全5回にわたる骨髄移植のお話の③です。
長くなりますけどお許しを。
【自分だけの覚悟ではない】
さて、この間の経緯を目の当たりにしている妻に改めて「ドナーになっても良いかな?」と問うてみました。
実は妻も骨髄ドナー登録をしていたうえ、一度はドナー候補者として選定された経験がありました。
ですから、このことへの理解は少なくとも頭では分かっていたはずなのですが、実際に自分の夫が手術をするという事になると心配な感情がわき出てしまい、なかなか気持ちの整理がつかないのでした。
「どうしてもやらなくちゃ駄目?」
「今の自分にこの役が回ってきたのはそれなりに意味があると思う。やらせてくれないか」
「言い出したら聞かないもんね…」
妻は最後にあきらめるようにうなずいてくれました。
実家の親にも電話でこのことを伝えました。母親の反応は「あんた、大丈夫なのかい?」の一言でしたが、親にもさぞ心配をかけた事でしょう。自分だけの覚悟なら簡単に出来ても、自分以外の人にまで同じ覚悟を求めるのはなかなか容易ではないものです。
* * * *
「家族も了解してくれました。先へ進んでください」
「分かりました。それではその旨を医師に伝えて、治療の計画を立てましたらまたご連絡します。ご自身の予定で、どうしてもこの時期だけは避けたいという日がありましたら教えてくださいますか」
「それは考慮していただけるのですか」
「ドナーの事情をできるだけ考慮します。しかし事が事ですので、ことによると患者さんの容態や治療方針から日時のリクエストがある事もあります。そのときはまたご相談します」
「分かりました」
こうしているうちについに日程調整の知らせが届きました。
「○月△日頃に手術をお願いしたいという要請が届いていますが、ご都合はいかがですか」
「そうですか、なんとか仕事の都合をつけてみます」
いよいよ日程が固まってきました。事前にある程度職場でも、周囲や上司などには話をしてありましたが、仕事の分担などを相談して日を決定させる事になります。
この段階でもまだ自分を含めてこちら側の事情で提供を取りやめる事はできます。しかしそうして準備が進むといよいよ最終同意のときが近づいてきます。
最終同意とは、ここから先は取りやめる事が出来なくなる「ポイント・オブ・ノー・リターン」であり、もう後戻り出来ない時なのです。
【ポイント・オブ・ノー・リターン】
最終同意には一般的に第三者である立会人の同席が必要で、ドナー側からも一番身近な家族・親族が同席して医師から改めて説明を受けます。
そのうえでこのことに同意する場合は、定められた書類に本人と家族が署名・捺印をして意思の確認の契約をします。
第三者の立会人は、コーディネーターと調整医師が十分な説明を行ったかどうか、ドナー本人と家族が説明内容をしっかりと理解しているか、骨髄提供が自発的な意志によるものであるかどうかを確認する事が役割です。
ドナーが最終同意書に署名・捺印をしてくれると、それをもって患者さんの側は骨髄移植を前提として治療の体制に移行します。
骨髄移植を行う前には事前処置として、患者さん側の骨髄細胞を抗ガン剤や放射線治療で一度全て破壊します。そしてそこへドナーから提供された正常な血液を作る事の出来る骨髄幹細胞を移植するのです。
ですからこの治療途中でなんらかの原因で骨髄が提供されないような事になると、患者の側では白血球の抵抗力を失った状態になり、感染症を起こしやすくなり命取りにもなりかねないのです。
ですから、ドナーの最終同意というのはもう引き返す事の出来ない大事な決断です。唯一移植がなされない事があるとすれば、それはドナー側の健康と安全が保証されないという状態が予想されるときだけです。この段階に至っても、ドナー側の健康は最優先されます。
お互いにできるだけそういうことはあって欲しくないものですが。
最終同意をした後は自分の健康管理はもちろん、事故などにも気をつけなくてはなりません。ひと一人の命がかかっている大事な期間なのです。
【自己血採取】
骨髄採取の日が決まったら、その3週間ほど前に自己血の採取を行います。骨髄手術によって失われる体液を補充するのに他人の血液を輸血すると様々なリスクを伴いますので、自分自身の血を先に取っておいて保存し、手術に当たってはこれを輸血するのです。
私の場合は400ccを一度で済みましたが、二度行う事もあるそうです。説明や事前の処置などのために、病院へは何度も行かなくてはならないのですが、これら全てが命のためなのです。
【健康診断と麻酔の説明】
いよいよ採取が近づくと健康診断を行ってくれます。健康に問題があれば採取はできません。あくまでもドナーの健康第一です。またこのときに麻酔科の医師から麻酔についての説明と質疑応答の時間を取ってくれました。
麻酔科の先生は「手術中は全身麻酔で行いますが、全身麻酔だから何か事故が起こるという事はありません。麻酔中の容態の変化に対する処置を怠るという事が一番事故に通じると言えますが、骨髄移植では麻酔医の経験が全てです。今回は麻酔経験が1万回以上もあるベテラン医師が手術中をサポートしていますから安心してください」と励ましてくれました。手術は多くの人たちの協力によって行われるのです。
そしていよいよ手術の日がやってきます。 (4/5に続く)