麻里布栄の生活と意見

小説『風景をまきとる人』の作者・麻里布栄の生活と意見、加えて短編小説。

目覚め

2007-05-06 20:23:05 | 創作
 叫び声をあげて、その自分の声に驚いて目を覚ますのが、僕の最近の習慣だ。誰かと口論する夢ばかり見る。実際の生活では、一日中誰とも会話を交わさずにいることが多いので、おそらくその反動なのだろう。十月のある日の午後、僕はいつものように大声で叫び、目を覚ました。夢の中で、僕は叔母と口論していた。叔母は冷静に僕を批判した。僕は頭に血が上り、自分自身に敬語を使って叔母に反論した。それは、明らかに文法的に誤っていたので、僕は言ったあとでひどく気になった。案の定、叔母は僕の痛いところを突いてきた。「インテリを気取っているくせに、自分に敬語なんか使って」。叔母は僕にそう言った。僕はおろおろした。心の中で僕はつぶやいた。「あんたの知能程度に合わせようとして無理してむずかしい言葉を使わずに話している僕の苦労がわからないのか」。しかし、そんなことを察してくれる叔母ではないことを知っている僕は絶望的な気分になった。「そのうえ僕は、僕という人間が世界にとってまったく無用であるというあんた方の価値観を自分でも持っているからこそ、あんたのバカさかげんを直接的に非難することはやめようと思っているのに」。僕は心の中でまた言った。叔母は僕を軽蔑した表情で、腕を組んで立っている。その表情は美しい。僕は自分がひどく醜いことを思い出した。「僕は醜いのだ。結局は、醜い者は美しい者に勝てない」。僕は心の中で何度もそう繰り返した。が、同時に「違う、違う、違う」という声が頭の中で響いた。「違う、違う、僕はあんたのように子どもを生むために生まれてきたんじゃない。僕はもっと高いこと(と、夢の中の僕は言葉にした)をするために生まれてきたんだ!」。信じられないほど力のこもった、大きな声で僕は叫んだ。目覚めると心臓が機関銃のような速さで血を吐き出していた。次に耳鳴りが頭を貫いた。僕は一瞬、自分がいつもの部屋にいるのを忘れていた。自分が23歳であることも忘れていた。だが、「こんなところで僕はなにをしているんだろう」とつぶやいたときには、それは半分演技になっていた。僕はほこりっぽい汚れたかけ布団を両足で蹴り上げ、上半身を起こした。テレビのほうへ右手を伸ばし、スイッチを押した。昨日と同じような日常的な音が頭に流れ込んでくる。見慣れたタレントの顔が画面に映し出される。外へ出れば、どんな人間をも軽蔑し、世界中に嫌悪を感じるこの僕が、本当のところ、このタレントの顔を見てほっとしている。いまのはただの悪夢で、現実には今日もこの世界にいられるのだと考えて。けれど、それも一瞬のことだ。10秒後には、僕はもう評論家になっている。こいつももうだめだ。とか、下らない、とか。テレビを前にひとり言を言うのだ。そして結局毎日こんなことを繰り返すしかない自分自身を思うとき、僕は悲しくなる。けれども、悲しくなった自分をも僕は「なんてね」と、茶化してしまう。頭がつぶれるような感じがして、口からは動物の鳴き声みたいな笑いがもれる。「考えなければならないことはなにもない」「とくに考えなければならないことなどありはしない」と、自分で自分の気持ちを楽にしてやろうとする。実際何度もそうつぶやいていると、僕の気持ちは軽くなる。人間の心の構造はカンタンだ。少なくとも僕は単純なメカニズムしか持っていない。僕は「あーあ」と言いながら再び横になる。背骨の下のほうで、ボキっと音がする。左腕を壁に沿って伸ばし、手のひらを壁にくっつける。ひんやりした感触が体中に伝わっていく。冷えた手のひらを、閉じたまぶたの上にあてる。すると、尻のほうから震えが起こる。それをわざとがまんせずに受け入れる。歯がガチガチ鳴る。誰も見ていないのに「黄熱病にかかった患者」の芝居をやる。助けを求める表情をしてうなる。最後に目をむいて息絶える。ひとり芝居をした後は必ずひどく恥ずかしくなるから、自分への照れ隠しのために、僕は起き上がってタバコを吸い始める。煙を吐いていると、だんだん自分がいつもの皮肉屋に戻るのがわかる。僕は自分を世界一偉大な人間だと想像し始める。そうして、その想像上の人物(どこが偉大なのか、具体的にはなにもわからないのだが)の視点で「ふん!」と、何に対してではなく憤慨し、世界への軽蔑を表明する。冷笑。冷笑、冷笑、冷笑。と、つぶやく。それがいつの間にか、ショーレイ、ショーレイになり、小学生のころの朝礼の時間を思い出してお腹が痛くなった。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 生活と意見 (第65回) | トップ | 生活と意見 (第66回) »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

創作」カテゴリの最新記事