駒子の備忘録

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『ゴヤ』

2021年04月15日 | 観劇記/タイトルか行
 日生劇場、2021年4月14日17時45分。

 18世紀スペイン。野心に満ちあふれた若き画家フランシスコ・デ・ゴヤ(今井翼)は宮廷画家を目指し、アンデス地方のサラゴサから首都マドリードへと妻ホセーファ(清水くるみ)とともに旅立つ。王立美術アカデミーの宮廷画家であるホセーファの兄バイユー(天宮良)が仕事を世話してくれたのだ。しかしバイユーは、未だに王立アカデミーの会員試験にも合格できないゴヤに対して常に手厳しい。ゴヤは良き理解者である親友サパテール(小西遼生)に、ホセーファと結婚したのはバイユーを利用して出世するためだったと打ち明け、いつか見返してやると息巻くが…
 原案・脚本・作詞/G2、演出/鈴木裕美、作曲・音楽監督/清塚慎也、振付/上島雪夫、フラメンコ振付/佐藤浩希。構想8年のオリジナル・ミュージカル、全2幕。

 順番としては、NHKのクラシック番組のフラメンコ回に今井翼が出て『ダンオリ』のフラメンコと同じ振りを踊るんだって、と聞いて録画して、それでこのミュージカルを知ってちょっと興味を持ってチケットを取り、その番組「クラシックTV」はその後も毎週まあまあ楽しく見ている、という経緯だったでしょうか。ちなみに佐藤浩希はかつてこちらを観ていました。
 「ミュージカルは主に輸入に頼っているのが現状」という状況を歯がゆく思い、「世界に通用するミュージカルを、もっとあたりまえに日本人が産み出せるようになるべき」という意気や良し、です。多いに応援したいところです。私は国産オリジナルミュージカルは音楽が弱いと常々思っていたのですが、今回の音楽はとても良くて、世界に通用する!と思いました。ちなみに歌唱もとても良かった、みんな上手かった。アンサンブル含めて歌も芝居もダンスもとても良くて、全員が上手い舞台って普通に作れるんだな…と最近感心することが多いです。なのであとはスタッフワークですよね。今回の作曲家はピアニストさんで、ドラマ『のだめ』の千秋先輩の吹き替え演奏をしたり、いろんなサントラを手がけたりしている人そうですが(「クラシックTV」のMCも務めていますね)、ミュージカルは初めてとのこと。経験がなくても才能がある人はできちゃうもんなんだなあ、起用次第だよなあ、と感心しました。
 なので今回弱かったのは、むしろ脚本だったと思います。特に1幕、退屈しました…でも2幕はおもしろかったし、こういう話になるんだったら前半もっとさあ…と思うところがありすぎました。あとは、長い。今の時代に休憩込み3時間15分はつらいと思うし、各ナンバーがちょっと冗長すぎたと思います。歌が2番、3番になると「まだやるの? この場面で伝えたいことはもう伝わったと思うんだけど??」と思ってしまいました。私がせっかちだからかもしれませんが…別にプリンシパルの着替えタイム捻出のためとかではなかったと思うので、思い切ってもっとシュリンクできたと思います。2時間40分くらいがいいんじゃないかなー。
 とにかく1幕の脚本をもう少しだけ修正すれば、もっといい舞台になるし、再演したり海外に売ったりできるとおもしろいのではないでしょうか。それだけのポテンシャルがある作品になりえると思います。まあ歴史の切り取り方がこれでいいのかという問題はある気はするので、ヨーロッパよりアメリカに売る方が無難なのかもしれませんが…あとお衣装(衣裳/前田文子)はなんか冴えないなと思ってしまいました。ミラーボールを回すような演出もあるミュージカルなんだから、もっと照明映えする材質のものにした方が合ったんじゃないかなあ、それこそ『MA』みたいな…と個人的には思いました。プログラムのアー写の方向性とか、むしろそっちじゃないですか? ギンギラにやった方が、かえってゴヤの絵は引き立った気がしました。
 さて、というわけで脚本ですが、ゴヤは王侯貴族や政治家や革命のヒーローなどではなく一介の画家であり、かつ長生きした人かつ遅咲きだった人なので、彼のただの半生記みたいなものにすればどうしてもだらりとつまらないものになりがちでしょうし、むしろ彼が巻き込まれた政治とか戦争とかの方がドラマチックなので、そちらを見せがちになる…というのはわかるし、それでも上手く作ればお話として成立すると思うんです。ただしそのためには、たとえ巻き込まれ型の主人公だとしても、主人公のキャラがある程度立っていなくてはなりません。
 冒頭、ゴヤは出世したい、宮廷画家になりたい、と言います。それはわかった。でも何故出世したいのか? 何故絵なのか? そもそも才能はあるのか、見込みはあるのか? というか「出世」って具体的には何を指すの? …といったあたりをまず説明してほしい、と私は思いました。出世したい、という彼の欲望が今の観客にはピンと来づらいものになっていると思うからです。絵が描けて食べていけて妻がいて親友がいる、何が不満なんじゃい、と思えちゃうからです。私は観客として、主人公に共感し、好感を持ってから彼とともに物語を追いたい、と思うからです。ゴヤのいくつかの絵も、有名な画家であることも知識としては一応知っています。でも、若き日の彼がどういう存在だったのか、周りからはどう思われていたのか、みたいなスタート地点をまず確認してから、ストーリーを展開させ始めたほしいのです。今、それが弱い。
 絵が本当に上手いのか、どういう意味で上手いのか、人気があるのか儲かっているのか、それとも独特すぎて周りからはあまり評価されていないということなのか、当人は絵を描くことが好きなのか、それともたまたま人より上手いようだから単にそれを武器にしたいというだけなのか、何故出世したいのか、今が貧しい暮らしでつらいからもっといい服を着ていいものを食べて安楽に暮らしチヤホヤされたいということなのか、偉くなって誰かに認められたいということなのか、それとも無名だと自分の絵をたくさんの人に見てもらえないから有名になってたくさんの人に見てもらいたい、そうして人々を幸せにしたい、というようなことなのか…そのあたりの説明がないと、私は「出世したい!」というだけのゴヤには共感できず好感も持てず、なのでお話についていく気が起きづらく、なので結果、退屈するのです。
 しかもサパテールの存在がよくわからない…親密な往復書簡が残っている幼馴染みで親友、というのが史実だそうですが、ぶっちゃけ恋人だったってことなの? だとしたらホセーファのことはかわいそうな妻として見た方がいいの? 清水くるみがまた、『幸福論』で観たときにも上手いなとは思ったんですがこんなに歌えるとは知らなくて仰天したんですけれど、そう作っているせいもあるでしょうがほっそり清楚でどちらかというと地味なヒロインぶりだったので、ここに共感してストーリーを追うとラブ的な意味で裏切り、悲劇が待ってるんだったらヤダな、と観客のほとんどは女性なんだから、男の妻であるか男を愛する女なんだから、身構えちゃうじゃないですか。だけどホセーファは最後までゴヤを支え寄り添ういい妻だったし、ゴヤも別に彼女を嫌っているとか邪険にしているとかでもなかった。ならなんなんだあの中途半端な男同士のイチャイチャ描写は? あとクレジットもラインナップもサパテールが2番手でしたけど、この役ってそんなに出番も多くなく役割も大きくなくて、だったらそこは妻であるヒロインか、でなけりゃむしろテバ伯爵(山路和弘)であるべきなのでは?と混乱しました。
 そのあたりがクリアになりさえすれば、出世したくて首都に出てきたゴヤが巻き込まれていくスペイン宮廷の権謀術数だの、皇太子妃マリア・ルイス・デ・パルマ(キムラ緑子。歌えるんですねえ、知らなかった!)とアルバ公爵夫夫人(仙名彩世。卒業後初めて観ましたが、癖のあるキャラをインパクト大でやって見せていて絶品! もちろんヒロインもそつなくこなしただろうけど、こういう役まわりでどんどん舞台荒らしとなっていってほしいなー! でもヌード場面は、さすがに肌着を着ていたようでしたが、今センシティブな問題なだけにハラハラしちゃいましたよ…)とのバトルだの、つっころばしみたいなマヌエル・ゴドイ(塩田康平。初めて観たかと思いますがこれまた上手い! その先なんとでもなる楽しみなスターさんなのでは!?)の華麗なる活躍だの、をそれこそアトラクション的に楽しく観ていけると思うんですよ。テバ伯爵が狂言回しで、回されるのはゴヤで。やがてフランス革命とナポレオンの台頭でスペイン宮廷そのものが瓦解し、ゴヤも失聴して失意のどん底に…という展開もドラマチックだし、そこで初めて「画家になりたい」ではなく「絵を描きたい」と目覚める、というのもアツいです、エモいです。
「『画家になりたい』という人は画家になれない。絵を描きたい人が画家になるのだ」という山田詠美の言葉を演出家がプログラムで引いていますが、前者だったゴヤが真に画家になるまで、「本物の画家になっていく。それが今回の物語」なんでしょう? だからスタート地点の、「画家になりたい」と言っているだけで全然画家ではなかったゴヤ、という説明があいまいだったことが残念なのです。ズレたスタート地点から始めても、その後どんなに盛り上げても感動は生まれにくい。ああ、もったいない…
 宮廷の庇護も失い、最後は他国に亡命してまでも彼が描き続けた絵、それが今もなお訴え続けるメッセージにはなんと言っても力があるので、そこを見せるまでこの作品がスムーズに運べていたら、再演や輸出に足る作品に仕上がったと思います。ブラッシュアップを超絶希望します。
 というわけで役者はアンサンブル含めてみんな歌えて踊れて芝居ができる! 挿入されるフラメンコもさすが圧巻です。映像の使い方も効果的だったと思いました。

 客席はふたり座ってひとつ空ける、という不思議な配置でした。かつあまり埋まっているように見えなかったけれど、宣伝に手が回っていないのかな…もったいない、営業もがんばってほしいです。
 御園座にも行くんですね、あの赤い劇場によく似合いそう…無事の上演を祈っています。引き続きどうぞ、ご安全に!



 
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