柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

継承者

2007-11-20 08:43:26 | Weblog
11/16の産経抄(くどいですが、産経新聞は山口県から撤退していて読もうと思えば大阪なり福岡かりから郵送されるのを待たねばなりません、昨日届いたのが11/16分というわけです、どこかの離島のようなことです)、吉兆はじめとした老舗の不祥事に触れ、守るべきは吉兆の名前ではなく、創業者の「物語」の方だ、と書きます。こういう時には言い古されたフレーズなんでしょうが、沁みる表現です。継承者の立ち位置の微妙さを表して余りあります。すっかり変えるのはもったいないこと、特にブランド化したものであれば余計に、かといって今までの人間関係に安穏としていたのでは足元すくわれる、それは創業者が作り上げた信頼関係、人間関係であって、いわば一身専属のもの、その人亡き後は付き合う義理はなくなるってわけです。そこにどう気づくか。普通は意気込んで突っ走るんでしょう、先代の古さが目に付いていればいるほど拍車がかかります、今の時代にそぐうやりかたで!。でも、きっとそちらだけ指向していると転けるんです。今までの顧客を失うことになりますから。よく言われるように、新しい何かを導入する、手に入れようとすれば、必ず今まで持っていた何かを失うのです。経営第一に定めれば、今回のような顛末です。経営が第一に違いないじゃないか!そうですが、でも創業者はそうじゃなかったんです。むろん、守らねばならぬものが大きい継承者と、ダメならダメでしかたない立場の創業者とではそれこそ第一歩が違うのは理解します、つまり創業者こそが理想を追えるし、夢みたいな無茶でもできる、それが世に受け入れられるか否かを問うという気楽さがある一方で、継承者の守り第一という条件付き経営とでは大きく違いましょう。でも、何故に家業が世に認められ受け入れられてきたかをそのまま素直に感じ入らねばならぬのです。例えば今世間に喧しい公共事業への食い込み問題、ああいう業種なら如何に役人に取り入るかが勘所です、接待賄賂作戦です。人の性です、何千年も昔から続いている関係です。が、食品関係は一般人が相手です。多数に向かって気持ちが通じるって部分が必ずある筈なんでしょう。うちはきっとこうしますって頑固さ。そこを人は信頼する。それがブランドってことです。記憶は都合のいいところだけを増幅して残すものです、創業者のエピソードも良いところばかりが並んでいます、商売人の鏡みたいに書かれますがそこには一度眉に唾を塗っておいて、しかし創業者はなべて皆頑固です、ここというところを曲げない。だから人に認められるんです。白洲次郎言うところのプリンシプル、ここだけは曲げぬという原則。狡いことをしない。馬鹿正直に徹する。言うたことはやる。そうなんですね。ブランドというのは、その店の物語なんですね、匂いというか。目に見えているのは確かにブランド品を求め買っていくお客の姿だけです。良いものを安く。誰もが考えることでしょう。売上を伸ばすにはそうです。そして次は在庫管理。入りを図りて出るを抑える。そこを鋭くすればするほど、合理的に考えれば考えるほど、その店の匂いが消えていくんでしょう。どこも一緒になります。扱うモノ(商品)が違うだけです。利を求めれば何かを失うって図です。目先の在庫減少を図ったばかりに信頼を失った。その店にしかない物語を忘れたからでしょう。その店にしかない匂いを消そうとしたからでしょう。ううむ、継承者はおそらく創業者よりも才能を求められるのでしょうね。創業者は当たるか外れるかの勝負です、自分の好きなことをずっとやってればいいんです。継承者は守って維持して、あわよくば発展させてという役目です、ひょっとしたら自分に向いていないこともやらねばならぬのですから。創業者は偉かったとか、先代はそうじゃなかったぞ、なんて非難されるのも継承者の務めです。偉かったから世に当たったのか、世にたまたま当たったから偉く思われるようになったのか、それはわからぬことですが、そこを呑み込んで「精進します」なんて言いながら頭を下げて世を渡っていく。継承者の肩を持った一文でした。才能ですぞ。
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科学らしさ

2007-11-19 08:43:59 | Weblog
昨昼女子マラソン見ました。野口と渋井。女房に解説しながら見てましたが、野口はそれほどこの手の中継のあるマラソンやら駅伝やらに出ない人で、つまりあまりTVに露出しない人ですが、この人が負けるのを見たことがありません、あのオリンピックも含めて。小さい体でストライド広くピッチも速く、走る姿からして強そうです。かたやの渋井。もうひとり女子長距離で有名な、弾けた女がいますでしょうワコールの(名前ど忘れしました、福士でしたか)、高橋、野口を追いかけ土佐のこのぱっぱらぱーのそして渋井のという形勢図なんでしょうが、渋井は逆に勝ったのを見たことがない人です。いつも下馬評は高いんですが、決まって途中失速。今回もそうでした。初めの何キロか、外人とこの二人がトップ走っていた時にこの蘊蓄を垂れていましたが、きっちりその通りになりました。駅伝の短い距離ならトップギアで走り続けられるんでしょう。暑さに負けた、そうです、監督弁です。つまり弱いってことです。その条件でもぶっちぎれる奴がいるんですから。厳しいですねぇ、ごまかしの利かぬ世界は。浅田真央、こちらは強いこと。何だか子供じゃなくなりましたね。子供がクルクル回っている状態からすっかり脱けています。私は思うのです、これは技術の向上ではなくて彼女が、彼女の頭がぐっと大人になったって事だろうと。仕草やら体型やらが大人びてくるは、こういう年齢の人なら誰でものことですが、いやいやこの人には聡明さ上品さが加わってきてます。そう思われませんか?平たく言えば賢い娘なんだろうということです。若いですからジャンプも一段と高いし綺麗、それに中から出てくる上品さが加わればこりゃ強いはずです。素人が見ていてもわかりますわ。クルクル体操とは全く違いますもの。見せます、魅せます。そう思いました。
 つまらぬ事にまたひっかかります。昨朝の所ジョージの番組でチーズの特集でした、その中で鼠はチーズが好きなのかという実験です、よくある対比実験です、米やらキャベツやらとチーズを並べて鼠がどれを食うか。結果は米やキャベツの方に多く集まったんです。ま、よくある話です。で、一応「科学番組」の体裁ですから専門家の意見を聞くんです、でその専門家。鼠は活発に動くから、すぐにエネルギーに換えられる糖分を自然と選んでいるのだろうと。まことしやかですわね。専門家のよく言う本当のような嘘。見てきたような、聞いてきたような嘘です。そうでしょう、鼠がそんなこと考えながらものを食うもんですか。鼠の好き嫌いがどうしてあなたにわかるんです?どこまでも推測想像ですわね。フィクション。童話の世界と同じレベル、狐や狸が喋るんでしょう。あなたはどうして酒を飲むんですか?例えば、ビール、日本酒、ワイン、ウイスキーと並べられてあなたは何を選びますか?日本酒を選んだらこういう理由、ビールの場合はこういう理由?そんな馬鹿な。単純に好き嫌いでしょう?それと酒に強いか弱いか。エネルギーがああのこうのの理由じゃないですよね。すっかり空腹の時に白ご飯、スナック菓子、野菜サラダ、肉、魚が並んだときはどうですか?こう並べば好き嫌いで選びますね。じゃぁ野菜サラダしかなかったら?それを食べるしかないでしょう?鼠を空腹状態にして、チーズだけを与えると、きっとガシガシ食べるでしょうにね。そうでしょう?こんな実験、嘘でしょう?鼠の好き嫌い確かめてどうするのよ、です。エネルギー?嘘でしょう?違いますかね。これが世の中に蔓延する、科学らしさを騙る専門家達の嘘の典型です。そう思います。いかがですか。
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大きな嘘

2007-11-18 10:24:19 | Weblog
オシムさん、いけないようです。順天堂病院で集中治療を受けている、脳が腫れている、意識がないがそれは治療の一環として行われている、出血の危険が大きかったが今は何とか回避されている、重症の脳梗塞である、という新聞記事から十分に推測されます、脳の太い動脈が詰まって一面広範囲に脳が腫れてしまって、低体温療法か脳保護作用のある薬剤を使って治療として深い眠りの中に落としている状態でしょう。心臓疾患があったらしいですからおそらく長嶋のような小渕さんのような病型、心房細動という不整脈を基礎にした脳塞栓症です。長嶋の時の東京女子医大のように、小渕さんも順天堂でしたよね、有名大学病院としての、脳外科(おそらく)教授の威信を懸けて(長嶋の主治医は神経内科の教授でしたが)の治療です。考え得る限りの最新治療を投入しましょうが、最高に回復して長嶋レベルです。いえ、今は小渕さんのコースの方が濃厚ですか。現場復帰など望めないでしょう。気の毒な事ですが、しかしこれがこの人の人生です、運命です、仕方ないことです。新聞も、この人の事じゃなくて、次の監督どうするんだ?ばかりですから。
 関連して(偶々の一致でしょうが)、徳光アナを使った悪玉コレステロール悪者キャンペーンがTVコマーシャルに、新聞広告にと目立ちます。この人が心筋梗塞で入院加療したことは結構有名なことで、経験者が語るって重みを付けているわけですが、広告宣伝の類は大衆煽動の技術に沿うばかりのこと、いかに誘導するかが狙い目です、少々の(どころか大嘘ですが)偏りは許されるというのが業界の律でしょう。つまりこの広告見ると人は、悪玉コレステロールが高くなると心筋梗塞になるんだと思い、悪玉コレステロールが悪者なんだと思いますね。悪玉、なんて命名ですから当然ですわね。どうして急に悪玉コレステロール(LDL-コレステロール)と言いだしたか。そうです、そこにポイントがあります。今まではただのコレステロール値でしたよね、詳しい人は善玉悪玉という違いもご存知でしたでしょうが、220が基準値の上限の。最近学会がまたまた基準を変えてきたんです。狡いと言うかどう表現すべきか今まで(総)コレステロール値で縛ってきたのを悪玉コレステロール値を基準にすげ替えたんです。何故か?特に女は歳を取るとコレステロール値が上がってくるのが普通なんです、60歳70歳の女の人なら300に向かって徐々に上がってくるのが普通なんです。それを220なんて数字に固執して、高脂血症患者として烙印押して病人に仕立てて薬を山ほど出させて、要らぬ医療費を無駄遣いさせて、御用学者達は製薬会社とつるんで守屋次官と山田洋行と全く同じ図式です。要らぬ薬を飲まされ続けた高脂血症患者という名の病気でない人達こそ哀れなれ。健康をダシにした素人騙し、年寄り騙すシロアリ駆除やら縁の下補強業者とこれまた一緒です。さしもの学会さすがに恥じたかまずいと思ったか、例によって一言も弁明せずに知らん顔して基準を変えたという顛末です。そして変えて暫く経ってから目先を変えるこの宣伝です。大体この手の喧伝、はじめの一歩目から間違っているんです、もちろん恣意的にです。コレステロール下げても心筋梗塞なくなりません。脳梗塞の予防なんかになりませんよ。ここなんですわ、ポイントその2は。つまりは心筋梗塞にしても脳梗塞にしてもこれ!という原因を未だ掴めてないんです。学者の怠慢ですが、逆から眺めれば医学なんてのは50年前とそんなに変わってないのです。検査技術が格段進歩向上しただけ、薬が(特に抗生物質)多く見つかったというだけです。医学は日進月歩なんてよく言いますがとんでもない、牛歩もいいとこです。検査技術や微に入り蔡を穿つ技術が進歩していくだけ(ナノテクノロジーってやつです)、人の体ではなくて細胞の、そのまた微細構造物の、なんとかいう微量物質の、という世界です。そのある物質の多い少ない、有る無しで、人の状態全体を説明しようと言う愚です。木を見て森を見ずって教訓がありますが、木どころか葉っぱ、根っこの端の端、葉緑素がどうしたこうしたで森を論ずるというわけです。もちろん大発見なんてのは何を機になされるか分かりません、ですからこういう研究や方向が無駄だとか間違っているとか言うのではありません、ありませんがしかし、この手の騙しがひどすぎる横行しすぎていると思うのです。直の原因(これさえ気を付ければ決して起こらないという原因)が見つかってないんだから次善の策でしょう、なんて論も通用するんでしょうが、次善にしては慎みがないのです。まるで第一因を騙っているという横着なんです。コレステロール300越えていても元気な高齢者はいくらでもいらっしゃいましょう。ポイントの3はここです。今のこの手の基準値(これまた単純な平均値であるのに正常値と騙る嘘です)は全て病を得た人から引っ張ってきた数字なんです。脳梗塞になった人を集めてその人達の平均値と、そうじゃない人の数字を比べる、例えばコレステロール値、血圧値、血糖値などなど。そうやって出されてるんです。それでいいんじゃないか、ですか?。でも、これでは血圧200超やコレステロール値300超の人の「元気さ」「病気にならなさ」を証明できないでしょう?つまり学者の怠慢と私が言うのは、元気な人が何故元気なのかを調べようとしない片手落ち(これも必ず恣意です)を指しているのです。コレステロール値が300超えていても心筋梗塞にも脳梗塞にもならない人は、なってしまう人とどう違うのか、そこを調べようとしてないんですね。私はそれこそがその人の運命なのだ、抗うことのできぬ不可知領域だ、だからあれやこれや予防治療の名の下に手を入れるのは次善の策どころか無用不要の策だと言っているのですが(人は同じ造りで同じ物質に同じように反応するけれどその結果は各人違うのです、理想的な人間なんて決して存在しません。その差はおそらくは遺伝子上の信号の差に突き詰められることだろうとは想像しますが)、病気になった人のデータがそのまま病気になっていないあなたに当てはまる筈が無いじゃないですか。しかも数字だけを引っぱり出して大きな塊にして平均値などを机上操作するだけ、病を得た人の生活環境はそれこそ十人十色です、そういう個人差は全く考慮に入れられていません。なのにこんな数字から出てくるセリフは生活習慣を正しなさい!です。空の箱からハトが飛びだしてきたようなものです。且つ要らぬ世話です。おわかりいただけましたでしょうか。病人のデータは病人に当てはまること、次を起こさないようにする一助にこそなれです、何も起こっていない元気なあなたには関係のない数字です。それをまるで預言の数字みたいに煽って脅かす。製薬会社の売らんかな文句ですよ、即席ラーメンの宣伝と同等価値、そう思っておかれるが得策です。
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目先

2007-11-17 08:43:20 | Weblog
承前。混合診療の話です。どこかの訴訟で、地裁が混合診療を禁ずる法的根拠に乏しいなんて理由で国を退けて(原告勝訴)、舛添厚労相は原則は原則だと控訴したという記事がありました。保険の利かないところだけ自費負担する、それでいいじゃないか、という論です(現行の保険診療の仕組みについては昨日の拙稿見て下さい)。別に問題ないようですが、これを許すとどうなるか。今それでなくても医療費破綻と喧しいご時世です、国は何とか医療費削りたいんです、そこに持ってきて混合診療許すとなると役人はどう考えますか?削りたいでしょう?つまり自己負担分をこれを機会に増やしていけ!って計算になるでしょう?簡単ですよ、保険の利く範囲を狭めればいいんです。ちょっとずつ、今まででも連中提案してきたんです、例えば風邪薬とか湿布薬とかビタミン剤とか、こういう薬局でも買えるような薬から保険適応から外していこうという魂胆。そんなところに混合診療解禁してご覧なさい、血圧の薬、コレステロールの薬などがすぐに対象になります、ここは数の多いところですから余計ですが、未だ病気にない人の、予防に係る薬は保険適応外ですなんて言って。そして鎮痛剤とか眠り薬の類。そして検査料金。今三割負担ですが、あっという間に逆転しますよ、自己負担7割。今の倍です。きっとそこから始まって、結局は高額先端医療にだけ保険が利くって形になる、すれば毎月毎月給料の一割近くを天引きされている保険料が馬鹿馬鹿しくなる、少々の日常の病気や怪我には保険が利かなくなれば保険料収めるのが馬鹿馬鹿しくなる、保険制度が破綻する。そういう図です。日本の医療における皆保険制度は世界に冠たる理想的な制度なのです。癌患者の薬に対する不満はよく理解しますが、混合診療解禁ではなくても対応できることでしょう。改革という名の明らかな改悪、制度破綻は避けねばならぬ事です。目先に囚われてはなりませぬ。そう強調したいことです。
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落とし穴

2007-11-16 08:43:16 | Weblog
今朝のNHKニュース、京都山科でコンビニに押し入り警官会わせて三人に刃物で斬りつけて逃げようとした男を警官が太腿撃って、男がそのまま死んだって報道です。こういう時の喋りの色は警官非難色です、特にNHKは。それを怖れてか、そこの署長なりもう一つ上の県警の偉いさんのコメントも決まってます「状況を考えて正当な拳銃使用だった」と。誰が怖いか。「正義の味方」達です。正義の味方の衣を借るマスコミの集団暴力です。犯罪者の人権大切って金切り声ばかり上げてる人権屋達です。ま、それはそれですが、どうして太腿なんですかね。頭をきっちり狙いなさいな。たとえそいつが病人でも(精神病)薬でラリっていても、昔からその地域では有名なおかしな奴であっても、やったことは犯罪です。こういう場面で撃つことが許されているんですから、その境をどんどん向こうに押しやっていけばいいですね。この手の連中は「更正」なんかしません、累犯者になるだけです。そうですよね、そんなこと誰でも分かりますね、憎しみの果てに思いあまって刺すなんて状況じゃないんですから。金がなかったからとか、むしゃくしゃしていたからとか、誰でもよかった人を刺したかったとか、何?って理由でこいつら平気ですから。またやりますよ、そういう頭なんですから、そういう思考回路の持ち主なんですから。だから撃って。どんどん撃って。逃げたらすぐ撃つ。そうしたらそれこそ犯罪抑止に繋がりましょう。むろんこんな事言うと逆の極端を持ち出して掣肘するが常です、警官が無茶するかも知れん、間違いで撃たれることもあり得る、なんてね。そういう事例が増えてきたらそこで、間違いで撃ったらその警官を馘首にするとか対応すればいいことです。よく撃ったと思いますよ、その警官。死んでよかったです、足を撃たれて重症なんてことになればきっと治ってまた野に放たれます、それが社会のためです。次からは足なんか狙わなくていいから、頭か左胸ですよ。
 女子バレー、新聞書きます、北京お預けと。まだ神風信じてるんですね。呆れますねぇ。ゲーム見てませんがスコア見るとあらら。三位に入るつもりだったんでしょうか。本気ですか?なれば状況が読めない奴らが頭やってるってことです。監督の言葉、真正面からぶつかりすぎた、ですって。すごい言葉。全日本監督の敗戦の弁ですかねこれが。奇策を弄せば勝てるとでも言いたいのでしょうか。馬鹿馬鹿しい。何でも、次はアジア予選があって、、韓国やら他のチームには勝てるんですって、中国は開催国で予選なしに出場できる、この辺りで日本より強いには中国だけだそうです、だから北京には出られるだろう、でも出ても相手はレベルの違うイタリア、アメリカ、ブラジル、そして中国、キューバ・・。そうです、オリンピックは参加することに意義があるのです。アジア予選に勝って堂々と出場しましょう。神風よ、吹くのだ!!馬鹿馬鹿しい。昔は強かったんですよ、日本バレー。まだイタリアもアメリカもブラジルも中国もキューバも、バレーボール知らなかった頃は。相手がソ連だけの時代ですが。嗚呼・・
 混合診療(いきなり話が変わります)全面解禁要請、なんて派手な見出しです。規制改革会議が言ってるそうです。小泉さんが言ってた聖域なき改革というやつです。混合診療なんて言われても皆さん何のことか分からないでしょう。今は保険証があれば医療費の三割や一割負担で済みますが、これは保険診療(決められた枠があるのです、こういう薬、こういう手術、こういう治療方法は保険が利きます、これ以外は保険が利きませんという決まり)の中の話です。それ以外の薬やら治療やらは保険が利きません。じゃぁ、利かない分だけ自費で払えばいいじゃないか、とお考えでしょうが、それを固く禁じているのが現行の保険診療なんです。保険診療外の治療や薬使う場合は、普通なら保険が利く部分に関しても自費扱いにする、というのが保険診療の原則です。つまり all or nothing 、全部保険内か、一歩でもはみ出たら全て自費、ってシステムです。そのはみ出た分だけ自費で払うようにしろ、というのが混合診療です。混合診療の方が理に合ってると思われますか?一見そうですが、実は大きな落とし穴があるのです。すみません、時間がなくなりました。この先は別稿で。
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味方

2007-11-15 08:43:47 | Weblog
ボージョレ・ヌーボーの解禁日だそうです。ビール以外はからきしダメな準下戸にとってはピンと来ないことですが、嬉しいことなんでしょうねTVが新聞が煽ります。何でも全量の1/4が日本に輸出されるんですって。1/4ですよ。何とお目出度いこと。嗚呼、経済大国。
 中日福留巨人へ行くんでしょうね、昔から憧れだったなんてね。おいおい、あんたは高卒時のドラフトで外れて社会人野球で浪人して、相思相愛の中日に晴れて入団したんじゃなかったのかい?昔から巨人に憧れてた?前にも書きましたがここの業界人の動機は皆巨人です、長嶋です。野球に優れて甲子園に大学野球に社会人野球に打ち込む、そして憧れのプロ野球、どなたもかなたも巨人巨人。いえ、仕方ありません、つい最近です巨人戦以外がふんだんにTV観戦できるようになったのは。かく言う私も、鄙の地にいることも相俟って野球といえば巨人でしたから。だから、清原に始まって巨人に来る奴どれもこれも同じセリフを吐くのは致し方ない現象なのですが、これまた見事にどれもこれも潰れていきました。福留も吸い寄せられるようにその毒を喰らうわけです。中日にいてこそのその存在感、その成績だと、やはり分からないんでしょうね。新井ですか?巨人は知らん顔でしょう?どうしてでしょうか。これくらいの奴は今もベンチの中にわんさかおるってわけです。必要としているのは阪神。こっちに行くべきです。クルーン。さて巨人が札束で頬叩きましょうか。外人は簡単です、金です。阪神も欲しいと思ってましょうが、抑え投手だけは今は充足していますからね。さて福留、日本中の私のような日本人気質のオッさんのブーイングの中を、ブルーからオレンジ色に着替えましょうか。
 吉兆のごたごた、何とも基本的な原始的な嘘の上塗りでした。嘘ついたらだめですよ、という道徳教材のような出来事です。誰かに嘘をやらせたら、黙っちゃいませんよ、という戒告です。どこもかしこも「悪いことだけれど黙っておけと言われたから黙ってた」です。「いけないことをいけないと、とても言える雰囲気はなかった。命令に服従するばかりだった」と内部告発者やら、今回のように自分たちの所為にされた従業員達のいいわけです。日々の仕事は繰り返しです。悪いこととは知りながら、そんな意識はどんどん薄れていきます、今日の仕事をこなすだけです、今日も明日も次の日もまた次の日も。それで給料貰っているんですから。で、こんな事態になって初めて「実は・・」となります。もっと早く言えよ、です。水戸黄門の印籠です。でも、言えないんですね、よく分かります。やはり時満ちるまで事は起こらないと一般式化できるのでしょう。あちらこちらの老舗、ブランドが叩かれつつかれするこの流れに、叩けば埃の出る体ばかりだったってわけです。そして我々が得た教訓はこうです、悪さするなら一人でなさい。誰かとつるんだら、その誰かに必ず刺される。つるむが複数であることの怖さを知るべきです。組織ぐるみ、ということは恐怖と恫喝で縛っているだけですから、必ずどこかが綻びます。自分の思いも寄らぬ奴が必ずいます。ピカピカの正義の味方やら、逆に脅してくるのやら。おお怖いこと。悪さするなら必ず一人で。一人でできぬような悪さはせぬ事です。誰ーれもあなたの味方じゃありませんよ。
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バランス

2007-11-14 08:43:37 | Weblog
やはり稲尾という人は日本野球界にとって大きな星だったんですねぇ。今日の朝刊、三大紙と日経(おそらく産経もそうなんでしょう)すべてコラムでとりあげます。まさに巨星墜つ、です。コラムだけじゃありません、スポーツ欄は大半費やします、一面に二面に三面にと稲尾、稲尾です。どの新聞にもその記録が並んでます。昨日は記録より記憶、なんて書きましたがこのすごい記録の数々よ。これまたどの新聞も、今の投手分業システム(先発、中継ぎ、抑え、それぞれアメリカかぶれして横文字で言って有り難がってますが)との違い強調して、昔日感、隔世感を醸し、遠い目をしたような論調です。結構。見る方もそれを懐かしく思い、我が身を顧みず(投手生命とか給料とかあれやこれや条件付けずに)乞われただけ投げていく、太く短くって生き方に共感します。年間42勝なんて、すごいこと。先発していただけでは42も勝てません、物理的に。130のうち中4日で投げても30回強の先発です。中3日で40回。届きません。先発に、中継ぎにという大車輪。有名な話、ダブルヘッダーの2試合伴に投げる。一試合目はリリーフして勝ち、二試合目は先発して勝つ。一日に二勝。そういうのを何回かやらないと42に届かないでしょう。ダブルヘッダー(一日に2試合、昼とナイター)自体が最近なくなりましたからピントこないことでしょうが、あの長嶋の引退試合も(対中日、この年は中日が優勝していて、この試合中日は主力が出ていなかったんですよ、二軍半の連中、なんて失礼なんだと思っていたこと思い出しました)ダブルヘッダーじゃなかったですかね、当時は全くの普通のスケジュールです。ま、ここは今日の朝刊どうぞお読み下さい、たっぷり書いてあります。中西や豊田の話がやはり沁みると思います。
 安倍さん復帰だそうです。朝日新聞に写真が載ってます、えらくいわくありげなショットではあります、後ろに森さんが写っていて。が、当の安倍ご本尊、もっといい顔してくれ!何だか頬がぷっくり膨れて、肥えたのかい?嗚呼。嗚呼・・・
 大阪堺の病院での不良患者追い出し事件。院長の会見が放映されてました。例によって馬鹿記者どもの集団暴力です、謝罪はしないのか?!謝罪?昨夜のニュースステーション、偽善者古館、声を潜めて言います、こういう人こそ助けねばならないじゃないか、福祉はどうなってるんだ?馬鹿か?!聞けば、糖尿とそれによる視力障害(全盲らしいです)で7年も入院していて、入院費200万も滞納して、おまけに6人部屋を一人で占有するという無体をする。そんな奴を助ける?この病院を助けてやろうとは思わぬか!医療問題が山積みされているご時世、こういう弱者への対応こそが肝心だ、なんてご託宣を偽善者は続けてましたが、今の医療問題はこういう中小病院をこそ直撃しているのです、こういう行き場のない、実はどこにも行こうとしない、何とかしようとする気の全くない不良入院者が溜まりに溜まっているのです。元妻にも嫌がられるような男ですよ。誰が面倒見るべきなんです?病院が?とーんでもない!!置き去りじゃないでしょう、お引き取り願った。ま、これも嘘なんでしょうが、とうとう追い出されたか・・でいいんじゃないんですかね。置き去りにする前に救急車を呼んだってのがなんとも善人でしたが、これできっちり足がついたって格好でした。そのまま放ったらかしておけばよかったのに。院長のあの苦々しい顔。あれが全てを物語ってましたね。ああいう例を手厚くしろっていうから福祉がパンクするんです。かたやで掬う例があり、切り捨てられる例がある。そういうバランスがこそ必要です。いかがですか?
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2007-11-13 08:41:51 | Weblog
鉄腕稲尾が亡くなったそうです。残念ながらこの人の勇姿を見るには私は間に合いませんでした。伝説の日本シリーズ、対巨人戦3連敗後の4連勝は昭和33年でしたか、長嶋が入団した年でしたよね。昭和30年代が盛りの人、西鉄も軌を一にして繁栄を誇った時代です。私の野球の記憶は「8時半の男」あたりからです、あれが小学2、3年生の頃でした。グローブに24と書いていたのをしっかり覚えてますから(宮田の背番号です)。ですから、西鉄の記事を読んだりすると(昔のことは大仰に書くのが常ですからね)、中西、稲尾、豊田なんて名前に胸ときめかしたものです。でも、実際を見ていません。悔しいといえば悔しいこと。そうそう近鉄やらオリックスで監督した、あのイチローを見いだしたことで有名な仰木さんもレギュラーだったと聞いてびっくりしたことも覚えてます。まだ王が高校生時分です、まだ巨人に入ってない頃の話です。当時の巨人のエースはこの前死んだ藤田ですかね。森は(キャッチャーの)入っていたんでしょうか。なんて、調べれば分かること、お前のあやふやな記憶を聞きたくないというお言葉はよくわかりますが、今暫くお付き合いのほどを。もちろん今となっては、私の幼少当時からそうなんですが、古い白黒のビデオで見るばかりなのですが、これがまたいいんですねぇ。これは単純に私の性癖なんですが、懐古趣味が強いんです。昔の写真集が発行されると我慢できないんです、みんな買い込んで。最近はDVDですが、これもどんどん出てくるのが嬉しいのです。白黒のあの雰囲気。あの時代の空気を吸い込めるような気になります。ちょうど私の子供の頃の写真やらDVDなんかを見ると、その背景、町の雰囲気、色(白黒ですよ、でも色があるんですわこれが)、そして匂い、ワーッと胸の中で膨らんでぼんやりしてしまう、時間の経つのを忘れてしまうのです。またこの日曜日にでもTVで特集が組まれるんでしょう、昔の映像が楽しみです。ま、私の趣味はこっちに措いて、稲尾ほどのビッグネームが消えていくわけです。記録よりも記憶(もともと長嶋用の言い訳なんですが)、この人は記録もすごいんですが(ひとシーズン42勝なんて)短命に終わったことや、幼少時漁師のおやじに鍛えられたって話も相俟って、やはりドラマティックな人だったのでしょう。一つまたよき時代の星が消えた。そうまとめるべきでしょう。合掌。
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惹句2

2007-11-12 08:44:18 | Weblog
内閣府が発表した「がん対策に冠する世論調査」によると、がん検診を受けたことのない人が50%以上いることがわかったそうです。うむ、自己防衛本能があれだけの煽動に抗っているという図でしょう。日経に詳しいのですが、未検査の人が50%を切っているのは胃癌(46.2%)と子宮癌(37.9%)です。あと肺癌、大腸癌、乳癌が50%台、その他は78%ですって。胃癌から乳癌までは検診の対象になっているものです、他の癌との検診率の差は当然でしょう。厚労省は五年以内で癌受診率を50%以上にするなんて目標を掲げているそうです。この五種についてはクリアできる数字ではあります。自己防衛と言いましたが、企業ぐるみ、つまり企業の検診(健診)を義務づけていけばおのずと上がってくる数字です、好き嫌いを問わず無理矢理です。しかも、このアンケート(いつもこの手の調査に噛みついてますが、どんな聞き方するか、どういう項立てするかで、結果はどうにでも誘導できます。おまけに%表示されると来れば眉に唾せねばなりませぬ)によれば癌検診は癌の早期発見早期治療に繋がる重要な検査とする回答が95%あったそうですから、煽りというか脅しは十分に利いてはいるのでしょう。くどいですが想像するに、きっとこの「回答」の項立てはこんなもんだったんじゃないでしょうか、癌検診は重要な検査である、そうとは思わない、どちらとも言えない、なんて三択。ま、普通は皆さんお利口に一番ですわね。私のようなへそ曲がりは多くないはずですから。こんなアンケートで何を言うつもりなんでしょうか、何が言えるって言うんでしょうか。本当にこういう調査はタチが悪いと思います。素人を騙すものだからです。世論操作するものと言い換えましょうか。もっとも、あちらこちらに国民を誘導していくのが行政の仕事であるし、健診受けさせる事自体は「いけないこと」ではないわけですから噛みつく方がどうかしている!なんて理屈も通るとは思います。でも、その謳い文句が気に入らぬわけです。早期発見されて恐怖と生活の崩壊がもたらされて(元気な親父が長期入院すれば金をどうしますか、元気な母親を連れ去られたら日々の暮らしはどうしますか)、早期治療されて痛い目に遭うわゲロゲロ吐いて辛い目に遭うわげっそり痩せて坐ることもできなくなって、挙げ句治癒しない。早期治癒とは言ってません、なんてね。「重要な検査」なんて位置づけて怖がらせてどんどん見つけて、直る人がいればいいんだって了見です。つまり治療で死んでいく人は癌が悪いんだからって切り捨てです。見つけないでそのままにいつもの暮らししていたら、きっと今も元気に仕事してる人がです。そんなことがどうして分かる?癌があるのは確かなんだろう?早晩ひどくなるんじゃないのか?それなら早く手を打つべきだろうに!ですか。そこに罠があるんだろうと私は思っているのです。症状が出てからでは手遅れだ、なんてよく言いますね(これこそが脅しの最たるものですが)、でも残念ながらそういう人は早くに手を打っても同じ結果になることが多いという論があるのです。最近はとんと姿も声も聞かなくなりましたが、近藤なんとかという慶応大学の医者が、患者よ癌と闘うな、なんてショッキングな本出して、癌は二種類だ、一つはどんどん進んでいく癌、手術をしても何をしても止められないもの、もう一つはさわらなくても(治療しなくても)大きくも何ともならないものだ、だから癌はいじってはならないって言ったんです。暫く侃々諤々、大叩きされてましたが、結局近藤さんの意見にちゃんと学会の偉いさん達が答えないでチョン。体制派が異端を無視したって格好です。ま、それは措いて。さわらなくていいものを寄ってたかっていじって癌を怒らせる。あるいは怒らせる前に本人が弱ってしまう。何で弱るか?癌が所為じゃないですよですから。治療が所為です。「早期治療」が所為です。国が盛んに煽っているあのキャッチフレーズの早期治療です。で、不幸な結果になる、医者は必ず言いますよ、癌が生えたのが運の尽きでしたねって。本当は、医者にかかったのが、治療したのが運の尽きだったってことです。癌は治らないのです。もっと正確に言えば、治らない癌が多いのです。その治らない癌に対しても神風を信じて(今までは皆死んだけれど、この例はもつかもしれない、なんて)医者はどんどん、これでもかと薬を使います。それが治療です。症状が出ても、出ないうちでも結果は変わらないのです。いえ、あるいは知らぬままにうち過ぎていれば、その癌大きくならない、ずっとおとなしくしているかも知れないのです。長生きできるかも知れないのです。でも、学者はそんなこと考えません。そんな比較ができないことを理由にします。癌と知ってそのままにしている人を捜しませんから。本人も知らない癌を探せませんから。そういうからくりです。何度も言います。あのキャッチフレーズに騙されてはなりませぬ!
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お愛想

2007-11-11 09:42:45 | Weblog
中国新聞、コラムで再び三たび新井に憾み節です。でも、泣くくらいなら出ていくなという一評論家のものとは違い、送り出してやりましょうっていう歓送会的泣きです。新井ですか?きっと黒田と同じこと考えてるんです、ここにいたら一生(と言ってもあと長くて10年のことでしょうが)うだつが上がらない、弱小チームのエース、四番で終わりだ。万年Bクラスのチームに、華のないチームに、観客が入らないチームに(去年の黒田行くなパフォーマンスは、あれは集団ヒステリーでしたから)いたいですか?。日頃のゲームの観客数見てご覧なさいな、広島も札幌も福岡も人口じゃぁ遜色ないんですよ、それがあの差。球団の営業努力が足りない?そうでしょうね。金を掛けなさすぎる?そうなんでしょうね。大投資してそれを上回る収入を得るっていう冒険ができない。つまりは負け犬根性が染みついちゃったってわけです。それとガチガチの日本人気質、司馬遼太郎が言ったように、20世紀の戦争に元亀天正時代の武器使っている、日清日露の戦勝モードがずっと通用すると思っている、変化するを嫌う、怖れる気質。さようあの何十年も前の黄金時代の夢の中に居続けたいんです。自前の選手で戦う、チームで育てる。これが広島だって言い訳します。確かにあの頃はそうだったんでしょう、たまたま優れ物が集まってました、高橋、正田、山崎と俊足スイッチヒッターが三人、山本浩二、衣笠、水谷とクリーンアップは動かず、役者達川(その前は水沼、道原)、そしてきらめく投手陣、北別府、川口、大野、川端、津田・・。巨人みたいにあちこちから集めたのではなく、自前で育てた選手ばかりという自負です。外人は必ずいましたけれど。そしてそれが意固地にも、「去る者は追わず」なんてことになって、川口先頭に江藤の金本のって出て行っちゃった。引き留めないんでしょうね、金銭闘争はしないなんていって。チームの中心を抜かれる事態が続いて今です。おまけに自前が育たない、なかなか化けてくれない。特にピッチャー。ほんとに黒田以外に勝てるピッチャーいないですから。東出がだめでしょう、梵ももう一つ化けられないです。高橋を追い出した野村のようなタマがいないんです。思い出しましたが、野村が入団した年、何年かは忘れたですがあの頃は広島にいてよく球場に行ったもんです、当時は山本浩二が監督でした、野村を使うんですが先発で使わない、ベンチスタートで途中から出てくる、サード、ファースト、外野、バッテリー以外全てのポジションです。そして何故かショートに使わない。もともとショートが専門です、ショートには高橋慶彦がいます。あれが不思議でしたね。でも、次の年はショートの先発は野村で固定でした、高橋出番がなくなってロッテ、阪神と渡ることになりました。後で考えるに、あの一年目はあるいは高橋と球団(監督)との間に今年はショートは俺だ、後は勝負するなんて約束があって、球団は高橋を切るって方針だったのでしょう、一年目は高橋の顔を立てて、って寸法。中日に立浪が入った頃でもあり、阪神のサードには掛布がいて、直に見て、おお、と思っていた頃です。いえ、野村の話じゃなかったです、新井の話。今朝のTBS番組で張本が言ってます、条件のいい方に行くんだ、マネーゲームになってしまう、だからこのFA制度自体がよくないんだなんて。つまり巨人のように金つぎ込めるチームが結局勝ってしまうから、って言います。誰でも給料高い方に行くでしょう?なんて理由です。その通り。その通りなんですが、それなら何であんな所で泣くんだ?金で動くんなら、アメリカにやってきて空港での記者会見の席、あれやこれや矢継ぎ早に質問を受けてジョンが言い放った如く「 money first!」とでも言えばいいこと。義理と人情の関係がどこまで通用するのか。これも神風信仰と並ぶ日本人気質の大きな柱の一つでしょう。「義理と人情」対「契約と金」。自分が輝いている人ならどこにいても周りから寄ってきましょうが、そこまで才能も華もない者にとっては光の当たる所へ行かねば自分に当たりません。黒田も新井も十分に気づいていたのでしょう。黒田は一応義理人情の筋を通しました、でもこの一年すっかり棒に振りました、広島にいる広島ファンと広島というチームが何も変わらないこともわかったのでしょう。例えば、観客数が倍増したとかそういうことなら、チームがせめて3位になるとかであれば、話は違ったでしょうが。自分だけが頑張ってもどうにもならない、それは野球ばかりやってきている身、骨身に沁みた原則でしょう、だからこのチームを出るんですね。そう言えばいいんじゃないんですかねぇ。給料の多寡じゃない、なんて嘘言わずに。出るのが辛い、なんてお愛想言わずに。
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