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そよ風つうしん

小さな自然の発見をご紹介してきましたが、転居で環境が激変。内容を一部変更し日々の雑感を綴ったりもしています

親子の楽しさ

2006年03月17日 | ポエム&好きな言葉
私は幼い頃、左利きでした。

今でこそ左利きの子供も特別視されなくなったようですが、私が子供の頃には、「あの子ギッチョやねんで~」と皆から白い目で見られがちでした。
だから親は、我が子が左利きだと、心配して一生懸命に直す努力をしたものです。

しかし私の母は、違っていました。
「ギッチョはねえ、頭がええねんで」とほめてくれたのです。
だから私は、不便さは感じつつも、肩身が狭い思いはしませんでした。

少し大きくなってから、
「右も使えると便利やから、ちょっとずつ練習してみたらどやろ?」と言われて、それはそうだと思って練習すると、どちらも使えるようになりました。

ハサミなど、今のように左利き専用のがない時代だったので、右が使えるのは大変便利で、ことのほか嬉しかったのを覚えています。

懐かしい思い出のひとこまです。


雲に同じ形のものがないように、子供もみんな違います。
違うことを「困ったこと」と捉えずに、個性と考えてうまく伸ばし、他の面も引き出してやる。
そこが親子の楽しさだと、私には思えてならないのです。



夕空の雲も光も、いつも違っていて、みんな違って、それがすばらしいなあと・・・・

昨日の絵本の続きです

2006年03月03日 | ポエム&好きな言葉
個性豊かに育った二人は、それぞれの生活を楽しみました。





やがて時は流れ・・・






それぞれに楽しい時を過ごましたが、
とうとうお別れのときがきました。





最後のお別れです。





これで、この物語はおしまいです。


この頃の我が家には、カヌーイストの野田知佑さんの本がたくさんありました。

それを娘も読んでいて、世俗を離れて、風を感じて自然の中で暮らす生活も、なかなかいいものだなあと思っていたようです。

弟が川のほとりに暮らして、釣竿を持っている辺りに、野田さんの影響が感じられます。


絵も文も、とても幼いものですが、これをプレゼントされたときの嬉しさを、今も忘れることが出来ません。

娘はいま、子育ての真っ最中です!♪

思い出の「絵本」

2006年03月02日 | ポエム&好きな言葉
ずいぶん前ですが、私の娘からプレゼントされた紙芝居のような絵本です。

一枚一枚がバラバラで、本のように綴じてあるわけではありません。書きっぱなしです(笑)

絵は茶色、文字は金色です。
今日は最初の部分を載せてみます。面白くなかったら、ごめんなさいです。




「二人はそっくりです」と書きながら、顔だちが違っている辺りがご愛嬌ですね。

そして、




そんな性格なので





さて、続きは・・・? 
(このURLは、続きを見ていただきやすいように、後日ここに追加記載したものです)
こちらからどうぞ。
絵本の続き

春はお昼寝中?

2006年02月17日 | ポエム&好きな言葉
これは 何日か前の空

雲の向こうで 春が手を振ってるのが見えるよね

背中には大きな袋を背負ってて

中には淡いピンク色の光がどっさり入ってる

春はね

ごきげんな日には こんな白い雲に乗って

わたしたちのすぐ近くまでやって来るんだよ

そして 背中の袋から 

両手いっぱいにピンクの光を取り出して

ぱあっと まき散らすの


でもね 今日のように ごきげんななめの日は

お部屋の中で ゆり椅子に座って うたた寝してるんだって

ピンクの光がつまってる袋は 口をしっかりしばって

片すみに そっと置いてあるらしいよ

明日は 春のごきげんが 直るといいね



冬っぽい空です。 春はお昼寝中・・・・?




空色の氷

2006年02月05日 | ポエム&好きな言葉
晴れわたった空の色を写して蒼く輝く氷

その中には 宇宙がある

滑り落ちようとして、凍てついてしまった落ち葉よ

すこし窮屈そうだけれど 楽しそうに見えるよ

どんな音が聞こえているの?

そこからは、何が見えるの?

夕べ 天から舞い降りてきたものたちの話を

そっと 聞かせておくれ



(朝、私は耳が冷たくて目が覚めたのでした。気象予報士の方が「明日の朝はよく晴れて、放射冷却で冷え込みが厳しいでしょう」と言っていたのが、大当たりでした)




終わらない今日。終わらない命、ナースログ

2006年01月09日 | ポエム&好きな言葉
ある日の夕暮れ、夕日が木立の向こうに沈んでいきました。

ひと日の終わりという感じですが、当然ながら大きな地球の上では、これから「おはよう!」という所があるでしょう。

夕空にシルエットを広げているこの木は、去年の葉をすべてふるい落として、裸樹になっています。
命の輝きを感じるという印象ではありません。
でも、近くに行ってじっくり見れば、枝先には春を待つ新芽がたくさん生まれていることでしょう。


山の中で年老いて、あるいは雷に打たれて倒れたりして、静かに横たわっている木があります。
あたかも命を終えたかのようですが、キノコやコケや小さな植物が生える大切な場所を提供しています。
(追記:大切な役割を書き忘れていました。コメント欄に「くまじろう」さんが、お書きくださったように、昆虫などの住みかにもなっていますね)

そしてキノコなどは、それらを餌にする昆虫や小鳥や小動物たちの大切な栄養源にもなっています。


その木も、やがて朽ち果てて形が無くなる日は必ず来るでしょう。
でも土に還っていくことで、土を豊かにしその周囲の若い木々に栄養補給をします。
そこに降った雨は川から海に流れ、そこに生きるものたちの命をはぐくみます。

そんな木のことを「ナースログ」と言います。

森を看護しているという意味だそうです。

とっておきのキャンドルを灯して

2005年12月25日 | ポエム&好きな言葉
突然の出来事に傷つき 
いまだ癒しきれぬ心を鎮めたくて
大切にしていたキャンドルに 火を灯した

小さな炎の揺らめきは まるで私の心のよう
風もないのに ゆらり ゆらり ゆらゆら・・・

けれど じっと見ていると
芯の部分はしっかりと燃えている
あたたかい光を放ちつつ

そうか 私の心も 芯の部分には強いものがあるはず
だからこそ いつも立ち直ってこれたのだ

胸の中にある いつも消えない灯りを信じて
今夜は一人で メリークリスマス

弱い私だけれど
支えてくれるたくさんの人がいる 
解り合える友もいる
これはとても幸せなこと

そして、小さくても炎は
安らぎと元気をくれる

こころ
あたたかくなった



霧の中の朝日と、雪山と

2005年12月07日 | ポエム&好きな言葉
今朝は冷え込んで、濃い霧に包まれました。


霧のベールの中で
光の帯が 音もなく舞いおりて
木々は濃い影を作る

そこにあるのは 光だけの世界
けれど わたしには聞こえる
降りそそぐ光が奏でる やわらかな音色の音楽が

だれも居ない 
とてつもなく ぜいたくな時間

みんな どうして見に来ないのだろう
こんなにもすばらしい光景が 繰り広げられているのに



やがて日が昇ると、この世界は消え去りました。
その代わり、午後になると北の方の空が晴れて
遠い京都方面の山が、雪化粧した姿を見せてくれました。


あまり良い写真ではありませんが、限られた場所からしか写せないので、うまくいかなかったのです。
雰囲気だけ、ご想像くださいね。

野菊

2005年10月07日 | ポエム&好きな言葉
ひっそりと 木の下闇に咲く 一輪の花

たとえば そこに花開いていることを 誰かに気づかれなくても

そんなことは気にもしていない


でも 覚えているよ

あなたが 毎年そこに咲いていることを

だからこうして 見にきたんだよ


やっぱり 待っていてくれたね

あなたのひそやかな色は 

いつも わたしの気持を 穏やかにしてくれる


誰の目にもとまらないような

ひっそりとした人生でも 

それはそれでいいのだと ささやいてくれる





「でんでん虫のかなしみ」

2005年09月25日 | ポエム&好きな言葉
ご存知の方もいらっしゃるでしょう。
これは新美南吉の童話の題名です。

一匹のでんでん虫が、ある日突然に、自分の殻の中には悲しみがいっぱいに詰まっていることに気づきました。
でんでん虫は友だちを訪ねて、つらくて、自分はもう生きてはいけないのではないかと思うと話します。

すると、そのでんでん虫も「私の背中の殻にも悲しみがいっぱい詰まっているよ」と言うではありませんか。
何人もの友だちにも話してみましたが、返ってくる答えはみな同じです

そして、でんでん虫は気がつきます。
悲しみは誰でも持っているのだと。
悲しいのは自分だけではなくて、みんな自分の悲しみに耐えて生きているのだと。

それ以来、でんでん虫は嘆くのをやめるのです。

私たちの胸にも、悲しみは詰まっています。
けれど、色々なものに癒されたり、自分で気分転換をしたりしながら、できるだけ楽しいことを発見しようと努めて生きています。

その、ささやかなお手伝いが出来るような「そよ風」でありたいと、いつも願っているのですが・・・