフレーズと取り入れて別のを作ることのようです。あんまり取り入れすぎると盗作かなんかわからなくなってしまうので、決まりみたいなのもあるそうです。

音楽の場合は、ポップスの場合は「クリソツ」という手法がありまして、そっくりだけどなんかちょっと違うように作ることらしいです。昔ゲーム音楽の作曲を頼まれたとき、依頼した会社からは、「Whamのラスト・クリスマス」のクリソツを作ってくれ」って頼まれたことがありました。ヘタすると盗作になりますので、似ているけどちょっと違うふうに作りましたけど・・・もう大分前のことで、当時はゲーム音楽はヤマハのFM音源用に作らなければならず、出せる音が三声までなので、こっちの方でも苦労しました。

バロックとかもっと前のルネサンス時代は、カンタータでコラールの引用とか、パロディと呼ばれる自分や他人の曲を別の目的で転用するのはごく一般に行われていました。今ならうるさく言われるかも知れませんが、当時は情報の広がる範囲が限られていて、しかも広がる時間もかかったでしょうから、そんなに問題にはならなかったのでしょう。

今度リサイタルで演奏する予定の、ゴーティエ作曲「メサンジョーのトンボー」の最後6小節は、引用されている部分です。



以前、ホプキンソン・スミスとのレッスンで、「この部分って、ダウランドのファンタジアからの引用ですよね」って私が言ったら、彼は「ああ、そうだ」と答えましたが、どのファンタジアからかは私も深く聞きませんでした。というのも、「種々のリュート曲集」(ロバード・ダウランド)に収められているダウランドのファンタジアと思い込んでいたからです。でもずっとあとで、ふと思い出したのでしらべてみましたら、ダウランドのファンタジアの15、16小節目が似ているので、それをメサンジョーのトンボーの件の部分と同じだと思い込んでいました。確かに似てはいるのですが、ぴったりと同じ風ではありません。

ところがさらにあとになって、思わぬところからこの部分がやはり引用されていたことが分かりました。ディオメデス・カトーという16世紀末のポーランドのリュート奏者が書いたファンタジアの中にほぼぴったり同じ部分がありました。



カトーはルネサンス時代の人ですので、作品もルネサンス・リュートのためのものです。ゴーティエの件の作品はバロック・リュートのためのものです。ですので、カトーがゴーティエの曲の一部を引用したということはありえません。件の部分はこの2人以外の誰かの作品Xがあってそれをこの2人が引用したという可能性もあります。なかなか興味深いです。一度時間をみつけて詳しく調べてみたいと思います。

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天正大地震と長島

2019年03月03日 22時16分48秒 | ローカルネタ
島輪中図書館歴史講座「天正大地震と長島」に参加してきました。ちょっと道に迷ったので、3分ほど遅れて到着、受付の名簿には沢山の参加者の名前が。ほとんどの方が遅刻せずいらしてました。



会場には沢山の老男女の方がいっぱい。残念ながら「若」の方は見渡した感じではゼロでした。地震をテーマにした講座なので、この先そんなにない(失礼)方にも増して、もっと若い世代が来るべきだとは思うのですが、若い世代は日曜日は家庭サービスなんかで忙しいのかも。ま、おじいちゃん、おばあちゃんが講座を聴いてその話を息子の世代に伝えたらいいわけですから、参加者のかたよりはそんなに問題にならないのかもしれません。

天正大地震は天正13年=1586年におこった巨大地震で、会場のある桑名市長島町はもちろん近畿地方一帯を襲った巨大地震で、いくつの断層が連続的に動いた大地震の連鎖だとも言われています。


不勉強な私の疑問:

長島に関する記述は、当地のものも他地域におけるものもあるのに、桑名のものがないのはどうしてか?
桑名に行政機関があれば、必ず公式の文書は残っているはずだが、1586年には桑名には行政機関はなかったのか?
三重県の北勢地区で当時一番有力だったのは、長島の豪族、寺社勢力ということなのか?
天正大地震のときに伊勢湾断層は動かなかったのか?(地震学者飯田汲事先生の説では伊勢湾断層が動いたとある)
伊勢湾断層が動いたのなら桑名は津波の被害があったはず
天正地震後の今の桑名の旧市街域の被害状況は?
町屋川の流れを変えて桑名の町割をしたというのが定説?になっているが本当か?
地図で見ると、町屋川は河口近くで90度近く曲がりそのまま伊勢湾に入っているがこれだけの工事が当時の技術、資金力で可能だったのか?


私のファンタジー:

三重県の北勢地区は長島が有力な行政機関だった
それが天正大地震で壊滅状態になった
現在の桑名市旧市街域も壊滅状態
地震の影響で、土地が隆起
町屋川の流れが二手に分かれ、現桑名市旧市街域に流れる分が減った
もう一方の流れは今の町屋川の流れ
震災から15年後本田忠勝が桑名に入り桑名藩立藩、町割に着手
全国支配をかためつつあった徳川幕府の意向で北勢地区の拠点都市にする
大震災の復興事業もかねる
大震災後現桑名市旧市街域に広範囲に出現した湿地帯を活用
町屋川の流れを現流域のみに固定する土木工事
桑名の慶長の町割は、徳川の政治支配と震災復興の両方を兼ねていた

天正大地震は2011年の東日本大震災にも匹敵する規模だと言われている内陸地震です。もし伊勢湾断層も動いたとするなら、被害は海溝型と内陸型の両方を併せ持っていたかも知れません。桑名の町の形成のわずか15年ほど前に起こったこれだけの大地震が、桑名の町の形成に何も影響はなかったはずはありません。それどころかこの地震を軸に歴史を捉えていくことが必要なのではないでしょうか。残念ながら、現在の歴史の記述は、天正13年に大地震が起こり、慶長6年に本多忠勝が桑名藩を立てる、という流れが書いてあるに過ぎません。それどころか行政史と地震史は別々に書いてあるのが普通のようです。

ということで、勝手に妄想をしてみたのですが、この私の疑問やファンタジーにすぱっと答えてくれる学者さん誰かいないかなぁ。そうそうこの講座ですが、参加させていただき、沢山のことを教えて頂きましたが、益々疑問が膨らんだという感じでした。


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フェルメールの誤解(2)

2019年03月02日 12時25分25秒 | ウソゆうたらアカンやろ!
以前ある新聞(経済関連の記事で著名な新聞ですが、トシなので名前が出て来ません)の連載コラムで、フェルメールの「ギターを弾く女」に関する記事がありました。執筆者は女性の音楽学者の方だったと思いますが、どうも名前が思い出せません。

コラムは女性と音楽がテーマで(だったような気がします)、10回の連載のうちのひとつでした。そこに出ていたのが件の「ギターを弾く女」の絵でしたが、執筆者曰く、女性はルネサンス・ギターと思われる楽器を弾いている・・・



ウソゆうたらアカンやろ!

フェルメールは17世紀第2、第3四半期の人で、この絵が描かれたのが1670年頃、この頃はバロック・ギターの全盛期。オランダの裕福な商人はたっぷりお金を払って流行りの装飾的なバロック・ギターをこぞって購入したことでしょう。もしこの絵の楽器がルネサンス・ギターだとしたら、それは100年以上前に製作された楽器ということになり、それをわざわざ絵の小道具にはしないでしょう。エレキギターをかっこよく弾いてる風に決めて、(エアギターでいいんです)写真を撮ってもらうことはあっても、誰が明治時代の楽器を弾いている写真をわざわざ撮ってもらうもんですか。でも、いちいちそんなこと言わなくても、この絵の楽器自体を見れば、ルネサンス・ギターという判断は排除されます。時代、地域、絵そのものからみて、別に古楽の専門家でなくとも、深い議論をするまでもなく判断できるレベルのことです。

私は、その新聞社に、記事の内容に誤りがある旨のメイルを書き、それを執筆者の先生に見て頂くようお願いをいたしました。その回答は以下のようでした。


お問い合わせありがとうございます。筆者にお伝え致しましたが、絵画に書かれたギターをどう解釈するかの問題とのことです。筆者によれば、フェルメールの生没年を考えればバロック期ですからバロック・ギターとも考えられますが、当時はルネサンス・ギターも併存しておりました。また拡大画でみると5弦のようにも見えますが、4弦で最低音弦が弾かれた直後のような揺れ方をしているようにもみえます。いずれせによ絵画を見ても断定はできないので本文中に「ルネサンス・ギターのようだ」と書いており、断定はしておりません。以上、ご理解のほどよろしくお願い致します。



件の先生があまりに不勉強なのでいちいち指摘するのも気がひけますが、一応書いてみますと;

「・・・バロック・ギターとも考えられますが・・・」
→「とも」というのはありえません。ごく普通に時代背景を考えたら、まずバロック・ギターかな、と思うべきです。


こちらがバロック・ギター。一般的に現代のギターより弦長は長いです。(現代のギターは弦長65cmくらい)17世紀後半に製作された楽器。

「当時はルネサンス・ギターも併存していました」
→併存はしていません。17世紀後半に書かれた、出版された、あるいは筆写されたルネサンス・ギター用タブは見たことはありません。逆にバロック・ギター用のタブは山ほどあります。


こちらがルネサンス・ギター。16世紀後半の楽器をもとに製作。弦長は52cmなので、どっちかというと大型のウクレレという感じです。

「また拡大画でみると5弦のようにも見えますが、4弦で最低音弦が弾かれた直後のような揺れ方をしているようにもみえます」
→あのー私はシロウトではありません。編集部にはちゃんと名乗り経歴も書いておいたのですが、こんな書き方をされるとなんかアホにされているような感じが。(笑)この楽器に必要な弦の数はペグ(弦巻き)またはペグ穴を数えればわかります。ペグは10本、5コースのバロック・ギターです。

「「ルネサンス・ギターのようだ」と書いており、断定はしておりません」
→ここで逃げを打っているわけですけど、正直に適当に書いたといってくれればまだよかったのに。

「ご理解のほどよろしくお願いします。」
→理解不能でしたので、再度もう少し詳しく説明したメイルを書きましたら、「ご指摘誠にありがとうございます。貴重なご意見を再度頂き感謝申し上げます。ご意見は担当部にお伝え致します。今後もご愛読をよろしくお願い致します」という返事で、それ以降何も連絡はありませんでした。件の新聞はまだとっていますが。


以上誠にオソマツでした。いえ、私のことじゃないですよ。


※写真は、Die Laute in Europa 2 / Andreas Schlegel & Joachim Luedtke / The Lute Corner 2011 より引用させていただきました。



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マレーシアの閣僚、学歴詐称!?

2019年02月28日 12時20分35秒 | ウソゆうたらアカンやろ!
今マレーシアでは閣僚の学歴詐称が話題になっているらしいです。

ウソゆうたらアカンやろ!

ケンブリッジ大学卒業というふれこみの閣僚が出た大学は、実はいわゆるケンブリッジ大学ではなく、ケンブリッジという名前がついているだけの大したことのない大学だったそうです。この大学はひょっとして、「ディプロマミル」なんでは?

「ディプロマミル」というのはウィキペディアによると、「実際に就学せずとも金銭と引き換えに高等教育の「学位」を授与すると称する機関・組織・団体・非認定大学のことである」です。

以前某芸術系教育機関の教授者達がホノルル大学で博士号とか修士号を取ったという経歴をうたっていました。このホノルル大学というのも「ディプロマミル」のひとつです。もっともホノルル大学の学位という点ではウソはないわけで、その意味では学歴詐称ではないですけど。本物の偽物ということですね。(笑)ちなみにハワイ大学というのもありますが、こちらはちゃんとした著名な大学ですが、いっしょくたにされがちなのはいい迷惑でしょう。

あと某大家の講習会(セミナー、マスター・クラス、ワークショップとも)を何回か受講したことを根拠に、某大家に師事とプロの演奏家の経歴にあるのを見かけることもときどきあります。普通「師事した」というのは一定期間師匠の内弟子などになったり、学校に入学したりして教えを請うた場合をいういいかただと思うのですが、どうも拡大解釈をするケースがあるようです。講習会受講レベルと師事レベルでは、レッスンの回数、密度、厳しさなどは全く異なります。


で、冒頭のマレーシアの話しに戻りますが、意外にもそのことが大きな問題にはなっていないようです。ということは実際に実力があればいいという風土があるということでしょうから、そういうことならせっかく見栄をはるためにやったことは無駄だったということになります。(払ったカネも無駄?)有権者の意識を読み違えていたということで、今度は政治家としての力量不足を感じさせます。
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牡蠣食べ放題

2019年02月25日 13時40分54秒 | 日々のこと
昨日は天気がいいので、急に思い立って、お昼に牡蠣を食べに鳥羽方面に家内と出かけました。ホントはまだやってない仕事が残っているのですが、まぁ明日〆切というわけではないので。(笑)

目指すは鳥羽市浦村のとある牡蠣小屋。なんでも浦村の牡蠣小屋では一番はじめにできたところらしいです。牡蠣食べ放題を広めた立役者といえましょうか。今日は休日なので、東名阪の混雑は覚悟していましたが、割合とスムーズに。でも伊勢自動車道に入った途端、渋滞が。この先流入もなければもちろん信号もない道でこんなに渋滞とは!お伊勢参りや牡蠣を食べに行く人がこれほどまで多いのかと、少し絶望的になりましたが、前方に故障車があったので少し渋滞していただけでした。その後はあおられもせず無事伊勢西まで到着。この先もう少し行くと鳥羽です。

伊勢はよく行くことがあるのですが、鳥羽はホントに久しぶりです。焼き牡蠣をたらふく食べさせてくれる「牡蠣小屋」なんてのができて久しいらしいというのも全く知りませんでした。もうほとんど記憶から消えている鳥羽駅や水族館の横を通り、山道に入ります。くねくね道を上ったり降りたりしてやっと到着です。所要時間は、1マーラー(注)です。



時間制限60分で焼き牡蠣は食べ放題です。最初は牡蠣をむくのに少し手間取りましたが、慣れてきたらすばやく出来るようになりましたが、今度は牡蠣を持つ左手が痛くなってきて・・・あとから分かったんですが、貸し軍手があったそうです。ま、次回はマイ軍手を持っていきましょう。

さすがに60分続けて牡蠣を食べ続けることは不可能で、40分過ぎにはごちそう様になりました。

こういったお店は実はミューズに行くときに使う駐車場の真ん前にもあるのですが、お値段がえらく高いです。浦村はすぐ下の入り江で養殖をしていますので、野菜で言えば畑のそばで食べているようなもの。とても新鮮でお値段もリーズナブルです。牡蠣自体はたくさん食べてもそんなにおなかにもたれることはありませんが、通風のケがある人は食べ過ぎに要注意ですよ。

(注)マーラーの交響曲1曲分にかかる単位時間を1マーラーという。(私が勝手にいっているだけです)曲によって異なるが、今回は3番です。ちなみに奈良も家から1マーラーです。なお帰りは大渋滞にひっかかったので、2マーラーを超えました。
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魂のエヴァンゲリスト

2019年02月21日 14時35分16秒 | 音楽系
音楽学者の磯山雅さんが急逝されてからはや一年が経とうとしています。氏は昨年の1月終わり頃、声楽のコンテスト終了後、折しも積雪のため凍結していた道で足を滑らせ、頭部を強打して意識が戻らず、翌月2月22日亡くなられました。

氏の著作で名高いのは、1985年に出版された「バッハ=魂のエヴァンゲリスト」でしょう。



まだドイツが東西統一されていない頃の出版ですので、口絵の図版は東ドイツ、西ドイツという表記がなされています。写真は東京書籍版ですが、持っていなかったので、神田の古賀書店で見つけたので購入いたしました。

氏には終にお目にかかることはなかったのですが、「マタイ受難曲」「バッハ・カンタータの森を歩む」1巻~3巻などの書籍を通じて、氏の業績の一端に触れることができましたことはとても幸いなことだと思っています。カンタータの森シリーズは3巻でとまっていたので、いつ続きがでるか楽しみにしていましたが、それもかなわぬことになってしまいました。

ここに氏を偲びあらためて追悼の意を表したいと思います。
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フェルメールの誤解(1)

2019年02月10日 13時46分22秒 | ウソゆうたらアカンやろ!
フェルメールの誤解、といってもフェルメール自身が誤解していたという訳ではありません。彼の作品にまつわる解説中で、ときたま誤解を招くような内容(ウソの内容、テキトーに言っている)があります。(特に楽器系の話で)でホントはこうですというような形で紹介していきたいと思います。まぁ、フェルメールにまつわる誤解といった感じです。もっとも音楽系のことしか知りませんので、音楽系限定です。

さてまず「紳士とワインを飲む女」です。この絵は1658年から1660年頃に描かれた絵で、現在はベルリン絵画館の所蔵です。先日某テレビ局の某番組でこの作品が紹介されていました。なんかビール会社がスポンサーになっていた番組だったような、でも年のせいではっきり覚えていません。



私はこの椅子にのっかている楽器に注目して番組を見ていましたが、こともあろうに「椅子に乗せてある楽器はリュートという楽器で・・・」というナレーションが流れました。私は思わずつっこみました。

ウソゆうたらアカンやろ!


40数年前の古楽黎明期ならいざ知らず、今時こういうことがあろうとは、ある意味ショックでした。まだリュートという楽器はこんな程度の認識なんですねぇ。

ナレーションの台本を書いた人が一番いけないんでしょうけど、それを読んだナレーターやディレクター、編集した人など、放映前にかなりの人がこの部分を見ている筈ですが、一人も知らなかったわけです。これがもし「椅子に乗せてある楽器は三味線という楽器で・・・」になっていたら、いくらなんでも誰かが気づくはずです。

フェルメールが描いた楽器はシターン(Cittern, Citten)という楽器です。この楽器のことを音楽事典で調べて見ますと、いろんなバリエーションがあるらしいですが、このフェルメールの絵に描かれているのは、イギリスのトマス・モーリーのコンソート・レッスン(1599年にロンドンで出版、1611年に改訂版)で使われている楽器が地理的にも時代的にも一番近いと思います。最近届いたばかりのイギリス・リュート協会の機関誌にシターンの写真が出ていました。



リュートの胴体は球体ですが、この時代のシターンは平面です。後ろからみてぺったんこの胴体の楽器をリュートです、はないですねぇ。
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リュートは精密機器

2019年02月07日 12時38分27秒 | 音楽系
花粉に敏感な方はぼちぼち花粉を感じてきている頃らしいです。花粉の大きさは20~30ミクロン、大きいモノで100ミクロンくらいあるそうです。1ミクロンは1/1000ミリメートルなので、20ミクロンは0.02mmになります。

私がバロック・リュートの1コースに張っている弦の直径は0.44mmですが、これを0.42mm弦に交換すると結構張力の違いを感じることができます。というのも張力が思った以上に変化し約400g分だけ緩くなるからです。わずか0.02mm(=20ミクロン)、花粉1粒分だけ細くするだけで、ペットボトル飲料1本に近い分だけ弦が緩くなることになるわけですから、あなどれません。

よく細かい細工をする、というたとえに「ミリ単位の仕事」という言い方をしますが、リュートを「ミリ単位」で作ったものなら、およそ楽器として成立しません。弦でも、細い弦は0.02ミリ単位で売られています。もちろん各バーツの接合が「ミリ単位」でやっていたら、あちこちに隙間ができて、弦を張ったら楽器は分解してしまいます。1コースの弦と指板のマージンとか各複弦の間隔、フレットの高さなんかももちろん「ミリ単位」ではありません。もっともこういうことはリュートに限らず全ての弦楽器に当てはまります。ときどきミリ単位で製作したかのようなリュートを見せられることがありますが、それには全く閉口します。



上の写真は、ナットの高さを調整(かさ上げ)するための紙です。別に特別な紙というわけではありませんが、トヨタ自動車から送られてきたDMの封筒が0.15mmでしたので、これを使っています。ボルボのカタログを入れる封筒も同じくらいの厚さです。これより厚いと調整しにくいし、これより薄いのは何度も調整しなおす必要が出てくるので、やや厚の0.15mmくらいが使いやすいと思います。

フレットは、0.05mm単位で太さを変えていき調整します。たとえば1フレットが少しびびるようでしたら、1フレットのガットを0.05mm太いのに交換してみます。弦メーカーで販売しているフレット用のガットも0.05mm単位で太くなっていきます。開放弦を弾いて少し1フレットに当たっている感じがしたら、1フレットを少し細めのものにするかナットを少し高くかさ上げします。ナットをかさ上げするときに私が使っているのが、このトヨタやボルボの封筒です。これを1枚ナットの形に切ってナットの下に敷くと、フレットを3サイズ太くしたのと同じくらいの効果があります。ちなみにナットを0.15mm程度高くするくらいでしたら弦高が上がりすぎて弾きにくくなるという感じはあまりありません。ただもう一枚重ねると結構きますので、念のため。

このようにリュートの各部の接合のみならず、フレットや弦、ここでは例に出しませんでしたがペグの加工なんかも「ミリ単位」ではなく20ミクロンくらい(あるいはそれ以下)の単位で製作、調整されます。このあたりが同じ木工品でも民芸品や家具などと大きく異なる点です。こういった精密な調整や加工はもちろんヴァイスの時代、ダウランドの時代のリュートであっても同じです。

さて「ナット調整用紙」をまだお持ちでないかたは、ぜひ各自動車会社のショールームにお出かけになり厚手の封筒やカタログをゲット致しましょう。
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