麻里布栄の生活と意見

小説『風景をまきとる人』の作者・麻里布栄の生活と意見、加えて短編小説。

生活と意見 (第814回)

2023-06-25 11:09:40 | Weblog
6月25日

大学時代、6年生の最後の最後に少しだけ同人誌に参加させてもらったりしましたが、それ以外は一人で、なにも書けずに、ただ自分の無能力に毎日うんざりしていました。それでも年に何回か、なにか詩のようなもの、というか言葉のくずがたまってくることがあり、そんなときはコピーしてホッチキスで留めて友だちに渡したりしていました。このブッダの落書きは、そういうコピー詩集の表紙のために描いたものです。

学生時代は女の子と会話したことさえほとんどなかったので、始終欲望に悩まされてはいたものの、ブッダが「スッタニパータ」や「ダンマパダ」で言う「官能的快楽」の威力をまだ知りませんでした。童貞の禁欲も、それはつらいですが、官能的快楽はある程度経験してからでないとわからない。だから、学生のころは、「こんなに禁欲禁欲って言わなくてもべつにそんなの、強い意志をもてばできるよ」と思っていて、それだけにその言葉が切実に響いてこないところもありました。子どもがいろいろ悪い人の話を聞いても、まったく自分とは関係ない、と思っていられるのと同じです。

ブッダの言葉が本当に切実に感じられてきたのは、30歳近くになってからですね。そのあとも、彼についていろいろ読んだり考えたりしましたが、いまややはり、聖者という存在があるとしたら、ブッダこそそうだったろうと心から感じます。余計なことは口にしないけど、ふだんの言動や所作で、人を制御できるパワーがあり、同時代の人は、みんなそれを感じていたと思います。

ただ、風邪をひいて熱が出たりすると、いまでもその男性的な側面に圧倒され、イエスのやさしさに逃げ込んでしまう自分がいます。イエスも男性的ですが、本当に弱ったとき、なにも言わずに寄り添ってくれるような、そんな気がするのですね。

先日、古典新訳文庫から「スッタニパータ」に続いて「ダンマパダ」の新訳が出ました。とてもいいです。ぜひ、読んでみてください。


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