書籍之海 漂流記

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ポチェカエフ 『オルドのツァーリたち ジョチ・ウルスのハーンと実権者たちの伝記 第2版』

2012年09月26日 | 西洋史
 原題 Почекаев Р.Ю. - Цари ордынские. Биографии ханов и правителей Золотой Орды. 2-е изд.

 オルドは黄金のオルド=金帳ウルス、即ちジョチ・ウルス(キプチャック・ハン国)のこと。その代々のハーンあるいはハーン号を名乗らなかったが実質的なハーンの地位を占めていた者の列伝。大部で464頁もあって、とても詳しい。注と引用・参考文献も完備しており、学術書である。とりあえず、ママイの伝を熟読した。いうまでもなくママイは、チンギス・ハーンの男系子孫ではなかったため、ハーン位に就けなかったが、実質的には黄金のオルドを一時期支配した人物である。この書によると、チンギス・ハーンの又従兄弟にあたるキヤト・ジュルキン氏族のサチャ・ベキの子孫だという(注415に引くレフ・グミリョフの説)。
 なお「オルドのツァーリたち」というタイトルは奇を衒ったものではない。ロシア語(史)では、ツァーリ(царь)とハーン(хан)は通用する。これをどう説明するかで、もともとローマ(東)帝国の皇帝を意味したツァーリが次にハーンをも意味するようになったという説が一般的であるが、もともとハーンを示すロシア語だったという説もある。この書では冒頭解釈が示してあり、元来はローマ(ビザンチン)皇帝(インピラートル、バシレウス)を示すロシア語における言葉だったが、1204年の一時滅亡、その後の半世紀におよぶ皇帝ひいては帝国不在の混乱にくわえ、強大なモンゴル帝国の来襲、その占領という未曾有の新事態を迎えて、ツァーリ царь という概念――天の帝という意味――の対象が、より切実に接しより強大なモンゴル(ジョチ・ウルス)のハーンへと移ったという説明が行われている。
 
(СПб.: Евразия, 2012.)