河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

PC版に一覧等リンクあり。
OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

2697- オール・ワーグナー・プログラム、上岡敏之、新日フィル、2019.5.10

2019-05-10 23:20:25 | コンサート

2019年5月10日(金) 7pm サントリー

オール・ワーグナー・プログラム

タンホイザー、序曲とバッカナール(パリ版)  12+8

トリスタンとイゾルデ、前奏曲と愛の死  12+6

Int

神々の黄昏第1幕、ジークフリートのラインへの旅  10

神々の黄昏第3幕、ジークフリートの死と葬送行進曲  13

パルジファル、第1幕前奏曲と第3幕フィナーレ  13+5


上岡敏之 指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団


オペラをこれまでたくさん振って来たであろう上岡のオペラ棒は残念ながら知る由もない。今日はその一端でも垣間見ることが出来ればと思う。オール・ワーグナー・プロというあたりにも意気込みがうかがわれる。

例によってNJPの絹ごしの様な柔らかなサウンドを最大限生かしたフェザータッチの音楽は、流れたり止まったり、ドラマチックな装いにも独特なものが感じられた。かなりなアクがあると言えばそうかもしれないが、これが上岡流なのだろう。他の作品でも同じだし、かと思えば抜けるような爽やかさもあったりする。気分が演奏を左右しているのではなくて確固とした方針はしっかり感じることができる。

前半はタンホイザーとトリスタン。
タンホイザーは序曲とバッカナールで20分、第1幕の半分とまではいかずともそうとうな長尺もの。間延びせずスッキリとしていましたね。ここはメリハリがよく効いていてまた、序曲とバッカナールのコントラストがお見事。オペラの起伏ですね。身をもってわかっている指揮は強い。

トリスタンは、棘も毒も枝垂れ柳、角の無い音楽は縁どりも柔らかく地獄の淵を垣間見る。
前奏曲のお仕舞のところのコントラバスはまるで聴こえない。そしてブリッジとなるピチカートはさらにほとんど聴こえない。このコントラバスの運びは一体何なのか。これが上岡流オペラの淵なのだろうか。オペラならこの圧倒的静寂の中、第1幕の幕が開くわけだ。それはそれで観てみたいものだ。
ここではそのまま愛の死に引き継がれる。蝋燭の火の様な明かりが遠くに見え徐々に近づいてくるような音楽は死の予告としてはふさわしいものだろう。この前奏曲と愛の死でひとつのドラマを作り上げていた。見事な棒と言えよう。

後半はカミタソとパル。
カミタソは一部割愛があったかと思う。圧倒的な音楽の演奏というわけでもない。リング全体の頂点をここに持ってきているわけではないという気もしますね。そんな中、先ほどのトリスタンと同じ方針なのか、ジークフリートの死の二つの打撃前のコントラバスをクレシェンドで引き伸ばしていくところ、ここもびっくりで、ノークレシェンド、というよりも、ほとんど全く聴こえてこない。一体どうしたことか。ワーグナーの上岡流カタストロフィが完膚なきまで決まった瞬間という言葉しか見当たらない。

最後はパルジファルの前奏曲とフィナーレ。
このフィナーレは肩透かし的短さで、あすこらあたりは音がただ漂う境地の着地ポイント探しの音楽。その漂いを5分ほど流されても、こっちとしては、ティンパニに導かれたグッドフライデーあたりから全部やって欲しいのが本音。いつか彼の振る全曲を聴いてみたいものだ。是非。

ワーグナープロ、上岡のオペラ節がよくわかる内容で、楽しめました。
おわり






コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。