prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
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「天才監督・木下恵介」長部日出雄

2005年11月06日 | 映画
木下恵介が、同じ昭和18年にデビューした黒澤明と、戦後の長い時期にわたって男の黒沢女の木下と並び称されながら、なぜ後年大きく知名度に差ができるようになったのか。これまでもさまざまな説が唱えられて来た。
海外での評価に差があったこと。
あまりにさまざまなジャンルに渡り多彩なテクニックを弄して作られたので、これが代表作(黒沢の「七人の侍」、小津の「東京物語」、成瀬の「浮雲」)という一本が決めにくく、後から追いかけて見るのにとっつきにくいこと。
など、色々あると思う。

ここで筆者は、日本で戦後後退した価値観に木下が強く執着したことを重視している。
その最たるものはずばり「親孝行」に代表される家族愛だ。また「天職」という言葉に見られる仕事を通じた社会に対する責任感であり、あるいは「地の塩」といわれる社会の大半を占める無名で勤勉で倫理観の強い人々に対する称賛だったりする。
こうやって書いていてむずむずするくらい、カタい言葉が並んだが、その一方で筆者は木下がきわめて辛辣な批判精神、ドライな感覚、執念深さ、シニシズムなどの持ち主であることを指摘することを忘れない。
作品数が多い上に「喜びも悲しみも幾年月」とその直後の「風前の灯」が同じ佐田啓二と高峰秀子主演で、前者の夫婦愛を後者でからかうように仲の悪い夫婦役をやらせたように、わざと一筋縄でいかないよう作っているようだからトータルな形での木下恵介論が出にくく、まとまったものとしては木下の同性愛的感覚(その見方に筆者はやや違和感を覚えているようだが)からアプローチした石原郁子の「異才の人 木下恵介―弱い男たちの美しさを中心に 」くらいのものだろう。

本書も作家論というのとはやや趣きが違う。「20世紀を見抜いた男 マックス・ウェーバー物語」がウェーバーの伝記でも社会学の研究書でもないように、木下恵介を描きつつ筆者自身が時に読売新聞の社員として、あるいは映画評論家として、また直木賞作家として戦後を生きて来た間に、若いうちは伝統的な倫理観・価値観に反発してきた(その最たるものが黒澤明、特に「赤ひげ」をその圧倒的表現力を認めつつ「家父長的」と批判したこと)に対し、今に至って改めて日本人は、また自分は何を捨てて来たのかを検証した、一個の「作品」というべきだろう。



天才監督 木下惠介


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