著者は伊波普猷にわずかに遅れて出た沖縄学の大家。その学問は全体的にかなり古くなっているが、しかしいまだに後世の継承者を見いだせない分野もあること、伊波と軌を同じくするようである。
たとえば「たまおどん(玉陵)の研究」(中巻、545-552頁。もと『沖縄文化』第9号、1962年掲載)など、そうではないか。
私も先日沖縄を訪れた際に参拝したが、玉陵は、首里城西に位置する、第二尚氏の墓所である。論文はそこに建てられている碑文の紹介と分析である。
碑文は、上段に第二尚氏初期の九名の王族の名が刻まれ、下段には「上記九名の子孫以外、何人といえども此処に葬ることを禁ずる。もし背く者あらば天を仰ぎ地に俯して祟るぞ」という旨がしるされているのであるが、著者は、これを以て「王家内の醜悪な斗争を露出」したものだとして、「庶民にも劣る」と断じている。
今日でもふしぎなほど、琉球王家(もしくは一人一人の王)に対する評価は、良いも悪いも聞くことが少ない。琉球王朝全体については、人頭税その他の悪政をふくめ、評価は容易に目にすることができるのだが。
なお本書は沖縄返還前の出版であり、よっていうまでもなく価格はドル建てである。
(沖縄タイムズ社 1969年7月)
たとえば「たまおどん(玉陵)の研究」(中巻、545-552頁。もと『沖縄文化』第9号、1962年掲載)など、そうではないか。
私も先日沖縄を訪れた際に参拝したが、玉陵は、首里城西に位置する、第二尚氏の墓所である。論文はそこに建てられている碑文の紹介と分析である。
碑文は、上段に第二尚氏初期の九名の王族の名が刻まれ、下段には「上記九名の子孫以外、何人といえども此処に葬ることを禁ずる。もし背く者あらば天を仰ぎ地に俯して祟るぞ」という旨がしるされているのであるが、著者は、これを以て「王家内の醜悪な斗争を露出」したものだとして、「庶民にも劣る」と断じている。
今日でもふしぎなほど、琉球王家(もしくは一人一人の王)に対する評価は、良いも悪いも聞くことが少ない。琉球王朝全体については、人頭税その他の悪政をふくめ、評価は容易に目にすることができるのだが。
なお本書は沖縄返還前の出版であり、よっていうまでもなく価格はドル建てである。
(沖縄タイムズ社 1969年7月)