麻里布栄の生活と意見

小説『風景をまきとる人』の作者・麻里布栄の生活と意見、加えて短編小説。

生活と意見 (第446回)

2014-08-31 15:49:36 | Weblog
8月31日


新潮文庫から「郵便配達は二度ベルを鳴らす」の新訳が出ました。真ん中まで読みましたがなにかダメで、光文社新訳文庫のほうをもう一度頭から読んでみたら今度はしっくりきて最後まで読めました。新訳文庫のほうが田中西二郎の名訳の雰囲気に近いと思いました。

新潮訳は、村上春樹の影響なのか「したのだけれど…」などの言い回しが目につき、フランクの印象がダッフルコートを着た70年代の大学生のようになってしまい(もちろん読み手によって違うのでしょうが)あまりいいとは思えませんでした。作者ケインはこの作品の語り手を、文学などとは無縁の、(一般的には)知性的とは言えない男として設定しているはずで、その思考過程や内面の声の出し方は村上春樹の主人公とはまるで違うはずです。日本の、現代の一人称小説といえば、語り手が周囲の誰よりも頭がよく、傷つきやすく、周りの世界は愚鈍でどうしようもないものとして描かれることが圧倒的に多く、読者は読者で「語り手対世間」と簡単に分けられた構図(高校の文芸部の作品によく見る手法)の語り手側に共感して、「私はこの人と同じで誰よりも頭がいいし、感性も鋭い。わかる、わかる」と、いわば心のせんずりをするのが読書だと考えている人が多いように思います。しかし、創作の意味も読書の意味も当然それだけではないでしょう。一人称ならどんな作品でも村上春樹的言い回しを使えば今風になると考えるのはばかばかしいし、作者の意図を無視することだと思います(つまりそれは「翻訳」になっていないということです)。ただし、会話文は、女性の「だわ」が避けてあり、とてもリアルだと感じました。

久しぶりに読み、至上の作品だと改めて思いました。少し値段が高いですが、新訳文庫を推薦したいと思います。

新潮文庫からはマーク・トウェインの短編集「ジム・スマイリーの跳び蛙」も出ました。ひとつひとつ読んでいるところですが(ほとんどの作品はすでに別の訳で読んでいます)、これはとてもいいです。ぜひ見てみてください。

どの訳が決定訳として残っていくのかわかりませんが、いずれにしても古典の新訳ブームでいろいろ読めるのはうれしいです。

ケインについては、新潮文庫から遺作の「カクテル・ウェイトレス」も出ました。買っただけでまだ読んでいませんがとても楽しみです。「殺人保険」(新潮文庫・絶版)とあわせて、ケインの作品が三冊書棚に並ぶなんてぜいたくな感じです。
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生活と意見 (第445回)

2014-08-24 09:23:51 | Weblog
8月24日

先週は調子が悪くて更新できませんでした。「カミュの手帖」や「ブレイク詩集」などを読み返していました。自分の原稿も少し進めました。

以前集英社から出ていた「夜はやさし」の訳書が別の版元から出ています。それでひさしぶりにこの作品のことを思い出したのですが、いくつか印象的な場面はあるとしても、やはりこの小説はそれほど深いものではないと思います。読んで数年たって、はっきりそう感じます。この小説は、妻ゼルダの浮気相手に、「俺は二人の間に起こったことなどなんとも思っていないし、君自身にもなんの興味もない」と、自分の器量の大きさを見せつけることを目的として書かれ、結果墓穴を掘っているだけの作品だと思います。ではなぜ作者はそんなことを書かなければいけなかったか。それは作者がもうゼルダを愛していないのに、自分でそれを認めまいとし、それどころか自分はより広い心で彼女を包み込める、とかっこつけたかったからだと思います。「日はまた昇る」のジェイクの女々しい嫉妬心や、太宰治の描く、妻の不貞にくよくよ悩み続ける主人公の姿こそ男の本当の姿であり、だからこそ文学そのものといえるのに比べ、自分の本心さえ把握できずに作品で嘘をつこうなんて、まったく意味のない行為だと感じます。これに対して「ラストタイクーン」が力強く、印象深く、とてもいい作品なのは、作者が新しい女性を本気で愛しているのが伝わってくるからだと思います。完成していたらこれこそ傑作になっていたと思います。
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生活と意見 (第444回)

2014-08-10 15:56:18 | Weblog
8月9日

自分のブログを見て驚きました。真っ白な感じになっていたからです。始めた時から使っていたテンプレートがなんらかの事情で使えなくなったらしい。とても気に入っていたので残念です。しかたなくこのテンプレートを選びました。どんな日常も終わっていく。これもそのひとつなのでしょう。
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生活と意見 (第443回)

2014-08-04 00:04:18 | Weblog
8月4日


多くの方がそうだと思いますが、暑くて、疲れています。
老人には、ここまでゆでられるのは地獄的に不快ですね。心底うんざり。

マーク・トウェインの「赤毛布外遊記」(イノセント・アブロード/岩波文庫全三巻)が800円で手に入りました。ずっとほしかったのでとてもうれしいです。九月には、新潮文庫から柴田元幸訳のマーク・トウェイン短編集も出るらしいので、これも楽しみです。
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