麻里布栄の生活と意見

小説『風景をまきとる人』の作者・麻里布栄の生活と意見、加えて短編小説。

生活と意見 (第78回)

2007-07-29 23:24:05 | Weblog
7月29日


立ち寄ってくださって、ありがとうございます。

雷の音に「もういいよ」とうんざりして、ズボンのひざから下を濡らしながらいつもの定食屋に行くと、さすがに客が誰もいないので、「やった」と思いました。ちゃんとクーラーのきいた店で、静かにひとりで食えるのはいい、と。ところが、傘を置いて、ドアを開けると同時に、うしろから、こちらに触れそうなくらい近づいてひとりの男が。50代半ば、四角い顔。私が定位置のドア近くの席に着くと、奥のほうに行った男は、すぐに、雷のような声で主人相手にしゃべり始めました。「安倍は退陣か」というような内容。選挙にも行ってない私にはよくわかりませんが、男のたたみかけるような「でさー。でさー」のしゃべり方が、おそらくふだん、彼が誰にも話を聞いてもらえない人であることをもろばれにしています。さっき、ドアのところで、いきなり近づいてきたことから考えても、他人との距離のとり方がまったくわからない人間だというのももろばれです。梅雨のように憂うつな男。不愉快。ここでもうんざり。どんな内容のことをしゃべろうと、彼の言いたいことはただひとつ。「俺はさびしいんだ。俺をかまってくれないか。俺に意味があるといってくれないか?」ということだけ。そう吠えているだけ。意味もなく怒鳴り続ける雷とまったく同じ。――おまえに意味があるわけないだろう? 自分でそれを作ろうとしないかぎり。ったく。少なくとも、無意味と向き合って部屋の中でじっとしている努力くらいしろよ。そんなことをぶつぶつつぶやきながら、帰ってくる道でひざの上までびしょびしょに。さんざんです。

では、また来週。
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生活と意見 (第77回)

2007-07-22 22:57:36 | Weblog
7月22日


立ち寄ってくださって、ありがとうございます。

今日は、すべてがうまくいかなくて、いまも不安でどうしようもありません。
申し訳ありませんが、なにも書けません。

ただ、新潮文庫から、ヘミングウェイの「海流のなかの島々」が、改版で出たことを報告します。字が大きくなって、カバーも前よりよくなりました。以前、ここでも触れましたが、すばらしい作品です。まだ、読んだことのない方は、読んでみられたらいいと思います。

私の短編集「画用紙の夜・絵本」は、税込みで892円です。
右の「BOOKMARK」から、岩波ブックセンターに進んでみてください。

よろしくお願いします。

では、また、来週。
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生活と意見 (第76回)

2007-07-15 15:56:36 | Weblog
7月15日


立ち寄ってくださって、ありがとうございます。

ようやく、私の、2年2カ月ぶりの新刊本ができました。
短編集「画用紙の夜・絵本」です。

右の「BOOKMARK」の一番下「岩波ブックセンター」をクリックしてみてください。
本の紹介があります。同時に、「注文する」を押していただければ、そこで直接買っていただけます。税込み892円です。

また、神保町の岩波ブックセンターの店の奥に「ブックメイド」のコーナーがあり、こちらにも置いてありますので(今日、明日はまだ置いていないようです。休み明けには置かれるはずです)、現物を見て、という方は寄ってみてください。

なお、「風景をまきとる人」のときに、2回に分けて50冊お世話になった、ヴィレッジヴァンガード下北沢店にも、来週には、営業に行って置いてもらうつもりです。それはまた実現したときにお知らせします。

ひとつひとつの作品は短いので、気楽に読んでもらえると思います。また、全部で40篇以上入っているので、きっとそのうちのいくつかは、気に入ってもらえるはずです。

カバーの写真は、宮島径氏の作品。本のタイトルを決めるときに、すでに、この写真が入ることを想定していました。昨年末に開催した「世界のしくみ」の雰囲気を、そのままここに定着できた、と思っています。

みなさん、ぜひ読んでみてください。

これをきっかけに、まだ長編小説「風景をまきとる人」を紙で読んでいない、という方も読んでもらえるとうれしいです。こちらも、「BOOKMARK」の「彩図社」をクリックしてもらえば、版元のページに進めます。



つい最近、長編「風景をまきとる人」をひさしぶりに通読しました。正直、おもしろい、と思いました。できは下手くそでも、自分には書きたいことがあるし、それは、ほかの人では書けないことだ、と感じました。今回の短編集も、ほかの人では書けない雰囲気のものがいくつかあると感じます。その「感じ」だけを頼りに、とりあえず、「友だち」を完成させるあたりから、仕事を進めてみたい、と思います。

では、また来週。
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生活と意見 (第75回)

2007-07-08 19:23:08 | Weblog
7月8日


立ち寄ってくださって、ありがとうございます。

短編集「画用紙の夜・絵本」は、まだできあがりません。
完成報告ができるのは、来週になりそうです。



最近読んで、いいと思った詩歌を書いてみました。
読んでみてください。


この人生、くよくよ甲斐のない物思いなどに耽るより、一杯の濁り酒でも飲む方がましであるらしい。

分別ありげに小賢しい口をきくよりは、酒を飲んで酔い泣きでもしている方がずっとまさっているらしい。

たとえ夜光る貴い玉でも、酒を飲んで憂さ晴らしをするのにどうして及ぼうか、及ぶはずがない。

この世の中のいろいろの遊びの中で一番楽しいことは、一も二もなく酔い泣きすることにあるようだ。

この世で楽しく酒を飲んで暮らせるなら、来世には虫にでも鳥にでも私はなってしまおう。



これがなんだか、わかりますか?
まるでオマル・ハイヤームの「ルバイヤート」みたいですが、実は、万葉集です。
1000年以上経っても、緯度や経度や宗教が違っても、人間はまったく同じことしかいわないのだな、とあらためて感じます。

「萬葉集・釈注」(全十巻)、現在二巻の最後あたりにさしかかっています。

前に、歌だけ読んだときも思ったのですが、私は、どうやら高市黒人の歌が好きみたいです。

旅先にあってなんとなく家恋しく思っている時、ふと見ると、先ほどまで山の下にいた朱塗りの船が沖のかなたを漕ぎ進んでいる。

こういうこと、ありますよね。よく。どうも、学生時代に授業で少しやったときも、柿本人麻呂の歌をそんなにいいとは思えなかったのですが、今回読んでも、巧みだとは思ってもあまり感動できないのは、やはり好き嫌いでしょうか。それにくらべて黒人の歌は、特別技巧を凝らしているようには見えないし、すっとぼけているようなのに、どこか悲しい、いい歌だと思います。あらためて感じますね。

たぶん、これは、フローベールの小説をいいと思うのと似ていると思います。フローベールは、キャッチコピーみたいなかっこいい言い回しをすることは皆無だし、語彙もそれほど豊富なように見えません(もちろん、この偉大な作家の場合、意図してそうしているわけですが)。言葉の並べ方も日常的なのですが、そこから見えてくる情景は、ときとして恐ろしいほど感動的です。盛り上げ方がうまいのではなく、真実の写しとり方が見事なのです。もちろん、レベルは10桁違っても、私が目指すのはそのような作品です。読んですぐ、
「なんてうまく書くんだろう。この人は」と思わせるような文章ではなく、そこに登場してきた人物や風景に、読者の意識が集中すること。それこそがよい作品だと信じるからです。写真で言えば、「なんてうまい構図だろう」などと思う必要もなく、ダイレクトに被写体に心をもっていかれること。それがいい写真だと信じるからです。「なんてうまく書くんだろう、この人は」。そんな意識、必要のない意識ですよね。自分の商品を持ち上げてうまく売ってくれそうな太鼓もちを探している商売人以外には。あるいは、その人のうまさに気づいた自分の偉さを知らせようと評論を書く阿呆以外には。

「そんなに自分の作品観がはっきりしているなら書けよ。ひたすら」

わかっています。わかっているんですが……。

朝顔に われは飯食う男かな(芭蕉)

「朝顔に……」とつぶやいても、詩人と違ってなんの詩情も浮かんでこない。俺は朝顔を見ながら朝飯をパクついている男だ。

という感じです。

では、また来週。
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生活と意見 (第74回)

2007-07-01 22:50:22 | Weblog
7月1日


立ち寄ってくださって、ありがとうございます。

もう少しで、短編集の校正が終わります。

本ができるのは、ちょうど七夕ころになる予定です。

その目次をここにうつしてみます。


目次


変電所
勃起
尾行
昼食
遠回りのバス
トランジスタラジオ
リンカーンのような人
立て札
ある夢



「夜」あるいは「それから数分後」
大きな人
月を支える人
今のはまちがい
わすれていたこと
画用紙の夜
ほんとうにあったこと
酒宴
風景をまきとる人
増築
偉い人


絵本
にわとこの木
夜たちの墓場
遠足
さかさま連盟盛衰記


彼の青春
ついに書くことを断念した
マチ
雪道を、向こうから自転車で来るじいさんよ
天文学の発達としての人生
ロケット&人工衛星としての人生
一人の人間の成長としての天文学の進歩
男の起源
キリスト
ブッダ
俺には人生の……
死んでもまだ世界が……
自分を知って治す
リポビタンD2/3
アーナンダ

 ⅠからⅢまでは、すべて学生時代に書いたものです(「さかさま連盟」を完結させたのは去年ですが)。

文庫本「風景をまきとる人」のときも「ここに自分の全部が書いてある」と感じましたが、今回の短編をあらためて読んでみて、まったく同じ感想を持ちました。ここには自分の全部が書いてある、と思います。たった170ページの中に全部が、です。前回の本と違うのは、ここに書かれたものは、ほとんど即興である、ということ。「よし書くぞ」とか「完成させるぞ」といった意気込みはまったくなく、書きたいときに書いたものです。だからこそ、余計自分の本音に近いといえるのかもしれません。

とにかく、この1年は、この本を作る金を稼ぐためだけにありました。
また、これで手持ちの原稿はほとんどゼロになりました。
明日からは、また新しい自分の歌を歌えるように、そのためだけに、生きていこう、と思います。

 短編集「画用紙の夜・絵本」は、「ブックメイド」という自費出版システムで、岩波ブックセンターから発売されます。岩波ブックセンターのホームページで買っていただけます。また、神保町の岩波ブックセンターにも置いてありますので、店頭で買っていただくこともできます。7月10日ころ発売予定です。価格は850円です。

カバーの写真は、宮島径氏の作品で、去年の年末に、展覧会「世界のしくみ」を見に来てくださった方には、そのときの雰囲気を思い出していただける本になっています。

よろしくお願いします。

では、また来週。


                              
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