リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

本田もリコール

2010年01月30日 11時37分34秒 | 日々のこと
本田もリコールです。フィットやシティの運転席側の窓のスイッチに水が入り込むと漏電し煙が出る可能性があるとのこと。雨天時の乗り降りの際にあたる水滴程度で漏電して煙が出るというのでは困りますね。

なんかトヨタのリコール問題があるので先手を打っているような感じもします。トヨタはリコール問題で大変ですが、カーペットがひっかかってアクセルペダルが戻らなくなり事故につながるというのは、ユーザーの問題もあるのじゃないかなと思いますけど、アメリカでは事情が異なるのかしら。

あの品質万全のトヨタが、という気もしますが、実は私の愛車エスティマも燃料噴射装置系のトラブルがありまして、保証期間後ではありましたが、無償修理してくれました。これもホントはリコールにつながるような問題だったのかも知れません。

ましてや兵站がのびて品質管理が日本並みにできなくなってくると、もっといろいろ細かい問題が起こってくるのでしょう。今回の一連のリコールはそういうことと関連しているのかも知れません。でも、フォルクスワーゲンなんか上手にやってるんですよねぇ。

新型プリンタ

2010年01月29日 17時26分49秒 | 日々のこと
インクジェットプリンタをまた買ってしまいました。(笑)

キヤノンのMP990です。ちょうど1年ちょっと前に、キヤノンのMP950からエプソンのEP901Aに乗り換えたばかりだったんですが、また戻ってしまいました。

キヤノンのMP950はスキャナがついていてコピー機がわりに使っていました。だんだん調子が悪くなって来て、それに大問題をひとつかかえていました。それは五線譜の中に、スキャンできないパターンがあるのです。コピーする現行の多くが楽譜なだけだけにこれは大きな問題。

エプソン機はADFもついているし、こちらに鞍替えしましたら、黒色がちょっと薄いのと、本のページとページの間がうまくスキャンできません。インクが染料インクであるのとスキャナがCISだからだったんですねぇ。ちょっとチェックが甘かったです。

スキャナがCCDで、黒色に顔料インクも使っているというのは、結局MP990しかなくて、結果としてキヤノンに戻ってしまったわけです。この新型はさすがにスキャンできない楽譜はなく、ちゃんと正常進化しておりました。筐体もエプソンよりしっかりと作られてます。950にはついてなかったAOSS対応の無線LANもついていて接続は楽チンだし、背面給紙トレイの紙サイズ設定のプラスチックも強度をあげて調整しやすくなっていました。こういうスペックに現れにくいところをきちんと改善しているのは、さすがキヤノンですね。

スリープ時の消費電力が1.7wって取扱説明書に書いてありましたが、これはUSB接続時。無線LANで接続したときはどのくらいか知りたかったので、サービスに問い合わせてみましたが、計測データがなのでわからないが、大差はないとのこと。でも多分数字的には多少多いので、他社との競争上書かなかったんでしょうけど、ま、ひと桁上がるわけでもないでしょうから、スイッチは入れっぱなしで使っています。

走井山勧学寺

2010年01月26日 22時57分17秒 | ローカルネタ
所用で外に出たついでにふと思い立って、三重トヨタに行って来ました。前からワイパーのゴム交換と、オイルとエレメントの交換、タイヤのローテーションをしてもらおうと思っていました。もう1万キロくらいオイルを交換していないので、もうぼちぼちの時期です。

店に行き、お願いすると40分くらいかかるとのことでしたので、車を預けて散歩することにしました。三重トヨタの桑名営業所はK中学校のすぐ前ですが、40分の散歩コースとなると走井山ですねぇ。

走井山は昔お城があったところで、今はお寺があります。桑名の高台にあり、K高校からすぐ近くのところです。春は桜の名所で、私は1年を通じて散歩コースにしている場所の一つです。いつものように北勢線の踏切を渡り、何段も階段を上っていくと、お寺のお堂があります。走井山というのは実は正確ではなく、このお寺の本当の名前は勧学寺といいます。ウチは大福田寺の檀家なんですが、大福田寺がこの勧学寺も管理しているので、大福田寺を通じて、勧学寺に寄進いたしました。(させられました)よって、勧学寺の前の寄進者札の中に私の名前があります。(笑)

いつもはチラッとしか見ないんですが、今日は鐘突堂のすぐ横にある仏足石の解説看板をじっくりと読んでみました。こんなことが書いてありました。

当寺のものは江戸末期に作られたもので、「勧学寺様式」とも称される特殊な福輪相図が精妙に刻まれていてとても珍しいもの。仏足石は、仏像出現以前にインドの伝説によってお釈迦様礼拝の対象として作られていたものである。

仏教も偶像崇拝を禁じていたけど、足だけならいい、ということだったんでしょうか。でもこの仏足石は江戸の末期制作とありますから、仏足石信仰みたいなものは独立してずっと続いていたのかもわかりません。

看板に桑名市教育委員会指定民族資料と書いてありましたが、多分これは「民俗」の間違いではないでしょうか。ま、ご愛敬ということで。(笑)

帰りは行きと逆のルートで返りましたが、珍しく北勢線の踏切にひっかかってしまいました。めったに来ない電車ですので、今日は何かいいことがあるかも。

三重トヨタに戻ると、私が依頼したものは全て完了。ワイパーはきれいによごれを拭き取ってくれるようになりました。

ガイアの夜明けのBGM

2010年01月23日 15時39分35秒 | 音楽系
ガイアの夜明けのリュートBGMの詳細がわかりました。ガイアの夜明けの録画が一つだけ残っていましたので、楽譜を見て確認しました。昨夜ねらいをつけたとおり、間違いなく、No.17 Jeloymors. M.C.C.b. と同じディミニューションです。

曲の背景を書くと次の様になります。まず、一番元の曲は、Binchoisが作曲した三声の声楽曲、Je loe Amours です。この曲は当時とても人気があった曲でいろんな人が「編曲」(ディミニューション)を書いています。私が調べたのは、GhiselinとSpinaccinoでした。Ghiselinの「編曲」した曲名は、Juli amourとなっています。15世紀の声楽曲の「編曲」は、16世紀以降の音楽と概念が異なっていて、テナー旋律に対して別の声部を書くということを意味します。(テナー以外の声部に対して書くこともありますが)BinchoisのJe loe AmoursのテナーとGhiselinのJuli amourのテナーは同じなので、同一曲(元曲がBinchoisでテナー旋律に基づく編曲がGhiselinの曲です)と言えます。

Spinaccino(1507)のJuli amourは、Ghiselinをもとにしていますので、孫引きになります。だまっていれば後世の人からは、Binchoisのオリジナルから直接作ったと思われたでしょうが、正直に書いてあります。と言うか、SpinaccinoはひょっとしてGhiselinのJuli amourとBinchoisのJe loe Amoursの関係を知らなかったのかも。彼は結構いいかげんな造りのディミニューションを作っているので・・・(笑)

で、そういう編曲の一つが、das Buxheimer Orgelbuch(15世紀後半の成立かな?)と呼ばれている写本にある、作者不詳の「編曲」であるJeloymors. M.C.C.b.です。もちろんこの曲のテナーもBinchoisのテナーと同一です。この曲が日経スペシャルガイアの夜明けのBGMに使われていたわけです。この曲はオルガン用に書かれていて、五線譜とオルガンタブで書かれています。この曲をリュート二重奏で演奏しているのが、ガイアのBGMです。このM.C.C.b. というのが気になりますが、何なんでしょうねぇ。とはいえ、曲の出自が明らかになり、すっきりしました。森さん、岡田さん、いろいろ教えて頂きありがとうございました。

ドイツ録音の編集

2010年01月17日 11時47分22秒 | 音楽系
先日ドイツ録音した曲のCD-Rが送られてきました。昨年末にmp3でメイル添付してもらったものと比べると当然ながら音もいいし、音量のレベルや曲間の時間も統一されています。要するにCDの体裁をなしているものです。

これを何度も聞きまして、指ノイズが入っているところやもっといいテイクにした方がいい箇所を書き出し、昨日やっと全部まとめ終えました。こういうCDの聴き方は普通しないと思いますが、この聴き方で例えばA氏のCDを聞くと驚くほど指ノイズが残っていたりして・・・(笑)

今日は郵便局が休みなので明日送付する予定です。PDFにしてネットで送ってもよかったんですが、確かヤンのスタジオにはカラーのプリンタがなかったので、現物を送ることにしました。(指摘箇所をカラーペンで書いたので)こういったやりとりが何回か続きやっと完成と相成るわけですが、結構時間がかかります。向こうに住んでいると彼のところに行って直接伝えることができて、手っ取り早いのですが、日本に住んでいるいる以上はそうはいきません。まぁぼちぼち行きましょう。

ガイアの夜明け

2010年01月14日 18時33分59秒 | 音楽系
以前テレビ東京(テレビ愛知)の「ガイアの夜明け」という番組で、リュート曲がBGMに使われている話をしたことがありましたが、今年になって、ホストが役所広司さんから江口洋介さんにかわったのを機に、リュートBGMがなくなってしまいました。

番組の関連サイトを見ても、テーマ音楽は話題になっても、リュート音楽のBGMが話題になることはありませんでしたので、世間的には誰にも気づかれずにひっそりと使われなくなったという感じでしょうが、リュート弾きとしては非常に残念ですねぇ。

もっと残念なのは、情けないことに曲目を特定できなかったことです。曲のスタイルとしては、15世紀後半から16世紀前半にかけて作られた、声楽曲のディミニューションですが、そのうち中世リュートが専門のボブ(クラウフォード・ヤング)に聞いてみようと思っていたんですがね。(笑)こういうことはすぐにやらんといけませんでしたね。

ブレとブラック・バード

2010年01月06日 22時34分07秒 | 音楽系
昨年末にやってきました娘夫婦もアメリカに帰っていきまして、家の中の人口が急減しました。でもまだ息子が今週末までいます。息子が持ってきた、ポール・マッカートニーの2009年ニュー・ヨークライブを見ていましたら、MCでポールがなかなか興味深いことを言っていました。

ブラック・バードという大変有名な曲がありますが、その曲がひらめいたいきさつです。なんでもクラシックの曲を弾いていたら突然降りてきたそうで、その曲がこういう曲だということで、弾き始めました。その曲がなんとリュート組曲ホ短調BWV996のブレでした。ライブでは正確にブレを思い出せなかったらしく、少し違った形で弾いていましたが、バッハの曲だと言ってましたので、間違いなくブレです。

ブレからブラック・バードが降りてきたというのは、私は初耳でしたが、もうすでに知られているこのなんでしょうか。この話は、自分のコンサートのMCで使ってみたいですね。

謹賀新年

2010年01月02日 20時23分18秒 | 日々のこと
2日になってしまいましたが、新年あけましておめでとうございます。今日は娘の結婚を祝して、親戚一同でささやかな昼食会を三重県桑名市多度町の大黒屋で持ちました。娘のお婿さんはアメリカ人で現在二人はインディアナに住んでいますが、昨年末に「来日」しましてずっと我が家におります。昨日は東京に住んでいる息子も我が家に到着しまして、大賑わいです。

多度の大黒屋は、鯉料理で有名な老舗で、創業は200数十年以上前、現在の建物も100何十年か前に造られたものだと聞いています。鄙びた場所に伝統的な作りの料理屋さんで、「奥座敷」という名にふさわしい場所だと言えます。



お開きのあとは多度大社へ。神社の境内に入りますと、あちこち目新しいものが目につきます。そういやここ何年来来たことがありませんでした。多度大社も着実に進化していました。(笑)



多度大社の本殿は渓谷を昇っていったところの岩場にあります。本殿まで行く途中に両側からせまる木々や谷川の流れからは、ある種の霊気みたいなものが出ているのを感じさせます。いつ来ても神々しいですねぇ。娘夫婦の前途に幸あれとお祈りしてきました。