麻里布栄の生活と意見

小説『風景をまきとる人』の作者・麻里布栄の生活と意見、加えて短編小説。

方向が違うよ

2023-12-02 00:10:06 | 創作
1

「あなた、この人によく似てる」
「えっ? こんなデブタレントに」
「二重あごで苦しそうなところや肩の肉が丸く盛り上がったところなんてそっくりよ」
「この男は若いころからずっとデブだろ。でも、オレはもともとこんな体型だったわけじゃないよ。知ってるだろ、初めて会ったころ」
「だけど、いまはそっくりよ」
「方向がぜんぜん違うんだよ。オレはこの20年、やりたくない仕事についてストレスをためまくって食べすぎでこうなったんだ。いつか自分の思い通りやれてストレスがなくなれば、絶対元の体型に戻るよ。まあ、先のことはべつとしても、ずっと平気でデブだったこいつとはこれまでの方向がぜんぜん違うんだよ」
「でも、そっくりよ」


2

「あなたの顔、この人に似てるわ」
「えっ? こんなハゲタレントに」
「両方の生え際が入り江みたいになっていて、真ん中が薄くなってマンガの湯気の表現みたいになってるとこなんてそっくりよ」
「この男は若いときからハゲだろ。でも、オレはここ1~2年なんだよ。もともとうちの家系にはハゲはいないんだよ。いまだってちょっと薄くなってるだけだし」
「だけど、見れば見るほど似てるわ」
「方向がぜんぜん違うんだよ。オレはこの20年、やりたくない仕事についてストレスをためまくってハゲたんだ。いつか自分の思い通りやれてストレスがなくなれば、自然、毛もはえるよ。まあ、先のことはべつとしても、ずっとハゲを売りにしてきたこいつとはこれまでの方向がぜんぜん違うんだよ」
「そう。でも、そっくりよ」


3

「あなたの言ってること、この人の言ってることに似てるわ」
「えっ? こんなバカタレントに」
「『ごはん食べたーい』とか『やりたーい』とか、すぐに言ってしまうんだって。そっくりじゃない」
「この男は本当のバカだよ。それしか本当に知らないんだ。だけどオレはそうじゃない。ある意味、わざとそう言ってるんだよ。作為的にね」
「だけど、言い方もそっくりよ」
「方向がぜんぜん違うんだよ。オレは若いとき、人間の存在理由について考えに考えて、もう少しで発狂するんじゃないかというところまでいった。そこから帰ってくるのに、作為的にバカになることを必要としたんだ。本能的な自己肯定という、生物としての基本まで失いそうになったから、そうすることで徐々にこの世に帰ってきたんだ。つまり知性の行き着く先から帰ってきたバカなんだよ、オレのバカは。ねっからのバカのこいつとは方向が違うんだ」
「そう。でも、バカはバカでしょ」

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