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「江戸繁昌記 ニ篇」 23 散楽(能)5

(庭の木陰にひっそり咲くヤブラン)

「江戸繁昌記 二編」の解読を続ける。今日で「散楽(能)」の項は終る。

天保二年秋、猿若勘三郎、世を継ぎ、坐を践す。例を照(てら)して古演戯を作し、古什具を陳す。予、戯場に往かざるは、今に廿年。然もその古(いにしえ)の字(な)を聞くなり。古を観るの観、観を試さんと欲して、適々(たまたま)一賞古客の邀(むか)うるに遇(あ)う。因って観るを得たり。
※ 践す(せんす)- ふみ行う。地位につく。
※ 演戯(えんぎ)- ここでは、演劇。芝居。
※ 什具(じゅうぐ)- 日常使う道具や家具。什器。
※ 一賞(いちしょう)- 一舞台をめで楽しむ。


戯台(舞台)一面、散楽場を作(な)す。人もまた散楽なり。物もまた散楽なり。既にして伎(わざ)を呈すれば、則ち、鼓声、笛音、皆な渋くて且つ低し。更に雑(まじ)ゆるに、三弦を以ってす。似て非なるもの、終に散楽たることを得ざるなり。始めて、前日の睡の惜しむべきを覚う。
※ 三弦(さんげん)- 雅楽で用いる三種の弦楽器。和琴(わごん)・琵琶・箏の総称。

初め、古器数色を陳す。錦綺爛燦、匣(はこ)発すれば、光、(ふる)。居士、遠く聾楽棚(ツンボウサジキ)に在り。細かにその何物たるを、審(つまびら)かにすること能わず。
※ 数色(すうしょく)- 数種。
※ 錦綺(きんき)- にしきとあやぎぬ。あやにしき。
※ 爛燦(らんさん)- 光り輝くさま。また、華やかで美しいさま。
※ 発す(はっす)- ひらく。
※ 揮う(ふるう)- まき散らす。外にあらわし出す。


(わず)かに、官に賜る金麾を認むるのみ。今の団十郎白(もう)す。年、纔かに十歳許りなるべし。一拝一白、詳(つまびら)かに故事を演説す。然し、稠人中、少く屈色無く、声朗かに辞(ことば)達す。謂うべし。市川氏、子有り成り立つ。想うべし。嗟嘆して帰る。
※ 官に賜る金麾 -「金麾(きんき)」は金色の麾(まねき)。「麾(まねき)」は、幟の上部の横竿に付ける小旗で、古くは経文や護符や吉言が書かれていて、幟に描かれている一族の紋所に武運と栄を招く物とされた。なお、この時、猿若勘三郎が披露した「金麾(きんき)」は、寛永九壬申年、伊豆国より「あたけ丸」と云う大船入湊の節、綱引きの音頭を勤めた時に、拝受したものという。
※ 一拝一白(いっぱいいっぱく)- 一目見て一言申す。「拝白」は拝啓と同じ。
※ 稠人(ちゅうじん)- 多くの人。衆人。
※ 屈色(くっしょく)- 退屈する様子。
※ 嗟嘆(さたん)- 非常に感心して褒めること。嘆賞。


寛永元年、中村氏の戯場開基。その続き行わるゝもの二百餘年、その家、相継ぎて今十二世に至ると云う。
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