prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

愛の落日(「静かなアメリカ人」)

2004年10月03日 | 映画
グレアム・グリーンの原作は読んでいなかったが、見てすぐ買った。
一人の女をはさんだ恋敵同志の二人の男が、しかし互いに友人でもあるということを、片方の男は期待するが、もう片方は無神経にあまり悪意のないまま結果として裏切る、という関係は、「第三の男」にも共通する。その無神経な方が金があり悪事にも加担していて、そのくせ妙に無邪気で魅力的なところも。

この無邪気で無神経で金とパワーがある「アメリカ」人の性向を、Quiet「静かな」と言い表わした皮肉。
アメリカはここで描かれたベトナム介入以後も、共産勢力など(今ならアルカイダ)の敵を、「敵の敵は味方」と支援し、しかし敵を追い出した後必ず裏切られて(?)、新たな敵とするということを繰り返している。フセインにせよビンラディンにせよ、ノリエガにせよ、いったんは支援した相手だ。
それが敵にまわるのは権力の法則だからでもあるが、アメリカの無神経さと無邪気が裏返って傲慢となり、感情的な反感を必ず買うからだ。

原作がどの程度そういう一種の図式に立っているかは未読なので不明だが、この映画はかなり政治的な線がはっきりしている。そのため、この作品は9.11のあおりをくって、公開が遅れたという。
ただし映画は政治の絵解きではなく、もっぱら小さな三角関係の揺れを追っているうち、いつのまにかそういう大きな世界の激動の上に立っていたことに気付く作りは、まず物語の見事さで堪能させる。その意味で製作にアンソニー・ミンデラ(「イングリッシュ・ペイシェント」「リプリー」「コールド・マウンテン」などの文芸映画の作り手)が噛んでいるのが目を引く。

フィリップ・ノイスは「今ここにある危機」の監督だが、実はオーストラリア人。最近は成功したせいか逆にハリウッド的大作からときどき離れる。

マイケル・ケインの初めの方のアップで、目が変にとろんとしている。アヘンをやっている設定なのだろう。本当にやるわけにいくわけないからCGか。芸が細かい。もちろん演技そのものはもっと細かい。

原作は読み始めたばかりだが、場面構成はすでにまったく違う。クリストファー・ハンプトン(書簡体小説をドラマに仕立て直した「危険な関係」の名脚色)とロバート・シェンカンが、どのように物語を組み立て直したか読み進むのが楽しみ。
(☆☆☆★★)


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