リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

バロック音楽の旅12第1回終了

2018年06月29日 23時01分29秒 | 音楽系
バロック音楽の旅12講座の第1回が終了しました。第1回は例年「バロック音楽基礎講座」です。内容はいつも「バロック音楽とは」「バロック音楽復興の歴史」「バロック音楽に使われる楽器」「バロック音楽の作曲家」などをテーマに、パワーポイントで音源や写真とともに進めていきます。



よく似た内容ですが、切り口は毎年変えなければならず、(リピータの方が多いので)そこがなかなか悩みの種。毎年今回は5年くらい前の「再放送」にしようかと思うときがありますが、プレゼンを作り出すと結構新しい切り口が見つかるものです。

本年度の申し込み者は、102名になりました。メディアライブのホールはパーティションで3つに区切ることができるのですが、例年は一区切りでできました。今年は、通年で二区切りにしないと多分無理だと思います。会場の広さが1.5倍になりますが、音響的には問題ないどころか逆によくなるのではと思います。

次回は9月23日(日)です。第1回に引き続きパワポによるプレゼンで、テーマ「バロック音楽のかたち」です。

100人超え!

2018年06月21日 14時57分31秒 | 音楽系
バロック音楽の旅12講座第1回が迫っています(今月24日)第1回は「バロック音楽基礎講座」のレクチャーで、現在準備に大わらわですが、今年は何と受講申し込みが100人を超え、102人に達しました。

昨年度から続けて参加される方が60数名、新規の方が30数名でしたが、いずれも例年より多いです。このまま行くと近い将来は200人くらいに・・・まぁそれはなかなか難しいでしょう。(笑)

桑名のような地方都市で、全く中身を薄めていないコアなバロック音楽を100人を超える方に聴いて頂けるのはとても嬉しいことです。クラシック音楽のコンサートでよくありがちなのは、よく知られた曲のオンパレードのプログラムです。あるいはやたらと軽いノリのMCで聴衆の関心を引こうとする企画。

以前どこかのホールからコンサートを頼まれたときに、「必ず何曲か皆さんがご存じの曲をプログラムに入れて下さい」って言われたことがあります。でもバロック・リュートで皆さんの知っている曲をと言われてもねぇ。(笑)

でもこういう依頼って、音楽のことをよく知らない人、そもそも音楽をあまり聴いていない人が言う台詞ではないでしょうか。みんなが名前を知っているを入れるのは、もちろん悪いことではありません。でもそういう企画だと何回も続かないですよね。

当講座のコンサートでは、プログラムを薄味には決して致しません。でも時代背景や音楽に関する分かりやすいレクチャーや解説をはさんで進めます。バロック音楽の中には知られていないけどとてもいい曲が山ほどあります。そういった「宝の山」をできるだけ多く皆さんに聴いて頂く、できるだけ予断なくそのまま聴いて頂きたいですが、いかんせん西洋のそれも200数十年も前の音楽、少しとっつきにくいかも知れません。日本の文楽や能なんかでも「生」のままではわかり辛いものです。ですから少しだけ鑑賞の手助けをさせて頂くというのが、当講座のスタンスです。手助けはホンの少しだけでいいのです。日本の文化レベルは高いから。名曲オンパレード、おちゃらけMCのコンサートは、日本の文化レベルを低くみているからなのかも知れません。あるいは妙な上目線なのかも。

もしこのエントリーをお読みになって興味を持たれた方は、当日の飛び込みでも構いませんので、会場に直接お越し下さい。会場は、三重県桑名市のメディアライヴ1F多目的ホール、15時開演です。


揺れました

2018年06月18日 19時22分42秒 | 日々のこと
あさ、もう一寝入りしようかと思ったその矢先、ぐらぐらっと来ました。結構長い揺れで、それはあの阪神淡路大震災、東日本大震災級の地震が地震が少し離れたところで起こったという感じがしました。

リビングに置いてあったサルのぬいぐるみは床に落ちていました。お隣の秋田犬は大丈夫でしたけど。レッスン室にはiPad2枚を譜面台の上に置いたままでしたのですぐに見に行きましたが、こちらも大丈夫でした。



テレビをつけましたら、大阪の北部あたりが震源地とのことで、震度6弱の揺れでした。箕面市に知人が住んでいるので、電話をしましたら通じませんでした。彼とはお昼過ぎにはつながり、無事とのことでしたが、大切にしているオーディオ機器のうちいくつかは倒れてしまったとのことでした。

大阪には沢山の活断層が走っているそうですが、日本全国大体活断層だらけみたいな感じもします。ウチの近所も養老・桑名・四日市断層がありますが、これは一番最近はいつ動いたのでしょうか?日本に住んでいる以上、地震は付き合っていくしかないです。

驚きの政策!

2018年06月17日 21時00分02秒 | 日々のこと
我が家の自然どくだみ園の花も少なくなってきました。今年は暫くブログのタイトル写真をドクダミ写真にして、定期的に更新しているのですが、お気づきでした?

さて、先日電力会社の領収証を頂きましたが、この領収書を見ていていつもハラが立つのは、再生エネルギー発電促進賦課金というのが高すぎることです。なんとかなりませんですかねぇ。小さい字で書かれているので見過ごされがちですが、我が家の場合(どこでも同じでしょうけど)消費税より多いです。現在kwhあたり2.90円ですが、調べて見ましたら、2012年は0.22円でしたので、なんとこの6年間に10倍超になりました。

この賦課金というのは、売電してきた人や業者に支払う代金に使うということですが、簡単に言えば個人や業者にせっせと私が金を出しているということですよね。でもこれって何かヘンな感じがします。

例えば、トヨタ自動車の車を私が買えば、その代金はトヨタ自動車の利益になります。でも例えば太陽光発電を事業にしている人から私は何も買っていないのに、結構な金額を彼らに払い彼らの利益にしていることになります。再生エネルギーを普及させるための措置として、0.22円/kwh程度なら、まぁいいかってことでしょうけど、現行の2.90円はさすがにひどいです。調べて見ましたら、そのうちこの施策は終了するそうですが、しばらくはまだ上がり続けるらしいです。

そんなに言うのなら、売電金をもらう側になるべく、自分の家の屋根に太陽光発電パネルを載せればいいわけですが、100ン十万くらいはかかるそうです。ちょっとねぇ・・・太陽光発電をやろうと思わせるために、ここまで賦課金をあげているんだ、こういう政策なんだと思えなくもないですが、でも非常に不公平な政策です。消費税も逆累進性が高いと言われていますが、この賦課金はもっと逆累進性が高いのでは?でも不思議なのはなんでみんなこれをあまり問題にしないのかな?世の中問題が多すぎてとてもここまで手がまわらないとか。

大繁盛?

2018年06月16日 22時19分21秒 | 日々のこと
ミューズの近くにある、藤井聡太御用達のラーメン屋さんです。入り口には「急募」の張り紙が。



藤井効果でお客さんが増え、人手が足りなくなってきたようです。いつも近くを通るのですが、実は一度だけしか入ったことがありません。その時はまだ藤井効果はなかったときでしたが、ラーメン通の人には結構知られているみたいで、店の中にはその道に詳しいとおぼしき方たちがラーメン談義をしていました。

また久しぶりに行ってみたいとは思うのですが、結構早く閉まる店で、うまくタイミングがあうかどうか・・・

ムムッ!これは?

2018年06月09日 19時15分55秒 | ローカルネタ
最近桑名地区で新しい無料紙が誕生しました。もう3号くらいは出ているのですが、その名を「くわな新聞」といいます。新聞といっても紙面の大きさの割には、空きスペースが多く、まぁよく言えば読みやすい新聞と言えます。記事の分量的には少なめですが、クーポン券ばかりのミニコミ誌よりは個人的には好きです。

今日の新聞の折り込みにこんなチラシが入っていました。



曰く、「桑名市・東員町・三重郡(一部区域)で発行、配布されている「くわな新聞」は中日新聞社、中日新聞販売店、中日三重サービスセンター、桑員ホームニュースとは全く関係ありません」

とあります。私なんかは「くわな新聞」が中日新聞と関係がありそうだと思ったこともありませんでした。「くわな新聞」に中日新聞と間違えられそうな記事があるのかと思い探してみましたがそういうものはありませんでした。

うーむ、これは何かありますなぁ。「くわな新聞」が出て以来、中日新聞を購読するのを止める人が続出しているとか?真相はなんでしょう?

コンラート・ラゴスニック

2018年06月08日 11時29分57秒 | 音楽系
先日届いたイギリス・リュート協会の会誌によりますと、ギタリストでリュートも演奏したコンラート・ラゴスニック氏が今年の一月に亡くなっていたそうです。享年85歳でした。ここに謹んでご冥福をお祈りいたします。



氏の演奏していたリュートは、黎明期ということもあって、今のような歴史的な構造の楽器ではなく、とてもギター的なものでしたが、ジュリアン・ブリームと並んで1960年代から70年代の初めにかけてリュート界に与えた影響は一定の評価があると思います。

会誌の死亡記事(執筆はアントニー・ベイルズ)によりますと1964年から83年までバーゼル音楽院で教えていたとのことです。彼を受け継いだギター科の教授がオスカー・ギリアだったと思います。

彼の同時代の同地域のギタリストといえば、カール・シャイトとかエドウィン・シャラーなどがあげられると思いますが、お二人ともすでに鬼籍入っておられ、一つの時代が完全に終わり、新しい時代に入っていることが実感されます。


枯れた演奏

2018年06月05日 16時59分39秒 | 日々のこと
今日の日経新聞に「枯れたテーマに水やり」という見出しがありました。枯れたテーマとあるので、てっきり充分議論されつくしたテーマをまた更に深く掘り下げる、というような内容かなと思い記事を読んでみましたら、どうもそうではなく、枯れてカサカサになった古くさいテーマにずっと資金を投じているということのようです。

日本語の「枯れた」「枯れる」というのは、もちろん「枯れた花」「葉が枯れる」という使い方はカレカレになってしまったことを言うので、とくにいい意味では使わないと思いますが、主語や連体修飾語が「芸」「技術」「演奏」などといった場合は、充分時間をかけた結果洗練されてきたとか、技術系なら安定してきたといういい意味に、芸事であればいぶし銀ような趣があるということで褒め言葉になることばです。

もし私の演奏批評で、もし「中川のリュートは枯れた味わいがあり・・・」なんて書かれていたらすごく褒められたと思いうれしくなってしまいます。

さて件の日経新聞の記事ですが、「枯れたテーマに水やり」ねぇ・・・結構理解が難しい感じはします。ひょっとしてこの記事を書いた記者さんは、「枯れた芸」というような使い方をご存じなかったのかも知れません。「枯れた」と「水やり」がセットで使われているので、意図はよく理解できるのですが、ここは誤解を避けるため「廃れたテーマをいつまでも」くらいにしておいた方がよかったかなと思います。

「気のおけない人」が油断ならない人という意味で理解されるということが最近は結構あるようですので、「枯れた」というのもいい意味ではあまり使われなくなっているのかも知れません。若い人は全く違った意味で使うことがあるようです。このあたりは国立国語調査研究所(そんなのあったかな?)あたりの調査研究研究が待たれます。

若い音楽評論家が、「中川のリュート演奏は最近枯れてきた」なんて書いて、実はよぼよぼで弾けなくなってきたいうつもりで書いていても私は喜んでしまうという美しい誤解が生じる可能性もありますね。(笑)