北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

風景づくりで貢献せよ!

2006-12-04 23:54:09 | Weblog
 週の初日から日中は予定がぎっしり。結構せわしないのですが、師走ですから仕方がないか。

【造園界の役割】
 今日は夜に造園学会北海道支部の幹事会と忘年会が開かれました。

 かくいう私も日本造園学会に会員登録をしているのですが、造園や緑、生態を通じて社会に貢献したいという思いの延長にいられることに幸せを感じています。

 最近は木を植えたり植物の手入れをするなどということからとんと離れてしまっているのですが、植物の世界と共にいる人が幸せになるということを信じて、先輩や仲間達と活動に参加しているのです。

 しかしながら、この世界も少子高齢化の波は恐るべきものがあります。

 まず高齢化ということでは、かつての草創期の先輩達も次第に年齢を重ね、しかもなかなか新しい会員が増えてこないという状況で、会員の平均年齢が一年ごとにほぼ一歳ずつ上がってゆくということになっています。

 少子化ということでも、若い会員が増えてこないのです。私などが今でも若手の部類に属しているということは恐るべき事であります。

 ある市役所に勤めている先輩に「大学の後輩が何人も先輩の市役所にはいるでしょうに、こういう会には参加してくれないんですね」と訊ねてみました。

 すると「そうなんだよ。最近は造園で市役所に入ってくる人たちって女性が多くなり、男性の職員に元気がないんだ。いろんな世界に飛び込んでごらん、と言っても、『なぜそんなことをしなくてはいけないんですか?』というような反応しか返ってこない。自分の仕事だけできて、それ以上のことはしたくない、という人が多いね」とのこと。

 自分の世界を小さいところに押し込めてしまうと、新しい発想を生み出すようなひらめきも少なくなってしまうということは、そろそろ後進の指導に当たらなくてはならない私くらいの年齢になると、痛いほど分かることです。

 それが若いときには分からないものですが極めて残念なことです。

 また造園という学問がどのように社会に貢献出来るかをもっとアピールしなくては世間に訴えかけるものがない、という意見も出ました。

 まさにそのとおりで、霞ヶ関では政権が交代するときにはまずどのような表現を総理の所信表明演説にもりこませることができるか、という隠れた戦いがあるものです。

 また所信表明がなされたときには、自分の担当している領域がその表現のどこにどう合致して今後どのように展開するとその趣旨に添うか、ということを考えるものです。

 今や世間は環境、景観、美しい国づくり、など造園界・公園には追い風のように感じられるところですが、それに対する明確な主張が足りないと言うことなのでしょう。

 やはり常日頃から問題意識を高く持って、今の自分に満足せず、何をどのように変えてゆくべきかを考えるという訓練をしておかなくては、とっさの時に意見が出て行かないということなのでしょう。

 アンテナを高く上げて、自分が出来ることを考えてみることにします。

 写真は、懇親会の会場となったテレビ塔の二階の部屋からの風景です。こうしてみると札幌の夜景もきれいなものですね。

 これも造園界の仕事なんだけどな。

 
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