リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

贋作はなぜ魅力的なのか(1)

2021年01月31日 15時49分40秒 | 音楽系
まずはアヴェ・マリア関連から。

高校生のとき、アルカデルトのアヴェ・マリアが教科書に載っていました。とてもきれいな曲でしたので今でもその教科書をとっておいているくらいです。(授業では扱わなかったですが)実はこのアヴェ・マリアはアルカデルトのNous voyons que les hommes Font tous vertu d'aimer (男たちが恋を誇りにすることをわたしたち女は知っている)というシャンソンを歌詞を変えて声部も増やしてハーモニーも少し変えた曲です。「改変」は19世紀に行われたそうで、アルカデルトにとってはあずかり知らぬことです。もっとも音楽自体はそう大きく改変されていませんので、贋作とは言えないですが、「アヴェ・マリア」に仕立て直して讃美歌として歌ったことで有名になったことは間違いありません。

もうひとつの有名なアヴェ・マリアはカッチーニ作曲のアヴェ・マリアです。こちらは完全な贋作で、作者はウラディーミル・ヴァヴィロフという人で、作曲年代は20世紀後半です。彼はギタリストですがリュートも弾いていたそうです。曲はカッチーニとは似ても似つかぬ曲だし、歌詞も「アヴェ・マリア」を繰り返しているだけですので、すぐに贋作だとわかりそうなものなのに、いまだに一部の声楽家のコンサートのプログラム解説で「ジュリオ・カッチーニは1545年頃に生まれたイタリアの初期バロックの・・・・」なんて書いてあるのをときどき見かけます。これは恥ずかしいことですから、ちゃんと勉強してくださいね。この曲の曲名は「カッチーニの名によるアヴェ・マリア」ならマルです。

やはりマリア様のお力は絶大ということでしょうか。アヴェ・マリアの御名のもとで甘美なメロディが流れたら、もうそれだけで一つの世界が出来上がります。そこへ古い時代の有名作曲家の名を冠したら、妄想は時空を超えたはるかかなたの遠い世界に広がり、かくして著名曲の出来上がりです。

この道はいつか来た道

2021年01月30日 14時27分49秒 | 音楽系
この道はいつか来た道、といっても日本の行く末を論じるのではありません。北原白秋作詞、山田耕筰作曲の歌曲のことです。この曲を今度の20日のコンサートで演奏する予定です。昨日ソプラノの佐地多美さんと初めてのリハーサルを行いました。もちろん感染対策は万全で、私はマスク着用、佐地さんとは2メートル以上離れてお互いが向き合わないで90度の角度になるようにしました。

この演奏会では日本歌曲を何曲か演奏しますが、中田喜直作品以外は伴奏をすべて書き直しています。「この道」も少しモダンに仕上げてみました。もともとはギター三重奏のためにハ長調で編曲したものですが、これを415のヘ長調に移調しました。オリジナルはホ長調なので、440のホ長調と同じ響きになります。リュート伴奏はギター2台分を弾くので実はとても大変、かなりオリジナルの編曲を書き直しました。中田喜直のピアノ伴奏をリュートで弾けるように書き直すのも結構大変でしたが、自分が書いた編曲でも違う楽器のためのものをリュート用に書き直すのもなかなか骨が折れます。出来上がった「再」編曲も結構難しいです。あまりリュートフレンドリーではありません。

今回使用する「この道」のアレンジ

元の編曲はこんなサウンドです。(ビオラとギター2台の音です)

この道をYouTubeで調べてみましたら、クラシックの声楽の方だけでなく沢山のアーチストが手掛けているのにびっくりしました。古くは美空ひばり、ザ・ピーナッツ、倍賞千恵子、森昌子、大貫妙子、うたのおにいさん、SAYA, Exile ATUSHIなどなど。クラシック系の人たち、特に昔の方たちに顕著ですが、「ああ、そうだよ」の「ああ」をえらいきばって思いっきり音を伸ばして歌う人が目立ちます。もうまるで自分の声が出るのを見せびらかすように。でも私には少し滑稽に感じます。

「この道はいつか来た道」と問いかけて「ああ、そうだよ」と答える。ひとり語りかも知れません。そんなときに「あ~~あああああああ~~~~~~ーーーーー、そーだよ~~お~」っていいますか?でも耕筰先生自ら伴奏した録音を聴いたことがあるのですが、歌の人は「あ~~あああああああ~~~~~~ーーーーー、そーだよ~~お~」ってやってました。(笑)当時の声楽のスタイルなんでしょうか。それを聴いて白秋先生はどう感じられたのでしょうか。

コンサートは2月20日(土)13:30名古屋・伏見の電気文化会館ザ・コンサートホールです。


ワクチン接種

2021年01月29日 21時20分09秒 | 日々のこと
日本国内のワクチン接種は4月頃から始まるそうですが、川崎市で行った接種の実践的シミュレーションをみていますと、事務手続きが煩雑でこんなことしていたら1億2千万人 x 2なんて気の遠くなる話に思えました。

個人のデータが一元的に管理されていて各個人もそれに直接アクセスできるのでしたら、オンライン問診票に記入して申し込み後、接種用のQRコードをもらい、それが表示されているスマホを病院で(どこの病院でもOK)示したあと接種になります。接種データはデータベースに蓄積され、また次の接種になります。

でも川崎市のシミュレーションでは紙の書類がありました。ひとり1枚としても2回接種で全国民分2億4千万枚になります。まぁ大混乱、大遅延必死です。そもそも国民全員に短期間にワクチン接種なんて大規模事業はいままでしたことがありませんし、それを書類で管理なんて気が遠くなります。データを管理していく中で一度でも紙の書類が介在していたら、デジタル的なデータ処理ではなくなり効率、信頼性が一気に落ちます。

そんなことですから多分自分の番が回ってくるのは5月くらいになるのでしょうか。大体の時期を早い段階で教えて欲しいものです。接種後の副反応を考えて、2回の各接種後はコンサート、そのリハサーサル、レクチャーがないように組まないといけませんから。副反応が出て重篤な状態になるのは困りますがほとんどはそうならないそうなので、たまに熱が出て寝るのも、ゆっくり読書や音楽がきけていいのではないでしょうか。実際はそれどころではないかも知れませんが。娘にそんな話をしましたら、接種後のことをよく考えて接種を受けたいと言っていました。考えが変わってきたようです。

副反応

2021年01月28日 12時15分59秒 | 日々のこと
深夜、練習を終えたちょうどそのときFacetimeの着信音が。カリフォルニアに住む娘からです。なんでも最近はえらく寒く外は0度くらいだそうな。これから「野外」!の温水プールに行きひと泳ぎするとのことですが、水温が高いので大丈夫だそうです。室内のプールは新型コロナの関係でだめなんだそうで、それにしてもプールから上がった時に寒いとは思うのですが、免疫が強いから大丈夫だそうです。

カリフォルニアでも医療従事者にもワクチン接種が始まっていますが、娘は接種を希望していません。娘が言うには、翌日以降あるいは1週間くらい先の場合もあるそうですが、半分くらいの人に副反応が出てそれが何日も続くらしいです。副反応は重篤ではなく、大半がやがて回復するそうですが、それでも副反応としての倦怠感や頭痛が続き実際の生活には大きく影響するようです。別にそれで後遺症が残ったり死亡したりするのは少ないので、医学レベルでは「軽い」副反応ということでしょうが、一般的な感覚では気になる副反応です。子供が3人いる娘は、ワクチン接種でそんな風になったら、生活が立ち行かなくなるので接種を希望しないということです。

日本でも、医療従事者が2月末、老人は4月から接種開始とのことですが、アメリカと同じようなことが起こるのでしょうか。こちらとしては接種後10日くらいは何も予定を入れないようにしておいた方が賢明です。または希望しないか。

ラックスマンのアンプ

2021年01月27日 17時26分38秒 | 音楽系
リビングルームのオーディオアンプはラックスマンのL-507fを使っています。2002年購入したのですが近年ボリュームを回すとジャリジャリという音がしていましたが、まぁ実用上はさほど不便はありませんでした。



しかし昨年の春あたりから、ボリュームをどう回してもジャリジャリ音が消えなかったり、右側のチャンネルから音が流れないという現象が頻発していました。これは新規購入か、でもお金ないしなぁ、と思ってラックスマンのHPを見ましたら、どれだけ古いものでも修理していただけるとのことでした。

修理に出そうかと思っていたら、なぜか夏頃は全く不具合の症状が出ませんでしたので、直ったのかな?と思って(自然に直るはずはありませんが)いましたが、いずれは修理してもらう必要が出てくるだろうと思っていました。

その後また不具合が出てまた直ってを繰り返していましたが、その頻度もひどくなってきましたので、ぼちぼち年貢の納め時かなと思って、ラックスマンの名古屋営業所に電話しました。

なんでも部品がない場合は直せないこともあるとのことでしたので、型番を伝えましたら、


ああ、そんな「新しい」のですか。直せないことがあるというのは50年くらい前のものの話で、L-507fでしたらまず100%大丈夫です。


とのお答えです。19年も前のものですからてっきり「古い」機種かと思いましたが、さすがLuxman、そもそも経年のスパンが違います。オーディオは奥が深いです。やはりいいものを買っておくもんです。もっとも私は上の上はキリがないので買わない(買えない)主義で、買うときは大体上の下あたりを買うことにしています。そもそもそれ以下だと音に全く満足できず聴くに堪えません。

ちなみにヤフオクで調べてみましたら、L-507fは18万くらいで最近落札していました。さっそく近いうちに宅急便で送ろうかと思います。

Easy Baroque Pieces (8)

2021年01月26日 20時53分36秒 | 音楽系
今回はこのシリーズ(5)の最後に触れましたロジー伯のシャコンヌを紹介しましょう。ソースはオーストリア国立図書館蔵のMus.Ms.17706写本です。





難易度のレートは★3つの松ですね。技術的に難所はありませんが、下の楽譜の2段目最後の小節から始まる変奏には16分音符が出てきて、右指の運指の工夫が必要です。タブにも工夫のあとが見えます。あと各変奏の最後の小節のトリルは綺麗に決めるのが少々難しいかも知れません。

各変奏の終わりの音は、最後から2つ目と最後の変奏を除いて1コースまたは4コースのファ1音です。各変奏最後のバスは11コースのコントラCですが、この音は3拍目のファにかからないようにする必要があります。しかしガット系の弦やCD弦をバス弦に使っている場合は、音がすぐに減衰するのでコントラCを消音しなくてもさほど気にはなりません。でもガット弦といえども小節の1拍目から3拍目への時間(1秒ちょっとかな)で音が消えてしまうわけではないので、ファを弾くと同時に11コースを消音したほうがいいです。

各変奏を繰り返すと5分前後かかる「大曲」ですが、ヴァイスのファンタジーあたりをよたって弾くくらいなら、この曲を音楽的に聴かせた方が余程いいというものです。リンドベルイが最近のアルバムでこの曲を録音しています。

カラヴァッジョの絵に描かれている曲を演奏する(3)

2021年01月25日 17時03分45秒 | 音楽系
前回あげたムジカ・フィクタの扱いは大原則ということですが、では当時の歌い手たちが実際にどうやっていたかというと、楽譜(パート譜です)を見ながら即興的にやっていたので、実は具体例が残されているわけではありません。

でも手掛かりになるものはあります。それは声楽曲を編曲したリュートタブです。リュートタブは「実音」が書かれていますので、元の声楽曲の音変化も書かれています。例えばスピナッチーノは1507年にリュートタブ譜による曲集を出版しましたが、その中には声楽編曲が多く含まれています。

バーゼルでボブ先生(クラウフォード・ヤング)とスピナッチーの編曲とその元となった声楽曲を比較検討したことがありますが、スピナッチーノ編曲には原則からはずれている部分があるということがわかりました。スピナッチーノ先生、結構テキトーにやってたんですね。

まぁテキトーというのは言い過ぎかもわかりません。当時でもムジカ・フィクタの解釈や運用には幅があったということでしょう。

今回のアルカデルトの曲をスコア化する過程で興味深い発見がありました。それは出版譜にはついていない変化音が、画中の楽譜には書かれていたことです。


絵はさかさまになっています。

カラバッジョの画中譜で赤で囲まれている音にははっきりとフラットがついていますが、私が持っている出版譜にはついていません。



カラバッジョの画中楽譜は、私が持っている出版譜と曲順もレイアウトも異なるし歌詞も書かれていませんので別の版なのでしょうか。30何版も版を重ねたといいますから、途中の版から音を変えたということもあり得るでしょう。画中楽譜は手書きかとも思いましたが、曲冒頭の歌詞アルファベット装飾も書かれているので多分手書きではないと思います。

この発見も出版当事者(多分アルカデルトも入っているでしょう)でさえもムジカ・フィクタの解釈に揺れがあったということを示しています。ということで今回のスコア化は私の解釈でいわばナカガワ版ということになります。

無観客でも

2021年01月24日 14時56分46秒 | 日々のこと
最近国の内外からポツリポツリと東京オリンピック中止や延期の声が聞こえてきます。国やIOCはなんとか開催にこぎつけたいようですが、もう完全な形で開催はできないという点では誰もが認識を同じくしているようです。7月に開催するにしても観客を国内だけにするとか無観客にするとかいろいろな意見があるようですが、ここで2018年に行われたプレゼンの一枚を見てみましょう。



無観客開催ということはこのプレゼンの予定観客数1000万人余りがゼロになるということです。でも選手が1万人数千人(同時にこれだけくるわけではないでしょうが)とメディア関係者3万人あまりは来日するわけで、オリンピックの期間中は東京の人口が5万人近く増えることになります。

選手は減らすことができないでしょうが、メディア関係者を三分の一に減らしたとしてもまだ2万です。2万人も増えてその中から感染者が全く出ないということはあり得ないでしょう。こういう事態を踏まえて東京都医師会は、関係者に感染者が出た場合は対処不能だというメッセージを発信しています。

各国での選手の最終選考のための競技会開催もままならないと聞きます。こんな誰でもすぐ手に入るような情報だけ見ても7月開催は無理だということは明白です。選手の中にも、「選手としては7月に開催してほしいが、国民としてはやめてほしい」という苦しい胸の内を語る人もいます。

政府やIOCも実際はこのくらいのことはよくわかっている筈ですが、政治的思惑とカネ儲けの話でギリギリまで粘っているのでしょう。政治家は国民の負託を受けて選ばれ、IOCは世界の信頼が基盤になっているということを忘れないでほしいです。

オリンピックに1ナノメートルも興味がない私としてはさっさと中止、さらにオリンピックも廃止してほしいところですが、現実解としてはどっかの政治家が主張してるように2024年に延期というところでしょうか。

カラヴァッジョの絵に描かれている曲を演奏する(2)

2021年01月23日 17時00分27秒 | 音楽系
バロック時代のパート譜からスコアを作る時に私がまず最初にすることは、それぞれのパート譜に5小節おきくらいの小節線番号をつけることです。そうしておくと間違いのチェックが簡単にできますし、そもそも間違って入力することがぐっと減ります。

ところがルネサンス時代の声楽曲は小節線が書かれていないので、スコアを作る時に注意深く行うことが必要です。スコアにしてエラーが見つかった時に、そのエラーがどこにあったのかを探すのはなかなか大変です。

でも慎重に書いて完成させたとしても、それだけでは実は演奏譜にはならないのです。15世紀から16世紀始めにかけての声楽曲は臨時記号は原則としてついていません。今回のPerche non date voi donna crudeleでもいくつかの音符には♭がつけられていますが、それら以外に♭や#を付ける必要があります。それらを見極めるのが極めて重要です。これらの楽譜には表示されていない半音変化した音をムジカ・フィクタと言います。フィクタというのは英語のフィクションと同じ語源を持つラテン語です。

どういう原則で臨時記号を付けていくのかというと、まずテノールの旋律にカデンツ※がある場所(赤で囲んだ箇所)のカントゥスは#音(半音上げる)を含む装飾的な音型(装飾的でなくてもいい)で歌うということです。(矢印の箇所)楽曲の節目節目にはカデンツがあります。カデンツがあった所で一区切りがあり、また次の区切りへと進んでいくわけです。



よく似たハーモニーの流れがあってもテノール(あるいは他のパート)にカデンツが見られない箇所にあってはムジカ・フィクタはありません。

別の原則では、旋律的な流れで、例えばドリア音階なのかそうでないのかと見ることによって半音の変化が生じます。

※カデンツ:中世ルネサンス声楽曲の建付けは定旋律のテノールがまずあり、それにカントゥス、アルトゥス、バッススを作曲していくという方法を取っていました。定旋律とは当時知られていた旋律のことですが、作曲者が書くいわば「自分定旋律」もありました。その定旋律の区切りは、主音の長二度上から主音に入ることで表されます。その部分がカデンツです。

次回につづく。次回は最終回、何と新発見!?の発表です。

現代ギター2月号発売!

2021年01月22日 21時28分07秒 | 音楽系
現代ギター2月号が明日発売されます。今号では私の編曲作品が掲載されるので、編集部から一足先に送られてきました。掲載作品は昨年秋頃当ブログに連載していましたヴァイスのフラウト・トラヴェルソとのコンチェルト ヘ長調です。リュートパートは1音上げてギター用に編曲されています。



作品は巻末の添付楽譜に掲載されるのですが、今号ではキレゾッティ編纂のリュート曲も掲載されていて、珍しくリュート色が出ていましたね。50年近く前の古楽黎明期の頃、この現代ギター誌は「現代リュート」と言われるくらいリュート関連の記事が多かったですが、まぁギターの雑誌ですからねぇ、当時はいろいろ批判はあったんでしょう。



解説文は「ですます体」で書きましたが、他の曲の解説は「である体」だったので、編集部の方に確認しておけばよかったと少し後悔。解説にはフルートパートを復元したと書いておきましたが、楽譜の目次には「編曲」としか書いてありません。「復元と編曲」としてもらえばよかったです。これはうっかりです。

復元パートは連載時から少し変えてありますので、興味のある方はぜひ現代ギター誌をお買い求めください。