シアターイースト、2022年3月26日17時。
サロメ(朝海ひかる)はずっと耐えてきた。支配的な母ヘロディア(松永玲子)のまなざしに、義父ヘロデ(ベンガル)のじっとりしたまなざしに、そして「風俗王の娘」である自分に向けられた好奇と侮蔑が混じった周囲のまなざしに。満月が輝く夜、ユダ屋グループ率いるヘロデの六十歳生誕祭が開かれる。屋敷に紛れ込んだ預言者ヨカナーン(牧島輝)に出会ったサロメは雷のような衝撃に打たれるが…
原案/オスカー・ワイルド、脚本/ペヤンヌマキ、演出/稲葉賀恵。朝海ひかる芸能生活三十周年記念公演。全1幕。
私はこの戯曲が好きで過去にいくつかいろいろ観ています。こちらやこちらやこちらなど。今回は脚本、演出が女性なのでひと味変えてくるか…?とか、南部(東谷英人)、奈良(伊藤壮太郎)、吉田(萩原亮介)といった名前の登場人物がいるようなので現代日本に翻案したもの…?とか、さてどうなることかと観ていました。プログラムによればヘロディアは52歳でサロメは32歳の設定だそうです。ヘロデはキャバクラなんかを手広くやっていて儲けている男、という設定の模様。12歳のときに母の再婚でこの父親の娘となったサロメは、バレエだけをずっと続けている、恋をしたこともない女、とされていました。変な名前、とされているし、ヘロデやヘロディアのお衣装はパーティーの仮装なのかもしれず、やはりそこはかとなく日本感が漂い、余計にざらざらします。が、それだけとも言えて、私は中盤はやや退屈しました。
が、今回の翻案にはやはり意味があったのです。後半が、というかラストが、まさしくラストショットが重大な意味を持っていたのです。
サロメがヨカナーンの首を欲しがり、ヘロデに指示されて南部が斬って差し出すわけですが、吉田が密告したらしく事態は警察沙汰になります。今まで賄賂か何かでごまかしてきたさまざまな非合法な悪事も暴露され、ヘロデの仕事は炎上しおそらく逮捕されたのでしょう、実行犯として逮捕されたらしき南部が獄中から語ります。ヘロデの事業は崩壊し、サロメは行方知れずになった、と。ヨカナーンとの新生活を夢見て支度など進めていたサロメは、ヨカナーンの首にキスをしたあと、ひとり去ったようなのです。
そう、この作品にはもとの戯曲のラストのあの「その女の首を刎ねよ!」がないのです。このサロメは死なない、殺されないのです。ヨカナーンの首をねだるためにヘロデの前で踊ったときよりさらに激しいダンスを、サロメは最後に再び踊ります。そして空中に飛び上がる…私には『ボレロ』のジョルジュ・ドンのポーズが想起されました。空中に飛び上がったところを強い照明が捕らえて、そして暗転、終幕でした。震えましたね! それまでの退屈が吹っ飛びました。
コムちゃんは今でも素晴らしいダンサーで、でも変わらず小顔なわりには体には年齢相応の肉がついて現役時代より厚みが出ていて、そのボリューム感がかえって良くて、やっと生身のひとりの人間の女として生きていけるサロメ…というものを体現しているように思えました。実際には苦労知らずのお嬢様育ちでこの先苦労するだけなのかもしれません。でも少なくとも生きている。サロメはストーリー展開のためにある種不必要に殺されてきた何百万何千万といるヒロインのひとりですが、このサロメは生き延びたのです。生きて親の家を抜け出せたのです、これは大きい。「1人の女性の自立と解放」、プログラムにあった言葉どおりのすがすがしいラストシーンでした。
萩原亮介の声と佇まいがとても素敵でした。というか他のふたりもめっちゃ上手くて効果的でした。コムちゃんと実年齢がほぼ変わらないという松永玲子も色っぽくて嫌みっぽい母親役でとてもよかったです。ヨカナーンは…難しい役だけど、よくわからなかったかな。もっと身体的にものすごく特徴のある俳優さんを起用するとおもしろかったのかもしれません。すっごく背が高いとかすっごく痩せてるとか、ものすごく美形だとか。違う次元にいる人間、という感じがもっとあるといいのかなと思ったのです。
あ、わざとなんだろうけどBGのセレクトのベタさはちょっとおもしろすぎちゃったかもも…
ちょうど東京公演の折り返しくらいだったのかな? 大阪公演の洛まで、どうぞご安全に…!
サロメ(朝海ひかる)はずっと耐えてきた。支配的な母ヘロディア(松永玲子)のまなざしに、義父ヘロデ(ベンガル)のじっとりしたまなざしに、そして「風俗王の娘」である自分に向けられた好奇と侮蔑が混じった周囲のまなざしに。満月が輝く夜、ユダ屋グループ率いるヘロデの六十歳生誕祭が開かれる。屋敷に紛れ込んだ預言者ヨカナーン(牧島輝)に出会ったサロメは雷のような衝撃に打たれるが…
原案/オスカー・ワイルド、脚本/ペヤンヌマキ、演出/稲葉賀恵。朝海ひかる芸能生活三十周年記念公演。全1幕。
私はこの戯曲が好きで過去にいくつかいろいろ観ています。こちらやこちらやこちらなど。今回は脚本、演出が女性なのでひと味変えてくるか…?とか、南部(東谷英人)、奈良(伊藤壮太郎)、吉田(萩原亮介)といった名前の登場人物がいるようなので現代日本に翻案したもの…?とか、さてどうなることかと観ていました。プログラムによればヘロディアは52歳でサロメは32歳の設定だそうです。ヘロデはキャバクラなんかを手広くやっていて儲けている男、という設定の模様。12歳のときに母の再婚でこの父親の娘となったサロメは、バレエだけをずっと続けている、恋をしたこともない女、とされていました。変な名前、とされているし、ヘロデやヘロディアのお衣装はパーティーの仮装なのかもしれず、やはりそこはかとなく日本感が漂い、余計にざらざらします。が、それだけとも言えて、私は中盤はやや退屈しました。
が、今回の翻案にはやはり意味があったのです。後半が、というかラストが、まさしくラストショットが重大な意味を持っていたのです。
サロメがヨカナーンの首を欲しがり、ヘロデに指示されて南部が斬って差し出すわけですが、吉田が密告したらしく事態は警察沙汰になります。今まで賄賂か何かでごまかしてきたさまざまな非合法な悪事も暴露され、ヘロデの仕事は炎上しおそらく逮捕されたのでしょう、実行犯として逮捕されたらしき南部が獄中から語ります。ヘロデの事業は崩壊し、サロメは行方知れずになった、と。ヨカナーンとの新生活を夢見て支度など進めていたサロメは、ヨカナーンの首にキスをしたあと、ひとり去ったようなのです。
そう、この作品にはもとの戯曲のラストのあの「その女の首を刎ねよ!」がないのです。このサロメは死なない、殺されないのです。ヨカナーンの首をねだるためにヘロデの前で踊ったときよりさらに激しいダンスを、サロメは最後に再び踊ります。そして空中に飛び上がる…私には『ボレロ』のジョルジュ・ドンのポーズが想起されました。空中に飛び上がったところを強い照明が捕らえて、そして暗転、終幕でした。震えましたね! それまでの退屈が吹っ飛びました。
コムちゃんは今でも素晴らしいダンサーで、でも変わらず小顔なわりには体には年齢相応の肉がついて現役時代より厚みが出ていて、そのボリューム感がかえって良くて、やっと生身のひとりの人間の女として生きていけるサロメ…というものを体現しているように思えました。実際には苦労知らずのお嬢様育ちでこの先苦労するだけなのかもしれません。でも少なくとも生きている。サロメはストーリー展開のためにある種不必要に殺されてきた何百万何千万といるヒロインのひとりですが、このサロメは生き延びたのです。生きて親の家を抜け出せたのです、これは大きい。「1人の女性の自立と解放」、プログラムにあった言葉どおりのすがすがしいラストシーンでした。
萩原亮介の声と佇まいがとても素敵でした。というか他のふたりもめっちゃ上手くて効果的でした。コムちゃんと実年齢がほぼ変わらないという松永玲子も色っぽくて嫌みっぽい母親役でとてもよかったです。ヨカナーンは…難しい役だけど、よくわからなかったかな。もっと身体的にものすごく特徴のある俳優さんを起用するとおもしろかったのかもしれません。すっごく背が高いとかすっごく痩せてるとか、ものすごく美形だとか。違う次元にいる人間、という感じがもっとあるといいのかなと思ったのです。
あ、わざとなんだろうけどBGのセレクトのベタさはちょっとおもしろすぎちゃったかもも…
ちょうど東京公演の折り返しくらいだったのかな? 大阪公演の洛まで、どうぞご安全に…!