東京芸術劇場、2022年3月6日13時。
イングランド国王ヘンリー二世(佐々木蔵之介)は多くの戦果により領土を広げてきた。だが広大な領地アキテーヌを持つ歳上の妻・エレノア(高畑淳子)はヘンリーに反旗を翻したことで幽閉の身に。さらに人質として送られてきた先代フランス王の娘アレー(葵わかな)は美しく成長し、ヘンリーの愛妾となっていた。1183年のクリスマス、ヘンリーは妻と3人の息子たちを城に集める。そこにアレーの異母弟で現フランス王のフィリップ二世(水田航生)も現れ、「領土を返還するか、アレーをヘンリーの後継者と結婚させるか選ぶ年限が来た」と迫る…
作/ジェームズ・ゴールドマン、翻訳/小田島雄志、演出/森新太郎。1966年ブロードウェイ初演、全2幕。
68年の映画ではヘンリーがピーター・オトゥール、エレノアがキャサリン・ヘプバーンでリチャード(加藤和樹)はアンソニー・ホプキンズだったそうな。日本でも山崎努と岸田今日子、平幹二朗と麻実れいなどで上演されてきたそうです。私はタイトルだけ知っていて、ずっと観たいと思っていた作品でした。
私は確か中学生のころにこのプランタジネット朝にハマり(オタクですんません…)、アリエノール・ダキテーヌは私の中では大スターです。プランタジネットの開祖はこのヘンリー二世で、その父ジェフリーが戦地に行くときに帽子につけていたエニシダ(プランタ・ゲニスタ)に由来します。以来リチャード二世の治世まで続き、その後『PRINCE OF ROSES』の薔薇戦争に至るのでした。
この戯曲は20世紀のアメリカ人の手によるものですが、シェイクスピアの歴史劇に触発されているのだろう、とのこと。私が考えるとてもお芝居らしいお芝居で、おもしろく観ました。役者は7人、最低限の舞台転換、台詞劇。場の切れ目にタペストリー調の幕がいちいち引かれるのも雰囲気を出していてとてもよかったです。簡素なセット(美術/堀尾幸男)も素晴らしい。そしてヘンリーとエレノアは毛皮をまとったりしているしアレーは肩なんか出してチュールも引いたプリンセスなお衣装なのに、三王子と元王子にして若きフランス王フィリップはスーツ(衣裳/ゴウダアツコ)というのがニクい! というかジョン(浅利陽介)なんかリーゼントに黒の革ジャンですけどね。フィリップが白の三つ揃え、リチャードはグレーのジャケットに黒パンツ、メガネ!でジェフリー(永島敬三)は黒のスーツにネクタイ、というのがもうハマりすぎてサイコーでした。
ヘンリー夫妻は血筋としてはフランス人の、けれど継承権的にたまたまイングランド国王夫妻になったような人たちで、当時の領土もイングランドより大陸側に多く、物語の舞台も今はフランスのシノン城です。そこで行われる家族会議というか相談というか論戦というかなんというか…は、二国間の紛争や戦争や取引や契約にまつわるある種血生臭いものなのですが、所詮は家族喧嘩であり夫婦漫才のようでもあります。膨大な台詞で紡がれるシニカルでシュールなペーソスあふれるせつないコメディ…堪能しました。
ライオンとはヘンリーのことで、今日にまで至る英国王室の紋章に初めて獅子を持ち込んだのが彼だったそうです。そして冬とは人生の晩年、末期を意味します。だから主人公、タイトルロールはヘンリーです。でもお話の始めこそ彼とアレーの場面でしたが、ラストは彼とエレノアで締めたので、何か夫婦ふたりともを示すタイトルにしてもよかったのではないかしらん、とも思いました。
だってやっぱり男ひとりでは何もできないんですよ。妻に息子を産んでもらって跡を継いでもらえないと、何も残らない。何を得ようと築こうと、墓場へは持っていけないのですから。それにヘンリーはアレーにベタ惚れで年上の古女房エレノアに辟易しているように見えて、アレーを全然尊重していないようでもあるしエレノアには執着しているようでもある。なので夫婦の物語として仕上げてもいいのではないのかな、と思ったのです。一対の男女からしか次の世代の人間は生まれない、継いでいってもらわなければ何もかも雲散霧消する。人間は永遠には生きられないのだから。なのにこのヘンリーはリチャードを毛嫌いしジョンを溺愛し、さりとて結局は自分が一番で何も手放そうとしない。じたばた駄々っ子のように暴れるだけで、何も進まないし何も解決しない一夜の物語、それがこのお話です。ミッドライフクライシスのお話でもあるようですが、当時50歳といえばもういつ亡くなってもおかしくない老齢とみなされていたでしょう。事実ヘンリーのこの先は長くない、けれどエレノアは80歳とかまで生き長らえたのでした。となるとやはりこれはヘンリーの物語、なのかなあ…ともあれ、わあわあ喧嘩しても何も解決しないし前進もしない、とても人間臭いお話でした。
佐々木蔵之介は絶妙でしたね。おっさんではある、でも若々しくは見える、でもすごーくしょうもない、でもそこがまたチャーミングでもある。王様らしくふんぞり返っているようなことはほぼなくて、跳んだり跳ねたり転げ回ったりと大忙し。台詞の量といい大変な労働量でしょうが、ものすごい集中力で舞台を引っ張っていたと思います。素晴らしかったです。
高畑淳子もいつでも上手くてどんなキャラにもなれる人で大好きですが、声とか言い回しがターコさんと同じ枠の女優さんだよね、とふと気づきました。この人の方がからっとしているけれど…これまた怪演と言っていい素晴らしさだったと思います。
それからすると初ストプレの葵わかなはちょっと声がキンキンしてかつ声量が足りないかな…と思っていたらまさかまさかの二幕の豹変ぶりが圧巻で、前半は計算のうちだったのかと舌を巻きました。アレーは単にエレノアと対照的な役、というだけではない大きな意味のある女性像だと思います。ある種、愛に生きているようで現代の観客が共感しやすいかもしれない。でも当人が気づいていなくてもこれはストックホルム症候群に近い、立派な虐待ですよね。それでもこういう立場のこういう女性には、こういう生き方しかできない時代だったのです…そのこともちゃんと背後に示せていた、いい演技だったと思いました。
加藤和樹、かーっこいーい! 声が良くてデカくて押し出しあって居丈高な軍人っぷり、サイコーでした。でもいじましい次男なんだよねホントは、そこがいいキャラでした。ホントは三男なんだけど、長男が夭逝して、次男から繰り上がった若ヘンリーの陰でずっと苦しかったのでしょう。さらにものごころついたころに両親が不仲になり、彼は母親についたものの彼女がものすごく何かをしてくれるわけでもなく、父親は末っ子ジョンを溺愛して…自分を認めてもらいたくて、愛してもらいたくて、必要としてもらいたくて、もがいてもがいた人なんですよね。上手い! アレーのお姫様抱っこからの俵担ぎもさすがでした。
でも真の真ん中っ子ジェフリーがやはり私のツボでした。母に愛され後継者としてみなされているリチャードと、父に愛され自由気ままにわがままに甘えまくり暴れまくるジョンの間で、まあまあそつなくちゃんとしているからこそ放任され無視されてきた彼…たまらんかったなー、そしてこの人も声が色っぽかった。さすが柿食う客…!
浅利陽介を舞台で観るのは私は久々な気がしましたが、この人もまた上手いんですよね…実際以上に小柄に見せているのも上手いと思いました。
そこへ長身の水田くんがまた効いてくるんだ…! しかもまた絶妙な若造感が上手い。そしてなんなのリチャードとのBLは! 手紙を書かなかったのは返事が来ないと思ったからだ、って何ソレ萌える! そりゃフィリップは国王ですものさっさと結婚しちゃうよねー! はーたまらん…
と、みんな上手くて素晴らしい舞台だったのでした。
ちなみにプログラムがサイズがコンパクトででも内容は必要十分かつ充実していて良心的にお安かったのも素晴らしかったです。表紙の金のドットはツリーになっているんですね、オシャレ!
そういえばエレノアがツリーの下に置いたプレゼントは結局開けられなかったのかしらん、クリスマスの朝はみんなそれどころではなかったような気が…それもまた、せつないです。この作品を象徴する、良きアイテムとなっているのかもしれません。
イングランド国王ヘンリー二世(佐々木蔵之介)は多くの戦果により領土を広げてきた。だが広大な領地アキテーヌを持つ歳上の妻・エレノア(高畑淳子)はヘンリーに反旗を翻したことで幽閉の身に。さらに人質として送られてきた先代フランス王の娘アレー(葵わかな)は美しく成長し、ヘンリーの愛妾となっていた。1183年のクリスマス、ヘンリーは妻と3人の息子たちを城に集める。そこにアレーの異母弟で現フランス王のフィリップ二世(水田航生)も現れ、「領土を返還するか、アレーをヘンリーの後継者と結婚させるか選ぶ年限が来た」と迫る…
作/ジェームズ・ゴールドマン、翻訳/小田島雄志、演出/森新太郎。1966年ブロードウェイ初演、全2幕。
68年の映画ではヘンリーがピーター・オトゥール、エレノアがキャサリン・ヘプバーンでリチャード(加藤和樹)はアンソニー・ホプキンズだったそうな。日本でも山崎努と岸田今日子、平幹二朗と麻実れいなどで上演されてきたそうです。私はタイトルだけ知っていて、ずっと観たいと思っていた作品でした。
私は確か中学生のころにこのプランタジネット朝にハマり(オタクですんません…)、アリエノール・ダキテーヌは私の中では大スターです。プランタジネットの開祖はこのヘンリー二世で、その父ジェフリーが戦地に行くときに帽子につけていたエニシダ(プランタ・ゲニスタ)に由来します。以来リチャード二世の治世まで続き、その後『PRINCE OF ROSES』の薔薇戦争に至るのでした。
この戯曲は20世紀のアメリカ人の手によるものですが、シェイクスピアの歴史劇に触発されているのだろう、とのこと。私が考えるとてもお芝居らしいお芝居で、おもしろく観ました。役者は7人、最低限の舞台転換、台詞劇。場の切れ目にタペストリー調の幕がいちいち引かれるのも雰囲気を出していてとてもよかったです。簡素なセット(美術/堀尾幸男)も素晴らしい。そしてヘンリーとエレノアは毛皮をまとったりしているしアレーは肩なんか出してチュールも引いたプリンセスなお衣装なのに、三王子と元王子にして若きフランス王フィリップはスーツ(衣裳/ゴウダアツコ)というのがニクい! というかジョン(浅利陽介)なんかリーゼントに黒の革ジャンですけどね。フィリップが白の三つ揃え、リチャードはグレーのジャケットに黒パンツ、メガネ!でジェフリー(永島敬三)は黒のスーツにネクタイ、というのがもうハマりすぎてサイコーでした。
ヘンリー夫妻は血筋としてはフランス人の、けれど継承権的にたまたまイングランド国王夫妻になったような人たちで、当時の領土もイングランドより大陸側に多く、物語の舞台も今はフランスのシノン城です。そこで行われる家族会議というか相談というか論戦というかなんというか…は、二国間の紛争や戦争や取引や契約にまつわるある種血生臭いものなのですが、所詮は家族喧嘩であり夫婦漫才のようでもあります。膨大な台詞で紡がれるシニカルでシュールなペーソスあふれるせつないコメディ…堪能しました。
ライオンとはヘンリーのことで、今日にまで至る英国王室の紋章に初めて獅子を持ち込んだのが彼だったそうです。そして冬とは人生の晩年、末期を意味します。だから主人公、タイトルロールはヘンリーです。でもお話の始めこそ彼とアレーの場面でしたが、ラストは彼とエレノアで締めたので、何か夫婦ふたりともを示すタイトルにしてもよかったのではないかしらん、とも思いました。
だってやっぱり男ひとりでは何もできないんですよ。妻に息子を産んでもらって跡を継いでもらえないと、何も残らない。何を得ようと築こうと、墓場へは持っていけないのですから。それにヘンリーはアレーにベタ惚れで年上の古女房エレノアに辟易しているように見えて、アレーを全然尊重していないようでもあるしエレノアには執着しているようでもある。なので夫婦の物語として仕上げてもいいのではないのかな、と思ったのです。一対の男女からしか次の世代の人間は生まれない、継いでいってもらわなければ何もかも雲散霧消する。人間は永遠には生きられないのだから。なのにこのヘンリーはリチャードを毛嫌いしジョンを溺愛し、さりとて結局は自分が一番で何も手放そうとしない。じたばた駄々っ子のように暴れるだけで、何も進まないし何も解決しない一夜の物語、それがこのお話です。ミッドライフクライシスのお話でもあるようですが、当時50歳といえばもういつ亡くなってもおかしくない老齢とみなされていたでしょう。事実ヘンリーのこの先は長くない、けれどエレノアは80歳とかまで生き長らえたのでした。となるとやはりこれはヘンリーの物語、なのかなあ…ともあれ、わあわあ喧嘩しても何も解決しないし前進もしない、とても人間臭いお話でした。
佐々木蔵之介は絶妙でしたね。おっさんではある、でも若々しくは見える、でもすごーくしょうもない、でもそこがまたチャーミングでもある。王様らしくふんぞり返っているようなことはほぼなくて、跳んだり跳ねたり転げ回ったりと大忙し。台詞の量といい大変な労働量でしょうが、ものすごい集中力で舞台を引っ張っていたと思います。素晴らしかったです。
高畑淳子もいつでも上手くてどんなキャラにもなれる人で大好きですが、声とか言い回しがターコさんと同じ枠の女優さんだよね、とふと気づきました。この人の方がからっとしているけれど…これまた怪演と言っていい素晴らしさだったと思います。
それからすると初ストプレの葵わかなはちょっと声がキンキンしてかつ声量が足りないかな…と思っていたらまさかまさかの二幕の豹変ぶりが圧巻で、前半は計算のうちだったのかと舌を巻きました。アレーは単にエレノアと対照的な役、というだけではない大きな意味のある女性像だと思います。ある種、愛に生きているようで現代の観客が共感しやすいかもしれない。でも当人が気づいていなくてもこれはストックホルム症候群に近い、立派な虐待ですよね。それでもこういう立場のこういう女性には、こういう生き方しかできない時代だったのです…そのこともちゃんと背後に示せていた、いい演技だったと思いました。
加藤和樹、かーっこいーい! 声が良くてデカくて押し出しあって居丈高な軍人っぷり、サイコーでした。でもいじましい次男なんだよねホントは、そこがいいキャラでした。ホントは三男なんだけど、長男が夭逝して、次男から繰り上がった若ヘンリーの陰でずっと苦しかったのでしょう。さらにものごころついたころに両親が不仲になり、彼は母親についたものの彼女がものすごく何かをしてくれるわけでもなく、父親は末っ子ジョンを溺愛して…自分を認めてもらいたくて、愛してもらいたくて、必要としてもらいたくて、もがいてもがいた人なんですよね。上手い! アレーのお姫様抱っこからの俵担ぎもさすがでした。
でも真の真ん中っ子ジェフリーがやはり私のツボでした。母に愛され後継者としてみなされているリチャードと、父に愛され自由気ままにわがままに甘えまくり暴れまくるジョンの間で、まあまあそつなくちゃんとしているからこそ放任され無視されてきた彼…たまらんかったなー、そしてこの人も声が色っぽかった。さすが柿食う客…!
浅利陽介を舞台で観るのは私は久々な気がしましたが、この人もまた上手いんですよね…実際以上に小柄に見せているのも上手いと思いました。
そこへ長身の水田くんがまた効いてくるんだ…! しかもまた絶妙な若造感が上手い。そしてなんなのリチャードとのBLは! 手紙を書かなかったのは返事が来ないと思ったからだ、って何ソレ萌える! そりゃフィリップは国王ですものさっさと結婚しちゃうよねー! はーたまらん…
と、みんな上手くて素晴らしい舞台だったのでした。
ちなみにプログラムがサイズがコンパクトででも内容は必要十分かつ充実していて良心的にお安かったのも素晴らしかったです。表紙の金のドットはツリーになっているんですね、オシャレ!
そういえばエレノアがツリーの下に置いたプレゼントは結局開けられなかったのかしらん、クリスマスの朝はみんなそれどころではなかったような気が…それもまた、せつないです。この作品を象徴する、良きアイテムとなっているのかもしれません。