書籍之海 漂流記

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『韓非子』「喩老」の一節を解釈してみる

2017年01月06日 | 人文科学
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 有形之類,大必起於小;行久之物,族必起於少。故曰:『天下之難事必作於易,天下之大事必作於細。』是以欲制物者於其細也,故曰:『圖難於其易也,為大於其細也。』千丈之隄以螻蟻之穴潰,百尺之室以突隙之煙焚。故曰:白圭之行隄也塞其穴,丈人之慎火也塗其隙。是以白圭無水難,丈人無火患。此皆慎易以避難,敬細以遠大者也。

 日本語の諺"蟻の一穴(天下の破れ)”は、ここを原典としているわけであるが、もとの"千丈之隄以螻蟻之穴潰”は、喩えであって、蟻のあけた一つの穴からかならず千丈の堤も決壊に至ると断じているわけではない。「有形之類,大必起於小;行久之物,族必起於少」、すなわちすべてのものは難しい問題はもとをただせば一つ一つは対処に容易な問題の積み重ねであり、大いなる事業はかならず細部から始まる、つまり着実に手をぬかずに物事は行われるべきである、またそうでなければ実現できず、たとい実現できても長くは維持できないという、韓非子の主張の説得力を益すために設けられた修辞部分である。ウソだと思うならその後に続く「故曰」以下を読んでみられよ。冒頭の論理による議題の提示とそれを支える喩えの部分が終わり、また論(具体的な事例の提示と、議論の締めくくりとして冒頭部と同じ論旨による語句のみを変えた抽象的な論理の繰り返し)が始まる。