駒子の備忘録

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田辺イエロウ『BIRDMEN』

2020年06月17日 | 愛蔵コミック・コラム/著者名た行
 小学館少年サンデーコミックス全16巻。

 変わらない日常に不満を漏らす日々を送る、中学生の烏丸英司。だが学校中で広まる「鳥男」の噂が、彼の変わらなかったはずの日常を大きく変えていくことに…!?

 『結界師』がツボらず、というか酷評に近い感想を書いたワタクシですが、これはハマった! とても良い作品だと思いました。
 今年の冬に完結したばかりの作品ですが、寡聞にして評判をあまり聞かなかった気が…? 週刊少年誌に月一回掲載、という連載だったようなので、雑誌での人気はあまりなかったのかもしれません。ただコミックスの部数自体はまあまあ出ているようなので、好きな人にはちゃんと読まれていたのかなー。もっと話題になり、評価されてもいい、良質のSFジュヴナイルというか青春群像劇というか、な作品だと思います。
 ちょうど真ん中くらいでお話のギアが一段上がってから、スケールアップした分、ストーリー展開もやや早巻きになってしまった印象があり、最終回ももうちょっと大団円感とかまとめ感とか余韻が欲しかったかなーというのもあって、世紀の大傑作!とまでは言いづらいのですが、意欲作だし、とても良くできているし、少年漫画ファンなら、またSFファンなら抑えておいていい一作なのではないでしょうか。
 そして私には、『結界師』からしたら化けたなあ、というのが何より大きな感動でした。試しに読み始めたときには、「ああ、こっちに進んじゃったか」って思ったんですよね。デジタルに移行したのか、端正な絵柄がむしろ無機質な方向に進化していて、ルサンチマンあふれる主人公像で、ああ病んだ方に転んじゃったか…と思っちゃったのですよ。それがどうしてどうして、読み進めていったらヒーローもので戦隊もので上位互換人類もので学園青春もので壮大なSFだったんですよ! そしてネームもストーリーテリングもとても上手い!! ワクワクしました、熱くなりました、たぎりましたよ!!!

 空を飛びたい、翼が欲しい、自由になりたい、ここではないどこかへ行きたい…というのは、思春期の少年少女に特に顕著かもしれませんが、むしろ全人類の普遍的な夢、欲望、逃避のひとつでしょう。それが、困った人を助けたい、誰かの役に立ちたい、褒められたい、ともに戦う仲間が欲しい…みたいなものと結びつくと、ガッチャマンみたいなヒーローもの、戦隊ものみたいなものに結晶していく。さらに運命を変えたい、力が欲しい、世界を救いたい…となっていくと、スーパーヒーローものというか、SFになっていく。
 私がまずおもしろいなと思ったのが、まあ私が戦隊ものといえばゴレンジャーという世代だからかもしれませんが、主人公の英ちゃんがブラックなことです。主人公なのにレッドじゃない。黒なんてそもそも基本五色にない色なんです。でもキャラというか立ち位置というかが、英ちゃんはブラックにぴったりなキャラなんですよね。で、レッドは鷹山くんが持っていってしまう。でも彼もまた別の意味で全然主人公っぽくない、レッドっぽくないキャラなんです。レッドはグループの中心で太陽タイプ、でも鷹山くんの在り方はそれとは全然違うものだからです。でもこのメンバーだとレッドと言いたくなる、それもすごくわかる。そして唯一の女子メンバーのつばめは、ピンクでなくブルーを取ります。英ちゃんがちょっとときめいたりするので、少年漫画的には主人公の恋の相手役としてのヒロインであるはずのつばめは、でも鷹山くんのことがちょっと気になるようになっていってしまう。その捻れ、かつブルー。まあピンクはレッドとカップルになるよりはメンバー内女子として独立していることが多いイメージですが(ガッチャマンではジュンはケンのガールフレンドだけれど)、それにしてもピンクでなくブルー。そこがまたいい。ブルーはレッドと人気を二分することもあり、クールな二枚目が担当することが多いイメージですけれどね。でも「海野」だからね(笑)。鴨ちゃんはイエローでもいい気もするけれどグリーンで、これはのちにアーサーが登場したときにカバーイラストが黄色になったのを見て膝を打ちました(そしてフィオナのピンクも。それ以降はわりと複雑な中間色になっていってしまうことも)。そして鷺沢くんがホワイト、これもなんかわかります。そして『結界師』のときに私が引っかかっていたこの手のキャラクターが、こういう形で描かれるようになったことに私はとても感動しました。あの人好きのしなささは本当につらかった…人間に対する見方、捉え方こそクリエイターとしての個性であり、そうそう変わらないものかと私は考えていたのだけれど、作家ってここまで確変できるものなんですねえ…!(「お前はメルつかねえだろが」名言! きゅん!!(笑))
 五人の翼あるヒーローが定型に収まらない、この新しい感じにまずワクワクしましたし、世界に対してグレていた英ちゃんがとまどいながらも徐々に強くなり優しくなり前向きになっていく姿に、読んでいてとても心打たれました。
 あと、ハカセがいるのがいい。この人間の大人、の重要性はのちにけっこう効いてきます。
 英ちゃんたちは、鳥男になった拒否反応として定期的に出現するブラックアウトと戦い、そのブラックアウトは彼らのストレスとかトラウマとかコンプレックスを反映した形を取るので、彼らはそれにだんだん容易に打ち勝てるようになることで成長し、心が強くなり広くなっていくのですが、それは人間から離れていくことでもある…とこの物語ではされているからです。
 この思想が、とにかくいい。私にはすごく響きました。この、種が違うから精神の在り方が違う、という点を描けていないダメSFって、けっこうあるからです。
 だからやはり鷹山くんの描かれ方がすごい。ドライな瞳といい、地に足ついていない感じといい、最初からもうこの世界に半分しか属していない空気感がすごい。漫画のキャラクターとして必要な愛嬌を犠牲にすらしているところがあるのがすごい。彼は英ちゃんたちに出会ったときに、もはや人間だった時間より鳥男になってからの時間の方が長くなっていたのですから、当然でもあるのでしょう。でも彼はずっとひとりだった。だから覚醒しなかったのでしょうし、だからさらに次の次元に行けたのだと思う。英ちゃんはたまたま、友達たちと一緒に鳥男になった。その中だからこそ、英ちゃんはリーダーになったようなところがあります。でもそれは従来の、典型的なりーダーとかボスとかではなく、あくまで「先導者(ベルウェザー)」なんですよね。そこがいい。思考に対しても感情に対しても意志に対しても言語化能力が高く、みんなの気持ちを言葉でまとめ、言葉で高め、強く賢く優しく誘い導く、存在。すごく今っぽいし、サンデーっぽい主人公像だと思います。ジャンプやマガジン作品の主人公セレクトと少し違うんですよね、そこが好きです。そしてたまたまだろうとなんだろうと、それが英ちゃんの運命だったのです。彼はなるべくしてなったのです。

 人類の生き物としての進化は停滞している、ないし行き詰まっていて、遺伝子操作なりなんなりで新人類を生み出そうとする科学実験が施される、とか、あるいは現行人類の中からたとえばエスパーみたいな、異能力、特殊能力を持った新人類が自然と生まれてくるようになる…というアイディアは、SFではごくメジャーなものです。最近自分が再読した中では『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』のニュータイプなんかも、同じものです。あれは宇宙空間、無重力空間で暮らすようになった人類が変異する、覚醒する、というものでした。そしてこれもまた、「よりわかり合える存在」になる、というものでした。
 現行人類の脆弱さ、駄目さを、筋力・体力みたいな生物学的な弱さとか少子化みたいな種の保存性の弱さに見るのではなく、「理解し合わないこと、常に争い合うこと」に見る視点もまた、メジャーなものです。
 この作品の鳥男も、飛べることより何より、つながれる、わかり合える、共有できる、という能力があるとされているのが、大きいのです。彼らは言語を越えて、想いや考えが伝え合え、理解し合える。反目することも、奪い争うこともないのです。そういう新人類、上位互換人類なのでした。
 そういう意味では、よくある、目新しくはない作品だとも言えます。でも、この作品には斬新とまでは言えないまでも、きらりと輝くものがあるのでした。それは新人類になった主人公の感性です。
 前半の、「鳥部」に象徴されるいかにも学園青春ものめいたパートも私はとても好きなのですが、後半にいたるこのテーマはわりと早くから提示されていて、そして英ちゃんの主張は最初から最後までわりと変わりません。
「戦うべきは今の世界だ。/でも、今の世界を壊す必要はない。」「みんなまとめて連れてってやるよ、/新しい世界に。」
 鳥男とはまた違った生まれ方、生み出され方をさせられたクローンや強化人間たちは、またそれぞれ思うところがあるわけですが、結局はここに収斂されていく。最初は人間に戻ることも選択肢に入れていた、というかそれを第一の目的にほとんどしていた英ちゃんも、やがて人間でなくなってしまったことを受け入れ、改めて鳥男として生きることを選び取り、しかし人間を他者、異物として捨てることはしません。まして復讐のために滅ぼそうなどとはしない。
 それは結局、英ちゃんが最初から最後まで、あたりまえですが英ちゃんだったからなのではないでしょうか。彼はこんな事態になる前からずっと、クラスでいつもひとりでいる、窓の外ばかり眺めている無口な転校生だった鷹山くんのことを気にしていました。そしてその鷹山くんがついに宇宙レベルの、次の世界の、別の次元の、鳥男たちとは違う白い翼を持つ存在になってしまったあとも、「お前が友だちじゃなくなるのは…/嫌だ!!」と叫ぶのです。
 彼は決して、孤高の、孤独のヒーローではない。他者とつながりたがる、そうでないと生きていくのがしんどい、社会的生物で、だから人間のことも見捨てないし、鷹山くんともつながり続けようとする。そして鷹山くんもまた、だいぶ希薄で、わかりづらくなっているかもしれないけれど、応えようとしてくれ続け、ちゃんとネオ鳥部の記念撮影に現れて、物語は終わります。
 これは少年漫画誌に連載された少年漫画で、でも現在の少年漫画誌の購買層のほとんどはすでに少年ではなく、この物語で言えばセラフに進化できない、おいていかれる人類側にいます。それが寂しくないのは、英ちゃんが人間を敵対視したり見捨てたり滅ぼそうとしないからでもあるし、彼もまた鷹山くんから見捨てられはしないであろうことが窺えるからです。我々人類は同種ですら完全にはつながり合えない駄目な種族なのだから、種を越えてわかり合えるなんて口が裂けても言えない。でも英ちゃんとなら、彼がいるセラフとなら、友達にならなれる気がする。英ちゃんは友達だと思ってくれる。そして鷹山くんがさらに上位の何かになってしまったのだとしても、英ちゃんたちセラフを介して我々もまた彼と友達でいられると夢見られる、信じられる。これはそんな友情の物語だったのではないでしょうか。英ちゃんはそれを体現してくれる、見事な主人公だったのでした。
 英ちゃんの「俺は、/あいつほど自由に空を飛ぶことはないだろう。」という、ややせつない、ある種のあきらめや悲しさすら漂うモノローグは、我々人間読者のものとしても還ってくる。そしてそれに続く「それでもーー」も、また。とてもとても美しいラストシーンだと思いました。

 本当は終盤、人類の半分を死に至らしめるウィルスはその後どうなったのか、とか、描かれていない部分も多いです。大人の半分が死ぬなんて、現行の社会機構の運営に多大な支障が出るだろうし、何より親兄弟がボロボロ死んでは残された若者からセラフになる元気だって奪われそうです。「帰れる人は1回おうち帰りなさいって言われ」て帰宅したセラフたちの親兄弟が死んでいた描写はなかったので、ワクチンがなんとかなったということなのかもしれません。それでもセラフと各国政府と、というか人間たちとの交渉は面倒なものになるでしょうし、むしろ人間同士の争いが激化することもありえるでしょう。そのあたりは描く紙幅が足りなかった印象があり、本当ならもっときちんといろいろと描きたかっただろうようにも見える部分です。でも最重要ではない、としてカットされたのならそれはそれで正しい判断でしょう。社会的すぎる部分とかは、あまり突き詰めると青年誌めいてきちゃう部分かもしれませんでしたしね。作家には描く力量が十分ありそうでしたけれどね。
 もうひとつ、この作品が友情とは別に家族とか家庭とかを大事に描いている点も、私はとても好感を持ちました。少年漫画が、ぶっちゃけ男性が愚かにも疎かにしがちなものだと思うから。でも絶対に必要不可欠なものなのであり、それをもっと物語の中でも周知徹底させていかなければならないものだと私は考えています。
 ラストの里帰りのくだりにあるように、英ちゃんたちの望みはもしかしたら、運命を変える力が欲しいとかそういったことよりもむしろ、萩尾望都『訪問者』でいうところの「家の中に住む許される子供でありた」い、というものの方が強かったのかもしれません。それはもちろん彼らが子供だからかもしれないけれど、子供で若くて幼くてセラフに進化できる可能性があるということと、親に愛され慈しまれ安心安全に育ててもらう必要がある、それを望んでしまう求めてしまうということは、矛盾しないというか表裏一体のことなのです。
 それが報われて、よかった。もちろん親側にとっても大事なことだったと思います。そのあたりがきちんと描かれていて、とてもいいなと私は思いました。
 あとは、逆にもしかしたら、全体を通してもう少しだけ、英ちゃんと鷹山くんの関係と、なんならそこにつばめの恋を絡めて三角関係を描くようなテイストにすることもありえたのかもしれません。鷹山くんに惹かれていたつばめがやがて英ちゃんに恋するようになる展開の、そして見ようによっては鷹山くんを追い続ける英ちゃんの構図がBLめいて見えるような。よりウェットで深く、より好みになったかもしれません。
 でも、それこそ女性作家が匂わせであれやりがちに思えることをやらないのが、またこの作家らしいところなのかもしれません。描きたい眼目はそこにはなかったんでしょうしね。怖いことを言えばセラフはもうそんなふうには恋愛し生殖しない生物なのだ…ということもあるのかもしれませんが、これはあくまで友情と、成長と、未来を描いた少年漫画、なのでした。でも七翼が男女半々に両性具有者ひとりだったのには配慮を感じたし、こういう配慮は残念ながら女性作家ならではなのではのことなのではないかな、とも思いました。あとあやめちゃんが早々にセラフ化を決断するところとか、とてもヨイ!

 ああ、新しい、おもしろい作品に出会えて幸せでした。カバーイラストやレイアウトのコンセプト始め、目次や奥付、空きページの埋め方のアイディアもセンスも素敵で、持っているのが嬉しくなるコミックスなのも幸せです。愛蔵し、読み返し、人に勧めまくり貸しまくっていきたいと思います。私の背中に翼が生えることはもう決してないのだとしても、翼ある者を愛することが私はできるつもりでいるのですから。







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