駒子の備忘録

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『悪い男』~韓流侃々諤々リターンズ9

2020年06月16日 | 日記
 2001年、キム・ギドク監督。チョ・ジェヒョン、ソ・ウォン。

 ヤクザが一目惚れした女子大生を詐欺で陥れ売春宿に沈めて愛す、そしてまた女も…という、あらすじを言葉で説明するとオイオイと言いたくなる物語で、まあいかにもキム・ギドクな映画ではあります。最悪最上の純愛、とかキャッチコピーに謳われていたようですが…単なる男のドリーム、ロマン、ファンタジーとと取るか、それとも単なる露悪と取るか、はたまた…みたいな。
 今見ると、ちゃんと同意して契約して撮影してるんでしょうね?と疑念が湧く、というのは、ある。そしてそれとは別に、おそらく当時も、こういう物語を、単なる物語として消費してしまっていいのだろうか、という疑問も湧きます。
 文学的には、ないこともないのかもしれない。人間にはこういうこともあるのかもしれない。実際、美しいとも思えなくもない。というかちゃんとそう見えるようにちゃんと撮られた映画でもある。
 でも、こういうのも、男の男による女への刷り込みなのでしょうか。こういう理不尽さもまた愛なのだと感じるように、女は男に教育され毒されてしまっているのでしょうか。だから女も、というか少なくとも私は、こういうこともあるのかもしれない、これも愛なのかもしれない、と考えるようになってしまっている、ということなのでしょうか。
 それは真実、単なる暴力で、愛などではないのに。
 それとも、そうではないのか? だとしたらそれは誰が何をもって判定するものなのか?
 たとえば、我が身に起きたことでなければいいのか? 物語でならありえる、ありとされる、ということなどあるのか? 人は誰しも物語で学んだ感情をなぞるようにして実際の人生を生きていくものではないのか?
 物語を通して人に間違ったことを学ばせるのは害悪だ、でも本当に? その物語は本当に間違っているのか、間違った物語を与えることは本当に害悪か?
 感情を押しつけることはある種の暴力だろう。それがたとえ愛であっても、純真なものであっても。でも本当に? そうまでして愛されること、求められることに対する快感というものはないか? それもこうした物語で植え付けられてしまった偽物なのか?
 役者が素晴らしいだけに、映画として上質なだけに、答えのない問いをつきつけられるような気がする、これはそんな物語なのでした。

 キム・ギドク役者のチョ・ジェヒョンはもちろん、ヒロインのソ・ウォンが素晴らしい。キム・ギドク映画でデビューした女優さんだけれど、その後は活躍したのかしらん。あと売春宿の女主人役のキム・ジョンヨンがまたいいんだよね。今見るとちょっとハードボイルドなまさこに見えなくもない…(それはまさこではない(笑))



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