北海道/防災・減災リレーシンポジウム2015 ~突発災害に対する防災・減災を考える~ を開催しました。
北大では今年から「突発災害防災・減災共同プロジェクト拠点」という共同研究拠点をスタートさせて、理系、文系といった学部の垣根を越えて自然現象と社会構造を同時に取り扱い、新たな災害対策への提案を行うこととしています。
今回は宗谷地域での災害の現状を押さえつつ、この地域での防災・減災を考えます。
まずはこのプロジェクト拠点に参加している北大の三人の先生から防災に関する講演がありました。
まずは農学部特任教授の丸谷先生から、「人の生活を脅かす水と土砂の災害」という演題でのお話。
「繰り返しのあるのが科学」「繰り返しのないのは歴史」、三代に渡るような自分の生きている時間を超えても繰り返されるのが災害だ。
繰り返される災害は科学でそのあり様を冷静に抑えないといけない。
災害が少ないとかえって不幸です。なぜなら発生した時の備えができていないから。
九州は災害が多いので災害時の逃げ方や被害にあわない家の作り方などの備えができているものだ。災害にある意味慣れるということも大切です。
今日は「場を知って災害に備える」という副題の方を語りたい。
人間がいるから災害が起きる。人がいなければ自然の変化に過ぎない。
江戸時代以降、増えた人口は山間地や川の側に移り住んだし、産業従事者で見ても農業従事者が多い。
都市で見ると、かつては人の住まなかった山麓斜面に住宅地が広がっている。また建物が高くなることで災害も発生しやすくなっている。
自然災害とは自然と人間社会の相互作用と考えるべきだ。
自然災害は未来永劫無くならなくて、それは人間にとっての病気に似ている。うまく付き合ってゆくしかないのだ
物理学者にして随筆家の寺田寅彦が「天災は忘れたころにやってくる」と言ったと言われるが、実は彼はそう言っていない。彼の弟子の中谷宇吉郎が「寺田がこういっていた」というのが元らしい。
ただ、「忘れた頃」ではなくて、「忘れる」からこそ災害に「なる」「起きる」ということで、「災害は忘れたころにまた起きる」というのが正しいのだと思う。
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続いては工学部の萩原先生 道路交通分野における暴風雪対策についてお話をいただきました。
実際の自治体の中では、暴風雪による被害を受けた中標津町におけるリスクコミュニケーションが群を抜いていて素晴らしい。優れた担当職員がいるということもあるが、良い事例として参考にしてほしい、とのこと。
自治体の好事例は参考にしたいものです。
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最後は岡田先生から「防災情報の読解法」についてのお話。
災害にやられた人は「犠牲者」だが、災害にやられやすい「災害弱者」という存在がある。それは、体力的に弱い高齢者や幼児、身障者であったり、近隣に不案内な単身者などがいるが、そのような構造的な弱者でなくても、情報をちゃんと得られない人や危険に鈍感な人、自分の弱さを自覚しない人、分かっていても実践をしないような人は災害弱者になりえるのだと。
興味深かったのは、防災意識を向上させるためには人々の「(身の回りの危険に対する)認識を深め」「(危険の本質を)理解し」「(自分の弱さを)評価し」「(最後に、弱点克服を)実践する」というステップアップが必要だという言葉でした。
私はかねがね、まちづくりを推進するには人々の「認知」「認識」「共感」「参加」「率先」というステップアップを行うことが必要と言っていましたが、まさにそれと方向性を同じくするアプローチが防災・減災においても必要だというので面白く感じました。
防災もまちづくりも、他人から言われることではなく、自分のこと、我が事とおもってもらうためにはどのようなことをするのが良いでしょうか。
一人一人の関心をもっと呼び起こすような工夫が必要なことが良くわかりました。
もっと自分が助かるための防災意識を向上させたいものですが、そのためには単独で行うよりも地域や自治体との連携が必要です。
頑張らなくては。
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