駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

佐川俊彦『「JUNE」の時代』(亜紀書房)

2024年07月23日 | 乱読記/書名さ行
 1970年代後半、アニメ専門誌が次々と創刊され、第一回コミックマーケットが開催されたおたく文化黎明期。同人文化、二次創作が盛り上がりを見せる中、密やかに「JUNE」という妖しい花が開花しつつあった…サン出版のアルバイトとして「JUNE」を企画、創刊した著者によるやおいBL紀元前、創世記、黎明編。サブタイトルは「BLの夜明け前」。

 著者は1954年生まれ、私のちょうど15歳年長です。いわゆるおたく第1世代とはこの間、著者寄りの60年前後に生まれている層をいうのではないでしょうか。でも私も遅ればせながらその時代感は共有して生きてきた意識があるので、とてもおもしろく読みました。当時の日記か覚え書きみたいな記録があるのか、はたまた記憶だけで書いているのかわかりませんが、貴重な証言だとも思いました。
 私は「JUNE」(ちなみに雑誌のロゴはJはともかくあとはすべてどう見ても小文字ですが、すべて大文字なのが正しい表記なのでしょうか…)自体を購読したことはまったくないのですが、存在はもちろん知っていましたし、中島梓『小説道場』を読んですごく刮目させられたことを覚えています。創作の作法みたいなことは私はこの本と鈴木光明『少女まんが入門』ですべて覚えた、と言っても過言ではありません。また、「JUNE」が創刊時に参考にしたというアニメ誌(というか創刊時はポップ・サブカルチャー誌で、アニメ特集が当たったのでそちらに舵をきったという印象)『OUT』(1977年創刊)はかなり初期から読者でしたし、「りぼん」を卒業するころ「LaLa」に出会いやがて「WINGS」に出会い(そしてJUNE出身の西炯子の初期作品を愛読した…)、一方で中学生のころおっかなびっくり行った地元の小さなアニメフェスみたいなものから同人文化を知り、やがて当時まだ晴海でやっていたコミックマーケットに行くようになった中高生のころ世は『キャプテン翼』二次創作大流行でやおい文化の大輪の花が咲き乱れ…という思春期・青春を送った身なので、ホント親近感、同時代感がある記録でした。
 当時BLという言葉はありませんでしたし、のちにBLという一大ジャンルが生まれても、「JUNE」とは違う、という認識もまた当時はしっかりありました。別格、とかいう意味ではなくて、目指す方向性、在り方みたいなのが違ったんですよね。それは成り立ちの違いによるものも大きいと思いますし、そういうところもきちんと書かれていて納得度が高かったです。1995年に休刊してからは(「小説JUNEは2004年休刊)もうかなり経ってしまっているわけで、当時のことなんか全然知らない、という世代も増えているからこそ、どう違っていたのか、という検証は必要で大事で、そういう意味でも大きな一冊だと思います。
 サン出版ではゲイ雑誌(これも当時ゲイという言葉はまったくメジャーではなく、フツーにホモ雑誌と呼ばれ、でも女性のヌードグラビアが載っているようなタイプのエロ本とはまた違う文化圏の雑誌…という認識だったかと思います)「さぶ」が先行していた風土(?)もあるわけですが、それも今で言う当事者が編集・刊行している感じはあまりなかったんですよね。「JUNE」もそうで、女性の間で「男の子同士」というのが流行っているから、と企画されたとはいえ、編集スタッフは著者含めて女性でもないし男性同性愛者でもなかったわけです。当時からわかるような不思議なような…などと思っていたのですが、この本に「女の子が好きだったから、女の子の読者のために雑誌をつくっていたのです」という一文があり、ソレだ!とこれまた納得しました。男性異性愛者でも、マッチョな方に行かずに、女性に寄り添おう、女性を知ろう、女性を楽しませようという方に行く稀有な存在がいるものなんですよね。でも、当時の当人も、何がウケるのか、何故ウケるのかよくわからないままに、同好の志の友人知人を巻き込んでいろいろ試行錯誤してみていた…その空気感もめっちゃわかります。給料や原稿料がちゃんと出ていたのかも謎ですが、そうしたことを許容する全体的な右肩上がり感、余裕や希望がある時代でした。そこから徒花のように花咲いていったボイスドラマやOVAなど、もはや望むべくもない令和の世になりはてた…とも思いました。だって最近の『らんま』だの『ぬ~べ~』だののリメイクのニュースって、要するにその残滓ですもんね…
 別ルートで萩尾望都や竹宮恵子が言語化している、何故「少年愛」だったのか、みたいなことに関してもしっかり語られていて、改めて納得できました。手塚治虫や横山光輝を読んで育った女子が大人になって、女性なのでいわゆる少女漫画を描き始め、しかし「女の子を主人公にすると少女マンガ的な制約が強すぎて、描きたい本来のストーリー展開ができなかった」から「男の子を主人公に」した。「男の子の立場になり代わって、女の子が言えないことを言わせる」、「少年を描くことでこれまで女性が受けてきた社会的な制約からの強い開放感があった」…そこで得た「自由」には「性的な自由」もあった。「女の子のままじゃダメで、美少年になったらできる。でも『中の人』は女の子なので、その対象の相手は男性になる。つまり、表面的にはゲイに見える。『少年愛』とはそういう仕組み」というのはとてもわかりやすい説明だなと思いました。逃避ではなく、脱出…これも、BLの生まれ方とは明らかに違うと思います。
 でも、そこから、女子の女子による女子のためのBLが生まれた。そちらのことは著者にはもう全然わからない…その感じもとてもよくわかりました。逆カプ争いに関する感想のくだりとかね。「JUNE」は役割を終え、著者もまた教えの仕事に転じていく…周りでは他界する人も出てくる年齢となりましたが、それでも長い人生、まだまだもう一展開あるかもしれないわけで、そんなポジティブさも素敵な一冊だな、と感じました。過度ではない自分語りでまとめられている様子に、わりと好感が持てたのです。よくある「あの大仕事は俺がやったんだ」というオレオレ詐欺的な自慢話感がないところがまた反マッチョで、読みやすかったのかもしれません。ひとつの総括として、とてもよくできている本だな、と思いました。興味がある方、オススメです!









コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『トスカ』 | トップ | 宝塚歌劇花組『ドン・ジュアン』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

乱読記/書名さ行」カテゴリの最新記事