河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

PC版に一覧等リンクあり。
OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

折れない腹をもつ日本の聴衆 ニューヨーク・フィル2006年来日公演 -4-

2006-11-21 00:01:00 | 音楽

今回のニューヨーク・フィル来日公演は冠(かんむり)コンサートです。

日本の名だたる有名企業が自社の宣伝費を使って来日公演をバックアップしたものです。河童のような市井のファンにとっては、有名企業は神様です。

今後も永久に補助し続けてください。このたびもこのような素晴らしい企画を一回29千円という低価格で味わうことが出来て大変に幸せでございます。有名企業の会社さま。

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オペラシティ・コンサート・ホールという矛盾した名前を持つホールの正面玄関でチケットを切ってもらい歩を進めると、前方にずらーと高そうなドブネズミルックの背広を着たサラリーマンが何十人も通路に壁を作りながら立っている。異様である。

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ここの壁の通り進みなさい。我が大企業三●物産の招待券を持った招待者だけが今日のお客であり、場末の貧乏な一般客なんてどうでもいいし、じゃまになるだけだから疎ましいだけだけど、しょうがないからいれてあげる。そんな貧相な客たちは我が壁からはずして無視しておけ。我が三●物産だけが中心に物事を進めておけばいいんだ。

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壁はそう語っていた。うぬぼれもいいかげんにしろ。このシェイム・オン・ユー企業。

せっかく芸術に後方支援しておきながらなぜ、最後の最後でこのような愚挙にでるのであろうか。なぜ、最後まで慎ましやかにバックアップの姿勢を示すことができないのか。いつの時代もコガネイロの下に芸術は忠実な下僕であり続けなければならない、その姿を必要以上に天下に白日の如くさらす日本企業はさすがにあいもかわらず芸術無知は不変である。拍手喝采。

会社で行う年一回の新製品発表会、に常務以下中堅どころを集めて顧客にヘラヘラ挨拶させる役をやらせる構図そのものではないか。

みるところ壁は若い要員ではない。課長や課長代理といったところか。上から観察していると芸術のゲの字もわからないような課長補佐もいるのだろう。なんでこんなところで招待客の壁にならなければならないの?といった顔もある。これこそいたって素直な感覚である。中には壁のご褒美にホールにいれてもらえる人もいるのだろう。こうゆう人たちが自覚症状のないままに芸術を殺していく。有名大企業が来日公演にバックアップして芸術に寄与しておきながら、一方では自ら芸術を殺している、このパラドックスに気がつかない、なんでも目先のコガネイロに結びつける日本の大企業こそは懲らしめられなければならない。

さて、招待客つまり仕事におけるお得意さまたちがゲイジュツを見にツインでのこのことはいってきた。ヘラヘラと頭を下げるのが仕事のような要員がアカベコ状態で何か悪いことでもしたかのように首を縦に振り謝っている。いや、本日は弊社の演奏会によくいらっしゃいました、今日は世界的に有名なニューヨーク・フィフィフィルハーモニックをみなさまに聴いていただき、今後の仕事でもお金をどんどん弊社に落としてくださいませ、と首で言っている。これじゃカミタソじゃないが世界の崩壊はすぐそこに迫っている。なにもわけのわからない者同士で、オーケストラが食材以下になりさがり捨てられようとしている。演奏会なんかよりも外でゴルフでもやっておけや。

そうこうしているうちに、招待客が招待席に座りだした。今度は招待客同士のアカベコ状態が始まる。通路はヘラヘラ挨拶の場と化し、ただでさえイベリコのような腹をもった招待客たちが後ろにのけぞりならその角度を競い合い挨拶を交わすその姿の醜さ。異様である。イベリコにはドングリを。会社人間には職場だけを。それ以外の生き方を知らない人間界の皆様、異常過ぎます。あなたがたあまりにも場違い。

芸術はもう少し水っぽい。自由度が高く、生きる息吹そのものなのです。

そんななかに、会社の仕草が、イベリコがドングリを食らうように、身についてしまったあなた方招待客が入ってくるとそこは完全な会社村。しなくていい余計なしぐさまで全てが会社で身につけたもの。それをなぜこのような自由の場でわざわざこれ見よがしに見せるのか。醜いことこの上ない。招待するほうもされた方も罪作りで、河童界からみるこのすさんだ風景は、病気のように病んだ姿に見える。しかし悲劇の連鎖は止まらない。

この御招待客。これがまた音楽のオの字も知らないような連中がなんと多いことか。麻雀でさえ‘無駄づも’にも意味があるのに、彼らにこの音楽が何の意味を持つのか是非心の内側を訊いてみたいものだ。音は聴いたかもしれない。しかし誰一人マゼールの指揮芸術を見たものはいない。それは完全に保証する(11/08)。ポカッーと開いた口でなんだかわけも分からずつられ拍手をする人間。この日の一見冷めた拍手というのは内容に反応したものではなく、無知な客が多すぎただけだ。これこそ真の悲劇。芸術に金を投資した会社が芸術を殺した瞬間である。

それで11/08は三●物産「協賛」。11/10は日●コーディアル「協賛」。11/11は●生銀行以下複数「協賛」であった。こうやってみんなで芸術を殺し続けていく。

河童は伏字は使わない。今日伏字にしたのは、一般客もいやいやではあるが入場させてくれたことに対する武士の情け。

おわり

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