麻里布栄の生活と意見

小説『風景をまきとる人』の作者・麻里布栄の生活と意見、加えて短編小説。

ある夢 (短編 17)

2006-06-03 21:22:29 | 創作

 一

 都会を歩いていた。冬のようだった。
 空はなぜか黄色く濁り、道には車が一台も通らず、時間は永遠に腰を上げそうにない。
 動物園の門が見える。僕は門を抜けて中に入ってゆく。と、僕は理科室のような部屋にいる。目の前には、赤い光が、そして黒人が多くいる。誰かの声。
――これから、おまえに映画を見せてやろう。ただし、この映画は、お前がこれまで見てきたのとは違う。この映画は始まった瞬間から、見ているものをストーリーに参加させるのだ。
――もう、そろそろ始まる!
 今度は、黒人たちはいっせいにそう叫んだ。

 巨大な大理石の球の中から、目のつりあがった中国人か韓国人の女が飛び出してくる。彼女たちは、三人のようでもあり、四人であるのかもしれない。皆けばけばしく艶のある長い袖の衣装をつけ、そのまばゆい光沢は狂気を感じさせた。僕はその場を逃げ出した。
 走ると、血の泉がそこらかしこに湧き出ている。その間を通る凸凹の道は、僕を冷たくあしらう。気がついてみると、僕は、どこか暗い部屋の中で女の膝に顔を埋めていた。女の顔は見覚えのない顔で、それでいて懐かしい、美しい、美しい顔だった。
――美しい……美しい。
 うわごとのように僕は繰り返す。女は浮き出るような鮮やかなピンクの衣に身を包んでいて、右手で僕の頭を撫でている。女が言う。
――あなたは幸せでしたね。
――なんのことですか? それに、あなたはいったい誰です?
――私は「絶対者の女」です。あなたは幸せでした。あなたは私に気に入られたのです。
――気に入られた? 僕が……。僕は……いえない。適切な言葉をどこかに忘れてきたらしいのです。気を悪くしないでください。うまくいえないのですが……僕は、あなたになりたい。
――そう。ここにいる以上、あなたは私です。私はあなたを気に入ったのだから。
――僕を……。誰かほかにもここに来た人がいるのですか?
――誰もがここに来ました。そして映画を見て……けれど、皆、私の気に入らなかったのです。
――それはなぜです? どうして? どういう行動を映画の中でとればあなたに気に入られるのです?
――べつに。なんの決まりも基準もありません。すべて私の気まぐれなんですもの。
――では、あなたに気に入られなかった人はどうしたのです?
――私の命令で、虎に食べられてしまいました。
――虎に食べられた? 多くの人が……彼女に気に入られなかったために……僕は彼女に気に入られ、こうして膝に顔を埋めている……。

 二

 ふと気づくと、僕は友だちふたりと一緒に歩道を歩いている。ふたり――KとYは、妙にニヤニヤ笑いながら、いそがしく口を動かし、僕のほうをときどき横目で見る。けれど、彼らが何をしゃべっているのか、僕には少しも聞こえない。ふたりは、僕より先へどんどん歩いていく。少しずつ彼らと僕の距離が開き、そのうちKとYの姿は動物園の門の中へ消えてしまった。門までかけってゆき、中を見ると、ふたりがすばやく物陰に隠れる気配がした。
――ふん! 僕があそこを通りかかったら、ふたりでおどかすつもりだな……
 僕はそう考え、そっと彼らの隠れたコンクリートの建物に近づいた。壁の陰から、僕が顔をのぞかせると、目の前にはふたりの人間がいた。当然のように思えるだろうが、実はそうではない。そのふたりとは、KとYではなく、見知らぬ白人男だったのだ。そのうちの一人が、僕を見たとたん、叫んだ。
――こいつ、いつの間に脱走しやがった!
 僕は、気の遠くなるのを感じながら、昔――それはたぶん僕が0歳以前のころだろうが――自分が囚人だったのを思い出した。

 三

 檻の中にいた。鳥かごをそのまま大きくしたようなその檻の、中くらいの高さのところに板が渡してあり、僕はその板に腰かけて、ポカンと口を開けていた。
 下には虎が三頭見える。まだ虎は檻の中には入っていない。
 檻の外にはYがいて、僕にいろいろと慰めの言葉をかけている。そんなことより、僕は時間を気にしている。空腹であることから判断しても、もう正午は過ぎたはずだ。虎たちもそろそろ腹を空かしているだろう。
 案の定、一頭の虎が、僕をにらみながら檻の中に入ってきた。猫のように、冷たい金属製の檻にじゃれつきながらも、絶えず僕のほうをうかがっている。
 僕はというと、Yの言葉をひとことも漏らさず聞き取ろうとしている。そうすることによって虎を意識しなくなり、そうすれば虎が消えるだろうと思っている。

 四

「結局、主人公は、『絶対者の女』に裏切られたんだね」
 夢の中の僕は言った。
「いや、違う。彼は女が自分を気に入ったということを知ってしまい、それを知ったうえで、もう一度映画に参加したんだ。選ばれることの快楽をもう一度味わうためにね。けれど、今度はうまくいかない。女に気に入られようという意識が働き、それで逆に、女の気分を損ねてしまったのさ」
 夢の中でも、Yは、いつものように聡明である。
 一、二、三のストーリーは、実は、夢の中のYが持っていたピンク色の表紙の本の内容である。
 そのとき、夢の中の僕は、白と黒のストライプの表紙の本を持っていたのだが、それが、なんだかひどくつまらない本なので、少し恥ずかしかったのを覚えている。

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