駒子の備忘録

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町田粥『吉祥寺少年歌劇』(祥伝社フィールヤングコミックス全1巻)

2021年10月25日 | 乱読記/書名か行
 吉祥寺少年歌劇は男子のみで構成される伝統の歌劇団。入団へは付属の音楽学校への入学が必須である。81期生の進藤瑞穂は男役に憧れて入団したのに、娘役と判定されてショックを隠せずにいた。主席候補の白井寿に娘役への不満をこぼすと「じゃあ早くやめろ」と冷たく言い放たれてしまい…自らの理想と、思いどおりにならない現実との間で、己のすべてを懸けて夢の舞台を目指す少年たちの青春輪舞曲。

 よしながふみ『大奥』もそうでしたが、男女はそもそも非対称なので単に逆転してもいろいろとねじれが出て、それがおもしろい、ということがあります。
 この作品でも、「西の宝塚、東の吉祥寺」ということで、男子だけが出演できて男子が男役も娘役もやる吉祥寺歌劇というものがある、という設定になってはいますが、ファンは宝塚歌劇同様に女性が多いようで、歌舞伎の女形同様に娘役がいじらしいと人気もあるらしいけれどトップスターは男役で、宝塚歌劇同様に男役偏重であるようです。そしてこの作品も少女漫画ですし、主に女性読者が読むものでしょう。
 でも、集まった若者たちが、いろんな夢や理想や希望がありながらも、自分の身体や特徴や個性の壁にぶつかりながらももがき、成長し、何かを得ていく…という青春模様、という意味では変わらない…のかな。匂わせ同性愛みたいなものが特に扱われていない点も好感が持てました。この設定ならBLっぽくすることは全然簡単だと思うんですけれどね。
 逆に明らかに現実の宝塚歌劇と違う設定としては、音校の寮が予科生は6人か8人くらいの大部屋なこと、男役志望の生徒はネクタイ、娘役志望の生徒はリボンタイを選ぶ儀式があること、卒業のときには銀の鈴が贈られること…でしょうか。これらの設定もなかなか上手く生かされていて、なかなかおもしろかったです。
 1話完結のオムニバスで、メインキャラの中から毎回順繰りに視点人物が変わるスタイルですが、一応瑞穂が主人公だと思うので、もっと全体の尺があればそれがより掘り下げられ確立できたんだろうな、とは思います。現状では、擬音の描き文字と描き文字台詞が見分けづらかったり、その視点人物のものではないモノローグが挿入されることがあったりと、漫画としての下手さのために読みづらかったり、読者がキャラに感情移入しづらかったり、この物語、エピソードをどう捉えていいのかととまどわせる部分が多いなと感じました。人気がなくて巻いたのか、そもそもハナから1巻本の予定だったのか…でも最終話は明らかに拙速にすぎた気がして、本当にもったいなかったです。メインの物語は音校時代ということだったのだとしても、劇団に入ってからもいろいろあるはずだし、組替えもトップコンビ結成ももっといろいろあったろうし、何よりコロナで卒業の大千秋楽が無観客配信なんて、我々ファンでも消化しきれていないくらいの頃に描かれたはずで、物語として落ち着けるにはちょっと生々しすぎたし、盛り込みすぎ、駆け足すぎな気がしたのです。
 とにかく全体に、せっかくの設定なんだからもっとねちねち読みかったなー、と思う作品でした。でもおもしろかったです。違う性別を演じてみたい、違う人間になって違う人生の物語を生きてみたい、それができる技能を手に入れたい、発揮したい、そしてそれを人に観てもらって喜ばれたい…という欲望には性差はないんだな、おもしろいなと思いましたし、でも女性が男役を目指すことと男性が娘役を目指すことの苦労その他はけっこう違うんだろうし、女性が娘役で苦労することと男性が男役で苦労することもまた微妙に違うのでしょう。そしてそれぞれ不思議な偏見や思い込みやあるいはこだわり、醍醐味があって、でもそれでかかる魔法がその舞台にはあるのでしょう。それに魅せられて、私たちファンは今日も劇場に通うのでした。

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