宮崎八郎の死の状況を原史料に就いて知ろうと思ったが、「邊見〔十郎太〕らと共に官軍の衝背軍を襲うべく、八代附近における戦いにて戦死した」と、蘇峰自身の筆で簡単に伝えられるのみである(「第十七章 薩軍、人吉に向かう」「二 木山以後の協同隊」、本書320頁)。
いつも思うが、この講談社学術文庫版はおそらくは軽便化のためであろう、底本の時事通信社版にあった「索引」および「年表」「人物概覧」を割愛してあるので、少々使いにくい。
(講談社学術文庫版 1980年9月)
いつも思うが、この講談社学術文庫版はおそらくは軽便化のためであろう、底本の時事通信社版にあった「索引」および「年表」「人物概覧」を割愛してあるので、少々使いにくい。
(講談社学術文庫版 1980年9月)