リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

今日は暑い!

2018年07月23日 11時57分31秒 | 日々のこと
今朝起きた時にすでに部屋の中の気温は30度を超えていました。早速気象庁のサイトで確認しましたら、何と桑名は全国二位です。

今までも全国二位になったことがありましたが、おくゆかしい桑名のこと、決して一位は狙いません。はたして、お昼前には全国ベスト(ワースト)テンの圏外でした。やはり熊谷とか多治見は強いです。今日は関東と東海が暑いみたいです。こういうときは冷房の効いた部屋でアイスクリームを食べるのが一番です。

桑名の災害

2018年07月13日 23時39分11秒 | 日々のこと
今回の大雨による西日本各地の被災状況はすさまじく目を覆わんばかりです。亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、一刻も早く地域が復旧されることを願っています。

私が住んでいる桑名も1958年の伊勢湾台風で大きな被害を受けました。私はそのころ小学校の低学年でしたが、自宅に水が入ってきたときのことを今でも鮮明に覚えています。電力は1週間くらい停電をしました。当時は車は普及する前で、車が流されるという被害はありませんでしたが、牛馬豚や鶏など動物が沢山死にました。ウチの近所に流れる小さな川の対岸には鶏の死骸がいつまでも残っていました。そこへ人が行くのは難しいのでずっとほったらかしにされ、亡骸は次第に朽ち果てしまいには骨だけになっていきました。

私が通っていた市立N小学校は、天井から30センチくらいのところまで水が来ました。小学校卒業まで、その水が来た跡がついた教室で勉強しました。その高さは床から2メートルくらいだったでしょうか。そのN小学校のすぐ前に、長圓寺というお寺がありますが、その寺の11代目住職であった魯縞庵義道(ろこうあんぎどう)が桑名名所図会(久波奈名所圖會)という桑名および近在各所の地誌、歴史などをまとめた著作の版下が完成したのが19世紀の初め頃だと言われています。19世紀始めの頃までの All about Kuwana です。



この久波奈名所圖會のファクシミリが昭和52年(1977年)に出版され、我が家でも購入致しました。私住んでいるのは江戸時代から大正年間には八幡瀬古と呼ばれた町ですが、200年以上前の近所のことが結構事細かに記述されているのに驚きます。その中で水害の話も書かれていました。

それによると慶安の洪水というのがあって、「走井山の下より東一面の海となれり」という惨状だったそうです。走井山の下というのは今で言うと北勢線馬道駅とか県立桑名高校につながる坂の麓まで水が来たわけで、これは伊勢湾台風の浸水域よりずっと広いということを示しています。そこよりずっと海に近い八幡瀬古は完全水没です。ちなみに伊勢湾台風時には我が町内は半分だけ浸水しましたが、残り半分は無事でした。これは伊勢湾台風時は鍋屋堤(揖斐川の堤防)が切れただけでしたが、慶安の洪水では、町屋川堤と鍋屋堤の両方が切れたという差です。2つの川の堤防が同時に切れたら桑名はアウトです。

名所図会にはこの水害が「慶安3年庚寅九月二日」のことだと記されています。調べて見ますと、西暦では1650年9月27日になります。伊勢湾台風は1958年で寅年ではありませんが、日が9月26日なので慶安の洪水と一日違いということになります。あと享保七年八月十四年(1722年9月24日)にも大きな水害があり、この年も寅年であったため、慶安の方を「大寅の洪水」、享保の方を「小寅の洪水」という、と名所図会には記されています。伊勢湾台風が寅年だったら「三寅の洪水」になるところでしたが、時期がいずれも9月で、大寅=27日、小寅=24日、伊勢湾台風=26日ですので、9月は桑名にとって厄月かも知れません。

名所図会の、慶安の洪水の記述で興味深いのは「矢田町行当たりの地面と七曲がり御門の笠木と高低同じとは、此の時の洪水にて知れたりと申伝えり」というくだりです。七曲がり御門というのは、多分今のN小学校の近くにあったと思いますが、そこと東矢田、西矢田町あたりの高低差が2メートルくらいです。伊勢湾台風の時は、東矢田と西矢田の境界線くらいまで浸水しましたので、私が小学生の頃見ていたN小学校の天井すぐ近くにあった浸水跡がウチの近くの地面と同じ高さということです。360年余りの間は、土地の高低差の変化はなかったことになります。でもその少し前1586年、桑名も大きな被害を被っただろう天正大地震以前は異なっていたかも知れません。

天正大地震のときは本多忠勝による町割(都市建設)以前ですから住んでいる人は少なかったかも知れません。桑名は、大寅、小寅、戊辰戦争では市街の破壊は免れましたが、第二次世界大戦時の数回にわたる空襲、伊勢湾台風とこの300何年かで何度も壊滅的な被害を被っています。あと大火もありました。さすがに火山の噴火被害は今後もなさそうですが、直下型地震は長いスパンでしょうけど、充分ありえます。桑名に住む人間として、この歴史上わかっている分はしっかりと認識をして備えをしていかなくてはいけませんが、実際にはどうしたものか。一応家を新築したときは、伊勢湾台風のとき浸水した高さに土を盛ってそこに基礎を築き家を建てましたが、でもこの程度では「大寅」がきたらイチコロです。まぁせいぜい水や保存食を備蓄してしっかりと保険に入っておき、大水が来たら桑名高校まで走って逃げられる体力をつける、といったところが対策でしょうか。

レッスンのたたき売り!?

2018年07月11日 12時25分01秒 | 音楽系
一か月くらい前でしたか、日本音楽著作権協会(JASRAK)から電話がかかってきまして、3月に行った一連のコンサートで、著作権使用料を払ってない曲があるのではないかと聞かれました。

私は古楽専門の演奏家ですので、ふつうは著作権使用料が発生する曲は演奏しない、と返事しましたら、今後著作権使用料発生しない曲ばかりのコンサートをするときは、こちら(JASRAK)に連絡を入れてくださいという返事でした。

ん、あれれ?それって逆じゃないの?著作権使用料を払わなくてはいけない曲を演奏するときにこちらから申請するのではなかったのかな?久保摩耶子委嘱作品や伊福部昭のファンタジアをプログラムに入れたときはきちんと申請して、しかるべき使用料を支払いました。

JASRAK側のあきれたいいぐさにカチンときたので、しばし毒づいた後電話を切りましたが、昨日のJASRAK関連の報道にもまた来たかと思いました。

それによれば、JASRAKは3月に大手音楽教室宛て契約を促す文書を送付、楽曲の著作権料として受講料収入の最大2・5%の支払いを求め、6月末で21事業者が契約に応じたとのことです。

ここまではうーむ、そーかーといった感じでしたが、会長さんがこんなことをおっしゃいました。

「たたき売りは、がまの油やバナナが仕入れ商品で、口上を述べて売るのは技術。同じことで、教えることは技術、仕入れは音楽や歌と考えれば、仕入れ代を払うのは当たり前だ」

私らはレッスンをたたき売りしているオッサンなんかい!と突っ込みを入れたくなりますが、どうもよくわからないたとえです。たたき売りとレッスンは相当状況が異なります。

JASRAK側には有能な法律の専門家がいて、法律的には、音楽教室側は「すでに外堀が埋められた」状態らしいのです。楽曲の90%を管理しているJASRAKは独占禁止法違反と違うのかい?とシロウトは思うのですが、この問題もすでに訴訟を経てクリアしたようです。

係争中の裁判でJASRAKが勝訴すれば、堂々とすべての音楽教室に支払いの網をかけてくるでしょうが、レッスン中での楽曲演奏とコンサートでの楽曲演奏どちらも使用料を取るというのはしっくりきません。専門家によりますと、演奏権の範囲が広がれば、たとえばオーケストラのリハーサルなんかも対象になってくるかもしれないといいます。

法律的には正当でも感覚的あるいは常識的に見てなんか変、というのはこの件以外にもときどきありますが、今後どうなっていくんでしょうか。

上手くひかなくては?

2018年07月10日 19時46分56秒 | 音楽系
Youtube でリュートの演奏も増えてきました。10何年か前のYoutube 発足当時はほとんどなかったですが、最近ではロバート・バルト、ナイジェル・ノースなんかのビデオクリップなんかも見ることができます。師匠のホプキンソン・スミスの最近のビデオ投稿で、元気で活躍の様子もうかがえます。

アマチュアの演奏の投稿も多く、まぁリュート演奏のビデオクリップに関しては玉石混淆といったところでしょう。私も以前投稿したことがありましたが、なんか「石」といっしょくたに見られるのが嫌なのですぐ削除してしまいました。

演奏は上手いにこしたことはありませんが、一生懸命練習して録画した演奏も素敵だと思います。ただいけませんのは、「だだくさ」な演奏です。別にヘタでも構わないけど、もうちょっときちんと練習して投稿してよ、っていうのもたまにあります。音が切れ切れだったりビビリまくったりでどういう曲を弾いているのかはっきりしないみたいな・・・アマチュアの人がどう弾こうと(もちろんプロもそうですけど)別に勝手といえば勝手、誰でも弾く権利がある!確かにその通りですが、場合によっては、それは権利の濫用とか作曲者に対する冒涜にならないのかな?あと個人的には、顔出ししていないビデオ、なんか不気味です。

ということで、おまけですが、このエントリーの冒頭に書きました、以前投稿したビデオクリップをつけておきましょう。またそのうちもうちょっときちんと撮ったものを投稿しないといけませんが。

谷辺昌央ギターリサイタル「七夕、ギターオペラ。」

2018年07月08日 23時28分01秒 | 音楽系
4月の始め頃でしたか、ギタリストの谷辺昌央氏から電話がありました。

「中川さん、今度CDを制作するんですけど、それに先だっていくつかコンサートを開催したいんです。桑名で出来るところはありませんか?」

「よっしゃ、まかしとき」

ということで彼のコンサートをプロデュースすることになりました。途中経過は省略しますが、桑名スポーツ文化振興公社の主催で桑名の六華苑で七夕の日にコンサートを開催することになりました。宣伝は桑名市の発行する市の関連施設におけるイベント案内紙「あいりす」に2度掲載していただきましたし、六華苑でポスターも製作していただきました。



また三重県内のギター愛好家の方達にも宣伝をしましたが、実は滑り出しのチケット販売は芳しくなく少々心配ではありました。でも本番近くになって、チケットの売れ行きは増えていき、結果的には70席分のチケットは完売致しました。ただ当日になっても大雨が続いていたので客足が遠のくのではないかと心配していましたが、結果的にはほぼ全員お越し頂いたようです。


当日、公演の前にイベントがあり、なぜかカローラの新型が展示されていました。

プログラムは、コンサートの副題にもありますように、オペラのアリア由来のギター曲を中心のプログラムで、ソル、ジュリアーニ、メルツの作品が演奏されました。



お越しになって頂いた方からは、「プロの方の演奏を聴く機会は多くないのですが、聴くとしても文化会館的な大きな舞台だったりで、六華苑のあの大きさは、演奏家との距離を縮め音の感動を広げてくれますね」「プロの指使い、タッチの強弱、特に消音を丁寧にされていて、驚きでした」などのコメントを頂きました。谷辺氏の端正かつ華麗な演奏に皆さん満足していただいたようで何よりでした。氏は近くCD録音に着手するとのことですが、いいアルバムが期待できそうです。