とっちーの「終わりなき旅」

出歩くことが好きで、趣味のマラソン、登山、スキーなどの話を中心にきままな呟きを載せられたらいいな。

2021滋賀・小谷山周辺観光&登山

2021-04-19 22:51:59 | 山登り
滋賀県長浜市出身のNさんの呼びかけで、先週末は、滋賀県の低山登山に行くことになった。1日目は小谷山、2日目は山本山~賤ケ岳縦走という予定であった。ただ、残念ながら1日目は、1日中雨という事もあり、登山は中止となり、周辺を観光して回ることにした。

まず、最初に小谷城戦国歴史資料館に寄っていく。小谷山は滋賀県北東部にある山で、戦国の武将・浅井長政の居城だった小谷城跡のある山だ。小谷城は、日本五大山城の一つに数えられる国指定史跡の名城とされ、山城マニアの中では、特に注目されているらしい。また、NHK大河ドラマ第50作の「江~姫たちの戦国~」のロケ地になった場所としても有名であり、戦国時代の歴史を物語る上で、歴史マニアには聖地であると言ってもいい。そんな小谷城の歴史的背景を資料館で勉強していく。

1時間ほど歴史資料館を見学するとお昼になり、Nさんの案内で鮎料理の店に立ち寄る。滋賀県の琵琶湖は、日本を代表する鮎の産地でもあり、琵琶湖を海代わりにしている鮎は有名だ。滋賀県長浜市にある名店「鮎茶屋 かわせ」で、鮎の食べ放題という夢のグルメを味わっていく。




その後、地場産品の店や佃煮の工場に寄ったあと、滋賀県指定文化財である西野水道(にしのずいどう)に向かう。相変わらず雨は止まず、駐車場に着くと雨具とヘルメットを着用して西野水道の入り口まで歩いていく。


入口手前には、管理事務所があり、西野水道見学の案内を読んでいく。


事務所には、防護用ヘルメット、長靴、懐中電灯などが置いてあったが、3~4人分しかなく、全員分はないので事前に持ってきておいてよかった。


西野水道モニュメントの横を通り抜ける。


水路のような場所に降りていくと、西野水道の入り口だ。


西野水道は、西野の西山という山の麓に、琵琶湖へ向かって貫かれている高さ約2m、幅約1.5m、長さ約220mの排水用の岩穴だ。今から170年前、たびたび洪水に見舞われていた西野地区を、洪水から守るために、充満寺の第11世・恵荘上人の発起により行われた土木事業で、能登、伊勢から石工を招き、実に6年の歳月をかけてノミだけで掘り抜かれた手堀りの岩穴である。現在は、排水路としての役目は終えていて、見学できるよう通り抜けができる。


奥に入っていくにしたがって狭くなり、頭上や両脇に注意しないと岩にぶつかってしまうのでヘルメットは必需品だ。


長さ220mというが、暗い岩穴の中を手探りで進んで行くとなると、かなり時間がかかったような気がした。前の方が明るくなり、岩穴を出るとホッとした。


後続のメンバーも次々と出てきた。


西野水道は、全部で3つある。初代が、我々が通り抜けてきた放水路だが、その隣にあるのが2代目の放水路だ。


こちらも、現在は琵琶湖側への連絡通路として使用されているので、帰りは安全な2代目の西野水道を通って元の場所に戻る。因みに、3代目の放水路が、さらに近くにあり、実際に放水路として利用されている。


1日目は、結局観光だけで終わり、この日の宿となるウッディパル余呉に宿泊する。翌日も、あまり天気が良くない状態だったが、朝方だけ晴れ間が出ていたので、朝食前に余呉湖の周りをランニングする。7キロほど走ると雨が降り出し、急いで宿に帰り朝食を済ます。

2日目は、雨に降られても小谷山には登るという事で、登山口となる戦国ガイドステーションに車を止め歩き出す。「NHK大河ドラマ 江~姫たちの戦国~」放映記念の大兜が目印だ。


この日も、雨が降ったり止んだりと不安定な天気だ。


小谷城の案内看板から登山口が始まる。


しばらくは舗装道路を進む。


出丸跡。最初の城址だ。要所要所にかつての様子が図示されている。


望笙峠からの展望は今一つだ。


番所跡に着くと一転して晴れ間が出た。小谷城跡絵図の前で記念撮影だ。


大広間と呼ばれ、浅井長政の妻や子が居住したとされる場所。


桜馬場からは、琵琶湖、竹生島、山本山が一望できる。


本丸跡。


その後、山を一旦下って登り返すと大獄と呼ばれる場所に着く。ここが、小谷山の山頂495mだ。


あとは一気に下り福寿丸、山崎丸と呼ばれる場所を通り抜け、獣害防止柵を出ると水道タンクのある場所に出る。


清水神社の鳥居を抜けると、スタート地点の戦国ガイドステーションまで僅かだ。


3時間弱の山行であったが、戦国時代の山城の様子を垣間見ることが出来、歴史探訪の意味合いが強く今までとは一味違った山旅となった。

参考1.小谷山のコースマップ


参考2.小谷山の高低図&コースタイム