麻里布栄の生活と意見

小説『風景をまきとる人』の作者・麻里布栄の生活と意見、加えて短編小説。

生活と意見 (第557回)

2017-03-26 23:38:20 | Weblog
3月26日

去年から月に一冊ずつ出ている、集英社文庫「明智小五郎事件簿 全12巻」。明智が登場する長・短編を(大人ものも少年探偵ものもあわせて)事件発生順にならべたという新編集で、出るたび強い誘惑を感じ、同時に「いや、だめだ。そんな小遣いの余裕はない」と自分をいさめてきましたが、とうとう誘惑に負けました。D坂の殺人事件→幽霊→黒手組→心理試験→屋根裏の散歩者を2時間で読み、一寸法師→何者を3時間ぐらいで読みました。ああ……いいですね。ご存知のようにD坂のときは、金田一耕助と区別できないような雰囲気の明智が徐々におしゃれな紳士になっていく。いまはまだその過渡期ですが、やがて10巻の「少年探偵団」では、「明智先生、ばんざーい」の国民的ヒーローになるわけです。ああ、それにしても……完全に集英社文庫の編集者にやられましたね。こんなやり方があるなんて。カバーの感じも、乱歩本に多いおどろおどろしい感じとは違っていて、私はとてもいいと思います。ますます万葉集に戻るのが遅くなりそうです。
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生活と意見 (第556回)

2017-03-20 20:53:32 | Weblog
3月20日

なんと、折口訳「口訳 万葉集」、岩波現代文庫から出はじめました。これもぜんぜん情報を持っていなかったのでおどろきました。「上」には七巻までしか入っていないので「上中下」の三巻本になるのだろうと思います。やはり本当に価値あるものは不滅ですね。すごくそう感じました。老人なので感動しました。ぜひ、読んでみてください。絶対のおすすめです。「詩経」(海音寺訳)の国風よりあとをゆっくり読んでいます。漢字辞典と大辞林とネットで調べつつ。平凡社の中国古典文学大系を参考にしつつ。また、並行して学術文庫の「神曲」をあらためて読んでいます。3年前これを買ったあと、いろいろなことがあってなかなか読み進められなかったのですが、いまようやく帰ってきたという感じです。私にとってダンテは、なにより比喩がすばらしい作家(詩人)だというのが一番の印象です。「~のように」の「~」が、必ず多くの人が目にしたり感じたりしたことのある場面になっていて、そうすることで、ありえない世界のリアリティを背後で支えていると思います。浪人時代、広島そごうの紀伊国屋で山川訳を初めて買い(それしか当時はなかったので)、まず印象に残ったのは、「かろうじて岸に泳ぎ着いた難破の人が、自分を飲み込もうとした波を振り返ってじっとみつめるように」(言葉は今適当に私が作ったものですが)というフレーズがあり、鳥肌が立ちました。それまでそんなことを書いたものを読んだことがなかったからです。なぜ危険から逃れた後人間はそうするのか。わからないけど、そうしますよね。こんな人間観察の記録が神曲には随所に織り込まれています。物語より私はそれを楽しんでいるような気がします。――使い方は違うけど、「~のように」を同じぐらい多用する作家はあと一人しか知りません。プルーストです。「失われた~」全体が「~のように」のかたまりといってもいいかもしれません。まるで小説のように、まるでエッセイのように、まるで人生そのもののように語られた一冊の本。「ある一つの映像の回想とはある一つの瞬間への哀惜でしかない。そして、家々も、道路も、大通も、逃げさってゆくのだ、ああ! 年月と同じように。」(「スワン家のほうへ」井上究一郎訳)。
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生活と意見 (第555回)

2017-03-12 23:47:34 | Weblog
3月12日

先週、岩波文庫のボルヘスは9冊目と書きましたが、8冊目の間違いです。なんにしてもボルヘスの諸作がこんなに手近になるとは高校時代には思ってもみなかったですね。高2の夏から秋にかけて、よく、1時間目だけ授業に出て自主下校し、市立図書館で一日過ごしていたころ、「ボルヘス怪奇譚集」は繰り返し読んでいましたが、当時は謎の作家で(田舎の高校生にとってはよけいそうですが)、「なんでこんなに世界中の物語を知っているんだう」と、敬意と不気味さを感じていました。荘子の胡蝶のエピソードも、「荘子」で読むより先に、私はこの本で読んだのです(ずっとあとになって知ったのですが、訳者は柳瀬尚紀さんです)。大学時代、ラテンアメリカ作家のブームがあり、ボルヘスもその中の一人でした。ガルシア・マルケス(いまだに一冊も読んだことがない)などと比べると地味な感じで、でもそこがまた私には魅力的でした。国書刊行会の幻想文学大系の「夢の本」、シリーズ名はわかりませんがラテンアメリカ作家の作品集のひとつとして「伝奇集」、集英社文庫で「砂の本」など、徐々にその作品は身近になり、「伝奇集」が岩波文庫に入ってからはもはや大メジャー作家のひとりということになりました。

あのころ、「ボルヘス怪奇譚集」とともにいつも読んでいた本のひとつに「老子」があります。自分では当時、それを完全に理解できた、と感じていました。思い上がりもいいところかもしれませんが、いまになると、ある種の本は、人生経験や教養とは関係なく、脳の状態が人生の中でもっともいい時期に直観的に把握するのが正しい、という気がします。「老子」はそういう本だと思います。その「老子」、講談社学術文庫から、最新訳つきの新刊が出ました。お金がなくて買えませんが、そのうち手に入れたいと思っています。
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生活と意見 (第554回)

2017-03-05 22:49:53 | Weblog
3月5日

新刊情報を。岩波文庫から、ボルヘス「アレフ」、出ました。9冊目。うれしい。
また、とうとう水声社より、セルバンテス全集が出始めました。第1回配本はドン・キホーテですが、なんと定価1万円。きっぱりとあきらめられる価格です。いくらなんでもこれは買えない。安心しました。そうだ。最近値段で驚いたのはハイデッガー全集の「有と時」が1万6500円とかで古本屋に出ていたこと。たしかに版元のホームページで見ても品切れになっています。元値が8000円だから倍ですね、ほぼ。でもこのことが、この翻訳がどれほど価値のあるものか、の証拠になっているともいえます。いま数種類の翻訳が出ていますが、きっとこの翻訳以外、最後まで読み進むことはできないと思います。だからいずれにしろ無駄な出費になるので、それなら1万6500円出しても、この訳本を買って読んだほうがいいと思います。かならず読めます。本当です。
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