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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

板倉聖宣 『ぼくらはガリレオ』

2005年05月12日 | 自然科学
 ガリレオ・ガリレイの業績(正確には『新科学対話』)のやさしい解説というべき内容である。『新科学対話』は三人の会話(つまり鼎談)形式を取っている。この本も鼎談(もっとも子供の)形式で、この点また同様。
 ところでこの本には『科学並不神秘』という名の中国語版が存在する。何益漢という人の訳で北京の科学出版社から出ている。海賊版である。私が持っているのは1980年2月第2刷を仮説実験授業研究会が日本で写真製版したものだ。日本語版のほぼ忠実な翻訳であることが、このたび原書を読んでわかった。ちなみに第2刷の奥付によれば初版は1978年2月、つまり中国において改革開放の始まった年である。

(岩波書店 1981年11月第11刷)

グレアム・グリーン著 田中西二郎訳 『グレアム・グリーン全集 17 コンゴ・ヴェトナム日記』 

2005年05月11日 | 文学
DVD-ROM 平凡社『世界大百科事典 第2版』より

グリーン
Graham Greene
1904‐91


“イギリスの小説家。オックスフォード大学時代は一時共産主義に共鳴したが,まもなく幻滅し,1926年カトリックに改宗した。初めはジャーナリストの道に進んだが,密輸団を逃げ出した男を主人公にして,一種スリラー仕立てながら,近代心理小説の手法も十分に活用して倫理的宗教的問題を提示した小説《内なる私》(1929)で認められた。この後《ここは戦場だ》(1934),《英国が私をつくった》(1935)のような本格的な小説や,もっとスリラー性の濃い,グリーン自身が〈娯楽物〉と名づける《スタンブール特急》(1932),《拳銃売ります》(1936),《密使》(1939),《恐怖省》(1943)などを次々と発表し,一種痛烈な文明批判を見せた。しかし彼が本格的にカトリック的主題と取り組み出したのは,すさまじい少年ギャングを描いた《ブライトン・ロック》(1938)からで,政治権力に対する信仰の超越性を示した《力と栄光》(1940),純粋な信仰のゆえにかえって破滅するカトリック信者の悲劇《事件の核心》(1948),情欲の苦悩の中から神の存在を発見する《情事の終り》(1951)などを次々と発表した。その後も旺盛な筆力を示し,50年代からは戯曲にも手を染めている。
 彼のカトリシズムは E. ウォーなどのカトリック作家同様,人間の悪の意識に強く結びついているが,ウォーと比べると,罪,信仰,慈悲といったテーマが,はっきりと描かれている。また,キャロル・リード監督《落ちた偶像》(1948),《第三の男》(1949),エドワード・ドミトリック監督《情事の終り》(1954)など,映画化された作品が多い。なおグリーンの主要作品はほとんど邦訳されている” (鈴木 建三)

 「インドシナ日記抄」と「ヴェトナム通信」を読む。期待はずれ。ベトナムとベトナム人に対する観察の犀利さもそうだが、それら眼前の事象を超えた大情況(いわゆる“ベトナム問題”)への執着において、開高健「ベトナム戦記」「サイゴンの十字架」の足許にも及ばない。

(早川書房 1982年7月)

陳舜臣 『曹操 魏の曹一族』 上下

2005年05月09日 | 文学
 仕事の合間に再読。
 昔、この著者の『秘本三国志』を読んだ後、吉川英治『三国志』の登場人物がみな日本人に見えた。
 「三国と十六国の間」の続きを書きたい。だがこの時代を理解するうえでいまひとつ納得のいかないところがあって書けない。私の持っている日本人の尺度ではどうにも理解しかねるところが、時代状況にも人の言動にもある。
 この小説を読み返したのは何かいいヒントはないかという下心あってのことである。なにせあの『中国の歴史』を書いた人だから、と。

(中央公論社 1998年11月)

黒岩重吾 『鬼道の女王卑弥呼』 上下

2005年05月08日 | 文学
 仕事中の骨休めに読む。
 この筆者の作品にはなぜか解らないが違和感を感じる。単に好みが適わないだけだろうかとも思う。しかし書き手の知識が確かで設定に無理がなく、その結果としての自然でリアリティのある筋運びという点は、私の好きな司馬遼太郎、海音寺潮五郎、あるいは子母沢寛の歴史(時代)小説と同じである。
 少なくとも隆慶一郎の作品のような筆者の無知といい加減さによる軽薄な強引さは微塵もないのにどうした訳だろう。豊田有恒の古代物のほうが面白い。 

(文藝春秋 1996年11月)

横手慎二 『日露戦争史 20世紀最初の大国間戦争』

2005年05月07日 | 日本史
 知識の整理。
 「はじめに」ではっきり宣言されているように著者が意図的に行っていることではあるが、価値判断を極力抑えた事実経過のみの叙述が続くので、少々読みづらい。
 そんな中、印象に残る評価の言は以下。

“国際政治学には、「セキュリティ・ジレンマ」という専門用語がある。国際社会は常に戦争の危機を孕んでいるので、対立する二国の間では、一方が自国の安全を増大させようとすると、他方は不安を増大させ、悪循環を生じやすい状況が生じる。この状況を説明する用語である。日本とロシアは、ロシアが満洲に入ったために、一方が朝鮮半島で安全を確保すると、他方が不安を増大させるセキュリティ・ジレンマを強く意識するようになり、地力で劣る日本側は戦争以外に有効な解決策を見いだせなかったのである” (第四章「戦争への道程」 112頁)

(中央公論新社 2005年4月)

藤野彰 『現代中国の苦悩』 

2005年05月05日 | 政治
 改革開放以後の中国の大事件年表および主要な問題事項の分かりやすい解説として使える。

(日中出版 2003年8月)

▲昨日は中国で反日デモはほぼ起こらなかった。当局の規制が大陸よりまだ緩やからしい香港で、たぶんプロ反日家たちによるデモがあっただけだった。よほどの強権を用いたらしい。

 →「中国当局が民間反日団体を粛清、流血事件に箝口令」 (「大紀元」日本語版)
  http://www.epochtimes.jp/jp/2005/05/html/d48972.html

▲北朝鮮の金桂冠外務次官の名言。「北朝鮮は(核兵器を)を売却することができる。テロ組織に売ることもできる」。 

 →「『非常に挑発的』と強く批判 北の核移転発言で米大使」 (「Sankei Web」)
  http://www.sankei.co.jp/news/050504/kok047.htm

 国連で"Jap"と口走ることといい、拉致被害者の遺骨問題をめぐる開き直り発言といい、あの国の政府関係者は、言動から窺える内面の精神像が非常に貧弱である。同じ内容でも綾のある言葉遣いをしてほしいものだ。はっきり言えば下品である。知識はあっても教養がないせいだろう。

▲この連休は、私的には、仕事はあったが家族といい休日を過ごした。

板倉聖宣 『〔増補版〕模倣と創造 科学・教育における研究の作法』 

2005年05月04日 | その他
 何度か文章やアイデアを盗まれた私のような者には興味深い内容である。他人の模倣も満足にできない人間が分際知らずに独創などと思い立った挙げ句盗作や剽窃に走るという趣旨。

“わしはひとの手柄を盗むほど才の貧しい男ではない” (司馬遼太郎『新史太閤記』)

 こんなたかだかとした台詞をすらりと言える人間でありたいものだ。

(仮説社 1987年11月)