駒子の備忘録

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宝塚歌劇花組『カナリア』

2009年11月12日 | 観劇記/タイトルか行
 ル・テアトル銀座、2002年1月9日マチネ。
 地獄の悪魔学校では毎世紀末に卒業シーズンを迎える。近年まれに見る優等生のヴィム(匠ひびき)は、最後の課題を果たすため、助手のウカ(瀬奈じゅん)とともに人間界に舞い下りる。そこは2000年初頭のパリ。ヴィムの課題は、「最初に出会った人間を不幸にすること」というものだったが、彼が出会ったのは、これ以上不幸な境遇などありえないというような女性、アジャーニ(大鳥れい)だった… 作・演出/正塚晴彦、作曲/高橋城。
 年末年始公演であることを意識したのか、正塚先生には珍しいくらいミュージカル色が強く、楽しい公演でした。特に第一幕は出色の出来だったと思います。というのは、第二幕は、大道具の故障で舞台が数分の間暗転して芝居が中断したトラブルのせいか、ちょっと役者が浮き足立って見えて、間ややりとりが変だったりしせセリフの意味がつながらなく思えたところが多かったのです。
 それとも脚本が練れていなかっただけ? 私には結局のところアジャーニが何をしていたのかよくつかめなかったんですけれど。それと、アジャーニという名は彼女が勝手に名乗っていたもので本当の名前は違うんだ、だからそもそもヴィムが最初に「出会った」つまり名乗り合った人間は別人なんだ、というようなオチがあるのかと想像していたのですが、そんな設定じゃなかったんですね。だったらあの名前にまつわる会話はなんだったの?
 でもまあ本当におもしろかったです。ティアロッサミ(未沙のえる)の正体は薄々わかってはいましたが、こうして天使と悪魔がほぼ同数いて、転生(?)するたびに記憶をなくしているにせよ交流があって、人間界にちょっかい出し合っていてでも勝負は半々で、というのはよくある設定だし、納得できます。
 ひとつだけ改善を求めたいところは、エピローグのひとつ手前の、残されたアジャーニがひとり泣き崩れるシーンです。泣き崩れたまんまじゃなくて、どこかで涙をふりきって、顔を上げて、歩き出す、というようなお芝居にしてほしかったと思うのです。それがあればこそ、フィナーレのラストのふたりにまた違ったいい意味が生まれてくると思うのです。
 こうした小公演にはショー仕立てのフィナーレが付きますが、最後の最後はまた役に戻ってごあいさつ、という形になるのが通例です。ヴィムとアジャーニは芝居の中で着たのとは違う衣装、白いタキシードとドレスで現れました。それは主演ふたりだから、主役ふたりの特別衣装だから、でもあるでしょう。
 フィナーレの白装束といえば、現世で結ばれなかったふたりが死して天国で結ばれるというようなときのパターンでもありますが、その一方で、これは結婚衣裳の象徴でもある訳ですよね。つまりヴィムは今度は天使として無事天使学校を卒業し、天使として働き、いつか褒美か何かとして人間に生まれ変わらせてもらえるのかもしれない。ヴィムとの別れを乗り越えたアジャーニは天寿をまっとうし、その後もまた人間として生まれ変わるのかもしれない。そしていつかどこかで、それはすでに違う人間として同士なのだけれど、それでもこのふたりが出会って結ばれることがあるのかもしれない。その婚礼の式典がフィナーレのラストだ、と観ることはできるかもしれないじゃないですか。
 というか私はそう見て、それで幸せな気持ちになりたかったのです。今のままだと、天使も悪魔も人間界に干渉し、でも人間は天使よりも悪魔よりもしたたかだったりもして、で、それだけ、というふうにも見えてしまうと思うので。まあこのクールさがこの演出家の特徴なんですけれど。
 役者はラブロー神父(春野寿美礼)とシスター・ヴィノッシュ(遠野あすか)がよかったですね。遠野あすかはまだ下級生だと思うんですが、芝居心がありますねえ! 有望。逆にウカは役作りがぼんやりしていたかな。
 ヴィムとアジャーニはものすごくナチュラルなキャラクターでこれまたよかったです。私は、お芝居がわかりやすくなるようなよりカリカチュアライズされたキャラを望み勝ちなのですが(たとえばこの場合なら悪魔学校の優等生ですごく真面目で熱心でほとんど純朴なくらいのヴィムと、悪魔なんかより全然悪賢い悪女アジャーニとか)、このお芝居・この役に関してはこの普通さが合っていたと思います。しかしミドリちゃん(大鳥れい)は大健闘というか、普通の宝塚の娘役はなかなかこういう役をこういうふうにちゃんとはやれないと思います。すばらしかったです。
 それにしてもチャーリー(匠ひびき)…歌はまだややあやしいところもありましたが、いいスターさんなのになあ。本公演一回だけで退団というのは惜しまれます。
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