ショーケンの主人公はブント(Bund der Kommunisten=Bund=共産主義者同盟)の書記長だったんだぞと森本レオのセリフあり。
ヘルメットにゲバ棒という古式豊かな格好の学生運動家に襲われる場面もある。
脚本の長谷川和彦は「連合赤軍」の映画化を望んで果たさないでいるが、主人公がアメフトの選手という設定を含めてかなり内容に関わっていると思える。
森本レオの学生運動仲間がこういて市民的な生活を送っていても階級闘争を続けているんだぞなんて言う。学生運動やっていた人間がちゃっかり転身して大企業に就職したなんて話いくらもあるが、そういう偽善と屈折が背景としてある。
元はシオドア・ドライサーの「アメリカの悲劇」、及びその映画化の「陽のあたる場所」なのだが、かなりうまく日本の支配階級と革命勢力(というのかね)の関係にアレンジされている。
しかし表現とすると、なんだかやる気があるんだかないんだかというだらだらした空気の中で桃井かおりの愛人の妊娠というのっぴきならない事態でいきなり危機を迎える。
肉体的な実感の方が先行するのは神代の体質でもあるだろうし、映画の体質にも合っている。
雪の斜面を滑り落ちながらの妊娠した愛人殺しの場面は、今見ると冷や冷やするくらい危険。ショーケンもかおりもよくやったと思う。
柵を一本づつ触りながら歩いて、一本触り忘れて通り過ぎてしまい、改めて戻って触る、という有名な演技は脚本にはないショーケンの即興ではあるけれど、実は元ネタがあって倉本聰が白井佳夫と相談してとにかくシナリオを作って協力して作る人は手を挙げてという試みをした「純」というオリジナルシナリオの一節にある。
(のちに横山博人監督で映画化されたが、大幅に書き直されたので倉本聰の名前は出ていない)
田中内閣打倒の垂れ幕を背後に掲げる労働運動大会の実写が入る。
デモの人数が多い。
銀座の歩行者天国の人も多い。
ひょっこり赤ちゃんの大写しを使ったゼロックスのCM、あれ本物か。
市民生活に埋没している学生運動仲間の赤ちゃんの泣き声が先行したつながるつなぎといい、潜在的に赤ん坊ができる恐怖が埋め込まれている。
たしか中学生の時ギンレイホールで見て以来、何十年ぶりかの再見。
その時は正直、ひどく退屈だった。
今見直すとかなりわからなかったことはわかるようになったが、では面白いかというと、神代作品とするとロマンポルノほどには面白くないというのが本当のところ。