鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

年末雑感「笑っていいとも」

2006-12-29 | Weblog
 06年もあと数日で終わる。還暦の60を過ぎて初めての60代の1年であったが、1年が全く早い。10年ごとに振り返ってみると、段々早くなると言われる。この調子で60代も過ぎていってしまうのだろうか。どう考えても、もう10年ちょっとしか生きられないだろう、と思うと1年1年が貴重なものに思えてくる。まだまだしたいことはいっぱいあるし、行きたいところもいっぱいある。定年を迎えて時間がいっぱいできたら、世界の果てまでゆっくり世界一周の船旅をしてみたい、と思っているが、定年後にそんな体力が残っているものやら‥‥。
 演劇を見に行ったり、銀行でなにかの申込書を書いたり、アンケートに答えたりする時に必ず年齢の欄があり、60歳になったばかりの時には「えっ、もう60歳」なんて思って正直に書くのに抵抗があったが、1年経って61歳になったら、もう抵抗の気もなくなってきた。以前から、いまの満年齢は昔の年齢の7割というのが持論なので、60歳は42歳ということになる。となると、まだまだ若いのだ、ということになる。
 毎年、年末になると、「我が家の十大ニュース」と称してこの一年の出来事をまとめることにしている。やれ、京都に旅行に行った、やれ○○という映画を観た、N響の音楽会に行った、とか箇条書きに綴るのだが、今年はやたら夫婦同士で旅行に行ったり、会食する機会が多かった。4月に名古屋からT君が定年後の慰安旅行で上京したので一緒に会食したし、会社の同僚H、Y両兄夫婦と花見の会食、秋には同じメンバーで奥入瀬へ紅葉狩り、そして10月には会社の先輩、後輩夫婦で日本橋で会食した。そんな年になったということだろう。学生時代の集まりもそのうちに夫婦一緒にということになっていくことだろう。
 この一年、新たに知り合った友はいなかった。仕事もいまは手下のいない、内勤の仕事なので、広がりようがない。せいぜい新しい秘書的な女性と年金でお世話になった娘くらいの年頃の女性くらいのものだ。逆に永らく合っていなかった叔母と大学時代のクラス仲間2人が鬼籍に入った。大学時代の友の訃報を聞いたのは年末になってからで、それほど親しい仲ではなかったとはいうものの一抹の淋しさを痛感する。去り行く友、知人はこれからも増えてくるのだろう。
 去り行く友を惜しむにはその分生きている悦びを満喫することで補うこととしたい。田辺聖子のかもかのおっちゃんに「60代は笑っていいとも」とある。己れを責めるのにも飽き、いまこそ自然流、自然体に生きられる、人生の快楽の極まったもの、これが笑わずにいられますか、という意だそうだ。その伝で70代になると、「ぼけていいとも」だそうなので、田辺聖子流にいくと60代が一番よさそうだ。
人生、大いに満喫して、楽しみましょう。
 
コメント
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