リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

VARIETIE OF LUTE-lessons (9)

2019年08月26日 09時54分00秒 | 音楽系
読者諸氏への最後の部分です。

私が著した本書について触れさせて頂きます。それは同邦人によるものだけでなく海外の最も優れた作者による作品の中から多大の労力をかけて蒐集された撰集です。演奏法の論文に関しては、ヴィソンティのジョン・バプティスト・ベサード氏のものを借用させていただいても何の異論もありますまい。氏はこの分野において優れて高名で誉れ高い方です。

私がここで成したことを何でも挙げていただき、(父がリュート演奏芸術に関してより偉大な仕事を成し遂げるまでに)それに対して皆様のご高評をお願いしたいと思います。望むべくは、皆様方広く全てが、過去に彼[=父]に対して持っていたその愛情を、今や父は終末に向かって鳴く白鳥のように年老いていますが、皆様がそれと同じものを息子たる私に対して持ち続けられんことを。暫くしましたら私の最高の努力の賜を皆様が望まれるお堂に献納させていただき、最大限の力をもちまして皆様のご厚意にずっと感謝し続ける所存です。

ロバート・ダウランド

現代のいいかたと異なり、なんか重々しいですね。400年以上前の出版というのは相当な大事業だったということでしょうか。
あと、献呈の賛というか詩が残っていますが、これはなかなか面倒くさそうな感じですねぇ・・・

(まだ続く)
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小暮浩史コンサート

2019年08月25日 23時16分17秒 | 音楽系
ギターの小暮浩史君のコンサートを聴いてきました。(於ミューズサロン)
彼は2017年の東京国際で優勝した俊英です。5年間に及ぶストラスブールでの勉強を終え、9月には帰国予定。ストラスブールでは今村氏からテオルボのレッスンを受けているとのこと。

彼は東京国際の何年か前に名古屋のコンクールにも出ていて、そのときはたまたま私は審査員のひとりでした。そのときの打ち上げのときのこともよく覚えていました。


今日のコンサート終演後の打ち上げです。

プログラムは:

≪プログラム≫
組曲ト長調(R.ド・ヴィゼー〜高田編)
ソナタK.208,K209 (D.スカルラッティ)
アリアと変奏第1番(G.レゴンディ)

~休憩~

オブリビオン(A.ピアソラ)
南米風変奏曲(S.アサド)
ワルツ・アン・スカイ(R.ディアンス)
フェリシダージ(A.C.ジョビン〜Rディアンス編)
リブラソナチネ(R.ディアンス)

帰国後の活躍が楽しみです。
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VARIETIE OF LUTE-lessons (8)

2019年08月24日 00時12分40秒 | 音楽系
このページは難しいです。(^_^;)終わりまでたどり着けるか・・・

皆様は「努めれば、神は全てを与うべし」(注2)という古いことわざをきっとご存じだと思います。言い換えると、膨大な時間、沢山の経費そして多大な労力と精魂をかけることなしに、どんな技術であれ完璧なものにはならないということです。若輩者の私ごときではとてもその域には達しているわけではありませんが、命がけの兵士よろしく、思い切って自分自身を先陣に置き最も鋭い批判の穂先をくぐり抜けています。しかし私はためらうこともなく人を信じています。といいますのも、父なる神を愛する人ならその子を憎むことはまずないということが本質的に真実だと分かるからです。もっとも私が皆様方全員を嫌っているという理由があるのでしたら憎まれても仕方ありません。でも私が身につけたことを獲得するための方法や手立ては並外れたものなのですから、[好意的に皆様に受け入れて頂けるでしょう]


(注2)原文はラテン語

【凡例】
[ ]内は補足的に私が書いたものです。
次回に出る予定ですが、(   )内は原文にもあるカッコです。

(つづく)
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VARIETIE OF LUTE-lessons (7)

2019年08月20日 16時34分45秒 | 音楽系
4ページ目の読者へのメッセージです。


読者諸氏へ

紳士諸君。恐れ多くも、私の習得した技術の実りを初めて皆様にお示し申し上げたいと存じます。それは私にとっては父(注1)から受けついだものであると言っていいのかもしれません。私の父はリュート奏者で、近隣のキリスト教国の大部分でもそうですが、ここイングランドでは皆様によく知られた存在です。

原文は以下の通りです。

To the Readers whoever.
Gentlemen: I am bold to present you with the first fruits of my Skill, which albeit it may seeme hereditary vnto me, my Father being a Lutenist, and well knowne amongst you here in England, as in most parts of Christendom beside.

【読み取りのポイント】
boldは大胆という意味なので、I am bold to present you →私は大胆にもあなた方に示します。とするとちょっと変ですね。OEDで調べると「厚顔無恥」とか「恥知らず」という意味があり、ここではへりくだった言い方もしくは反語的な意味合いがあると思います。「恥を忍んであなた方に示す」ということですが、ちょっとへりくだりすぎの様な感じもしますので、訳文のようにいたしました。示すものはthe first fruits of my Skillです。

albeit=although 副詞的に使われているのですが、あまり逆接の強い意味はなさそうです。
Skillの次の関係代名詞は何を指しているのかを理解する必要があります。先行詞はmy Skill (あるいは大きくとらえて、the first fruits of my Skill)。それがhereditary(親譲り)といっているわけで、その親とはJohn Dowlandということですね。

vnto=unto=to, amongst=among, knowne=known ことあたりは大体見当つきますね。

このあとは分詞構文がつづきまして、自分の父親のことを述べています。

なんか英文解釈講座みたいですね。(笑)

(もうちょっと続く)

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VARIETIE OF LUTE-lessons (6)

2019年08月18日 22時26分18秒 | 音楽系
3ページ目の献呈の辞です。
ここの文は難しいです。本文は11行もあるのに、たったの2文です。訳文も2文にするということも考えましたが、英語の流れに沿って文を区切っていった方が分かりやすいと思いますので、何文かに区切りました。実は、代名詞が何を指しているか判然としないものがありましたが、訳としての方向性はこんなところだと思います。

【3ページ目、献呈の辞】

まさに威厳にあふれ、尊敬すべき、高徳の騎士、サー・トマス・ムンソン閣下へ

恐れながら、父がイングランドを離れておりました折り、有り難くも私の教育に関しお恵み頂いたことの想いが、私の初めての労作を御奉ります力となりました。音楽的に充実しているがゆえ、「音楽のパトロン」たる閣下に受け入れられ、また献身的な努めからのみ行ったものであるゆえ、ささやかな感謝の証として、もったいなくも受け入れて頂けるものと信じております。もとより最大限の努めをもってしても閣下の趣向に沿うことは永遠にできないとは承知しております。私ができますことは全能の神に閣下とそのご家族の健康と繁栄を祈ることであり、それを願って止みません。

閣下へ、敬意をこめて

ロバート・ダウランド
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VARIETIE OF LUTE-lessons (5)

2019年08月17日 17時14分00秒 | 音楽系
注の追加です。


(注1)
ヴィソンティはフランスのブザンソンのこと
(注2)←追加分
ジョン・バプティスト・ベサードは英語式読み方。一般的にはジャン・バティスト・ブザール、1603年にケルンで「テサウルス・アルモニクス」を出版した。この本に掲載されている論文を英訳したのが、本書の「リュート演奏に関する諸考察」である。
(注3)
表紙の一番下に印刷依頼者、印刷した業者(住所が書かれている場合も)、印刷年が記される。この場合、トマス・アダムスは印刷を依頼した人で、印刷業者の名は書かれていない。

(続く)
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桑名のクラシック音楽展望

2019年08月14日 19時54分22秒 | 音楽系
クラシック音楽のコンサートは大都市であっても入場者が減っているとよく一地方都市である桑名市ではどんな状況なのでしょうか。2018年に発行された、桑名市における各公共ホールのイベント案内を元に調べて見ました。

桑名市でクラシック音楽のコンサートが開催できる会場は次の通りです。

(1)NTNシティーホール大
(2)同 小
(3)コミュニティ・プラザ
(4)六華苑
(5)時のホール(メディアライヴ1F多目的ホール)

(1)のNTNシティーホール大は1967年にオープンしたホールで、元は桑名市民ホールという名前でしたが、ネーミングライトを桑名発祥のNTNが買って命名したものです。City Hallというと市役所のことを言うと思うんですけど、まぁいいか。

プロのコンサートとアマチュアのコンサートとわけて数えてみますと:
(教室の発表会、自由参加形式のコンサートは除く、学校の部活のコンサートは含む)
クラシック音楽の大ざっぱな定義ですが、古楽、古典、ロマン派、近代、現代あたりと、これにポップスの要素が入った音楽(ジョン・ウィリアムスの映画音楽とか)なんかも入れておきましょう。

プロの部
(1)吹奏楽1回
(2)オペラ1回、ギターとヴァイオリン1回、ピアノ1回、リコーダー1回、マリンバ1回
(3)ピアノトリオ1回
(4)声楽1回、古楽1回、ギター1回、ギターデュオ1回
(5)古楽4回

アマの部
(1)吹奏楽4回※、コーラス2回
(2)吹奏楽1回、コーラス1回、ピアノとフルート1回、フルートオケ1回、声楽1回、ピアノ1回
(3)吹奏楽2回、ピアノ1回
(4)コーラス1回
(5)なし
※部活発表会という性格上、ポップスもかなりあります。

こんだけ~!って感じですねぇ。(笑)プロの部の(4)(5)の内7回は私がプロデュースしたコンサートです。この調査結果から読み取れるのは:

吹奏楽だけ特別に盛んだが、他のジャンルにへの広がりは見られず、全体としては全く低調と言えます。スイスのバーゼル市で開催されるクラシック音楽のコンサートは年間1000回に達すると言われていますが、ほぼ同じ人口の桑名市とは雲泥の差です。

自分のプロデュースしたコンサートのことをいうのもナンですが、結構コアな古楽曲が中心のプログラムであるにも関わらず、聴きたいとおっしゃる方がいらっしゃいます。もう少しジャンルの幅を広げればもっといらっしゃるのではないでしょうか。要はいかに市民のみなさんに周知させるかということと、企画の立て方次第だと思います。

三重県内では、多分一定の予算が組まれている津市とか財政的に余裕がある(ありそう?)な四日市ではそこそこオーケストラや室内楽の公演があります。これらのコンサートの運営状況はよくわかりません。入場者が少ないので、県議会や市議会で削減すべきだという意見が議員から出ているかも知れませんし、実は大人気であるのかも知れません。確実に言えそうなのは、どの市町村でも一定のクラシック系の音楽愛好者は確実にいるということです。

愛知県の扶桑町ではもう20年以上に、音楽専門の学芸員が企画した「ロビー・コンサート」が現在も継続中です。私も2,3回出演させていただきましたが、学芸員のHさんは、その道のプロでした。演奏家ときちんとコンタクトを取ることができましたし、運営の仕方にも精通していました。その後Hさんは転勤され、別の方が後を継いでいますが、そのノウハウはきちんと伝えられています。

お金を一杯出して、有名どころばかり呼んで、でも全然人が入らず何年かしたらお取り潰しというような例はよく聞きますが、扶桑町の例は参考になるのではないでしょうか。何もテレビに出たりマスコミに知られている人ばかりがクラシック音楽の担い手ではありません。誰がとは言えませんが、中には全然大したことがない人もいるみたいです。地道な草の根的な取り組みが必要だと思います。草の根的というと、行政はタダでアマチュアの演奏家を呼びがちですが、ちゃんとしかるべきギャラを払いプロを呼ばなくてはいけません。何事もタダではできません。お金を使う以上は目が利く人にまかせ自律的に育つようにしていくべきだと思います。

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VARIETIE OF LUTE-lessons (4)

2019年08月13日 10時56分14秒 | 音楽系
ヴァラエティー・リュート曲集はやっぱりなんか軽いですね。(笑)これをあらため、「とりどりのリュート曲撰」に致します。では表紙の訳です。


とりどりのリュート曲撰

すなわち

ファンタジア、パヴァーン、ガリヤード、アルメイン、コラントそしてヴォルト:
我が国だけではなく海外の最も著名な作曲家の作品からロバート・ダウランドが選定

これらの作品に付随して、ヴィソンティ(注1)のジョン・バプティスト・ベサードによるリュート演奏に関する諸考察を掲載

また、音楽楽士のジョン・ダウランドによる関連小論も併載

ロンドン
トマス・アダムスのためにこれを印刷、1610年(注2)



(注1)
ヴィソンティはフランスのブザンソンのこと

(注2)
表紙の一番下に印刷依頼者、印刷した業者(住所が書かれている場合も)、印刷年が記される。この場合、トマス・アダムスは印刷を依頼した人で、印刷業者の名は書かれていない。

(まだ続く)



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VARIETIE OF LUTE-lessons (3)

2019年08月11日 17時45分31秒 | 音楽系
さて今度はVARIETIEです。これは現代のつづりですと、varietyです。この言葉は現代の意味と同じで、多様とか各種取り合わせといった意味です。ですからVARIETIE OF LUTE-lessonsは「多様なリュート曲」という意味になりますが、本のタイトルですので、「多様なリュート曲集」の方がいいでしょう。でもなんとなくすわりの悪い訳ですねぇ。多様なリュート曲とはどんなものなのかをを書いてしまうと、その後に、すなわちこういうものである、という説明的な文が続くので、タブってしまいます。

「多様な作品を集めたリュート曲集」・・・ちょっと説明的すぎか。
「リュート万葉集」・・・うーむ、これはどうも・・・

ひとつ斬新なところで、「バラエティ・リュート曲集」というのはどうでしょうか。バラエティ・ショーとかバラエティ番組という言い方で、日本語外来語としてのバラエティは結構浸透していると思います。もっといい訳語が浮かぶかも知れませんが、取りあえずこれでいってみましょう。

では、表紙の全訳です。(まだ続く)
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VARIETIE OF LUTE-lessons (2)

2019年08月09日 11時28分11秒 | 音楽系
英語の文献を読むには辞書が必要です。16,7世紀の文献だとそこらへんに売っているような辞書ではまるで歯がたちません。ナントカ堂のナンヤラ英和大辞典はもちろん収録語彙数が多いリーダーズなんとかというのでもダメです。

そこで必須となるのがOED(Oxford English Dictionary)です。これだと大船に乗ったつもりで読み進めることができます。もともとは巨大な冊子が何冊もあるような辞書で、普通の日本家屋であれば置き場所にも困る代物でしたが、最近はウェブ版が出来て非常に使いやすくなりました。

では早速調べて見ましょう。まず本のタイトルにある「lesson」です。

おう、この単語は簡単や、知っとるでぇ、中学校の教科書にも載っとったでぇ、とおっしゃったあなた、多分間違っています。ここでのlesson(s)を「レッスン」と訳してしまったあなた、アウトです。日本語のレッスンというのは、「今日は昼から5人の生徒のレッスンがある」とか「中川先生のレッスンはとてもやさしいです」などというふうに使うことばで、日本語では「お稽古」にあたります。

落語家の師匠が弟子に「稽古ををつける」というのは、ラクゴのマスターが彼のスチューデントにレッスンをするということになります。これは英語でいうと、give lessons, レッスンを受ける側からいうと、take lessons になります。

OEDで「lesson」を調べて見ますと・・・何か音楽系の意味はないかと・・・ありました。3項目目のdです。

d. Music. A musical composition for one instrument, esp. one designed to afford practice to a learner; (also) a piece of music, a musical performance.

要するにお稽古ではなくて、音楽のお稽古で使う曲の方なんですね。ではそれは練習曲のことなのかというと、そうではなく一般の器楽作品のことを言います。そもそもダウランドの時代には練習曲という曲は存在していません。

用例として、

A. Le Roy Briefe Instr. Musicke Lute (title page) A brief instruction how to plaie on the Lute by Tablatorie, with certaine easie lessons for the purpose. 中川注)この本はもともとフランス語で書かれていたのを、 F. Kinwelmershが英訳して1574年に出版されたものです。

A new booke of Citterne Lessons... Pri. for William Barley.

さすがOEDですね。リュート系の文献もちゃんと網羅しています。私の持っている資料ではこんなのもあります。

Thomas Robinson: THE SCHOOLE OF MVSICKE (1603), .... with lessons of all sort, for your futher and better instruction. (表紙)

一般の辞書ではこういった音楽関係の意味や用例は全く載っていませんので、さすがOEDというところです。

(まだまだ続く)
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