麻里布栄の生活と意見

小説『風景をまきとる人』の作者・麻里布栄の生活と意見、加えて短編小説。

生活と意見 (第601回)

2018-02-25 22:33:20 | Weblog
2月25日

古典新訳文庫の「グレート・ギャッツビー」を再読。この訳、いいですね。この作品を何度か読んできたわけですが、もはや、トムもギャッビーも対立概念なのかどうかわからなくなってきました。老い。ですね。前に書いたように、デイジーが俗物の仲間で、ギャッツビーが純粋だとしても、純粋さはこの世で満足して生活を送る人々には迷惑なものであり、どちらがよりよいということもない…そんな感じですね(もっと言えば両方不要ではないか)。本当にドン・キホーテになるなら、今の時代なら孤独にもならないと。一人で狂っている分には迷惑はかからないわけだから。それが私の最後の理想です。

最近書き忘れたことを書くと…

「幻滅」「浮かれ女盛衰記」はかなり深く入りました。しかし、前に読んだ「ゴリオ」はストーリーの概要も忘れました。自分を犠牲にして育てた二人の娘が、貴族に嫁ぎ、父のことは忘れて愛人とのやりとりに夢中になっている。それは覚えています。しかし、読みながら思ったのは、ゴリオは別に不幸な男ではないし、これは悲劇(同時に喜劇)ではない、ということ。なぜならゴリオの娘たちが夢中になっているのは、「遺伝子を残す」ことにつながる行為であり、その遺伝子はいうまでもなくゴリオの遺伝子なのだから。娘を貴族に嫁がせられるまで育てたのも、結局のところ、自分のコピーを残したいという本能の至上命令にしたがってのことであり、ただそれだけのことなのだから。娘たちはいまもゴリオの遺伝子がさまざまな場所に拡散されるよう動いているわけで親孝行といってもいい。ただし、なんのためにコピーが残っていく必要があるのかは私にはわかりません。
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生活と意見 (第600回)

2018-02-19 00:03:16 | Weblog
2月18日

ディケンズのクリスマス・ストーリーズ「柊(ひいらぎ)屋」を読みました。主人公は、婚約者が実は自分の友だちを愛しており、彼もまたそうだと知って身を引いて消え失せようと旅に出るが、その旅の途中豪雪で柊屋という宿で立ち往生してしまう。――すねたような、ロマンチックな設定が見事ですね。しかし、途中からいろいろな宿屋での回想がメインになり、ディケンズの怪奇趣味が前面に出てきてちょっと面喰らいました。一番すごいと思ったのは、雪の中を馬車で旅する、その描写。まるで主人公と同じ馬車に乗り合わせているような気分になれました。やっぱりすばらしいですね。ひさしぶりに「大いなる遺産」でも読んでみようかな、と思いました。
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生活と意見 (第599回)

2018-02-12 01:18:06 | Weblog
2月12日

「浮かれ女盛衰記」読了。
とてもよかったです。当たり前だけど、ものすごい作家ですね。翻訳を読んで言うのは正確ではないと思いますが、「幻滅」とは書き方がまったく違う。解説では、作者がリュシアンを愛していて「幻滅」で自殺させることができなかったから続編(浮かれ女~)を書いた、とありますが、私はそうは感じなかった。むしろ本作ではリュシアンは狂言回しのような、無性格な存在になっているような気がします。大きなテーマは、「女性」だと思います。そうしてやはりバルザックは両性具有者のような気がします。
今回の「幻滅」「浮かれ女盛衰記」の読書では、大半を、キンドルを使って読みました。「幻滅」は古本屋で紙の本の上下を200円で買い、上巻の三分の一ぐらい読んだとき、まったく同じテキストがキンドル版で出ているのを知って購入。また、「浮かれ女~」は、第一部から三部までをキンドル版で読み、最後の第四部をポケットマスターピースで読みました。やはり字の大きさを調整できるのはいいと感じます。また、モノとしてかさばらないのもいい。ただ、登場人物のリストを書きこんだりできないのでそこだけ不便だと思いました。
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生活と意見 (第598回)

2018-02-04 22:44:45 | Weblog
2月4日

続いて「浮かれ女盛衰記」を読んでいます。「人間喜劇」を読破したいなどという気持ちではなく、とりあえずリュシアンが死ぬところまで読もうという感じ。ほかは身辺あわただしく、なにもできません。
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