くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「空色バトン」笹生陽子

2011-08-16 05:21:33 | 文芸・エンターテイメント
笹生さん、初の一般小説かな? ヤングアダルト路線ではないのですが、最初の「サドルブラウンの犬」がちょっとわたしの好みとはいえなくて、続きを読むかどうか悩みました。
もういい加減におばちゃんのわたしとしては、この略語と流行語の嵐に辟易して、意味をつかむのに時間がかかります。
「めっさ」「かっけえ」「ストファイ」……。
いちばん悩んだのはこれ。「まっつんとオレはオナショウで、タイガくんとはオナチュウで、毎朝、おなじ通学電車で高校に通う間柄」
主述があってない? と本気で考えました。電車の駅名かと思った。同じ小学校(中学校)ってことなのね。
そのくせ「総領の甚六」なんて言葉が出てくる。
わたしはなんでもかんでも言文一致にするのは賛成できないので、大分いらいらしながら読んだのですが、まあ、続きからの連作はおもしろい。(母親世代は別に当時の言葉づかいをしているわけではなく、普通の一人称です)
高校三年のある日、セイヤ(「オレ」)が帰宅したら、家の中がやけに静か。実は母親のショーコが突然死し、妹は近所のおばさんと病院に行っていたのです。父親は単身赴任中。
慌ただしい葬式の中で、母と友達だったという吉野(学級委員風)・森川(ギャグ要員風)・陣ノ内(女王様風)が、昔一緒に作ったという同人誌をくれます。中学校の卒業を記念して作ったまんが集。セイヤはなんとなくその本をめくるうちに自分の知らない母の顔を見るような気がしてくるのでした。
続き「青の女王」は小学生の陣ノ内さん、「茜色図鑑」は中学時代の吉野さん、「パステル・ストーリー」は十年前のショーコの視点で描かれています。
わたしが好きなのは、その間にある「ぼくのパーマネントイエロー」。森川さんのことを、芹沢くんが語る物語です。
芹沢くんとは?
実はこの同人誌、四人の女の子に混じって野球部の補欠キャッチャーの芹沢くんも参加していたのです。その彼から、同人誌を作る場所を提供した(担任にメンバーに入れてやってと頼まれた)平岡くんに向けての近況報告の形で書かれています。
芹沢くんと森川さんが偶然コンパで再会して……。
彼女を見る芹沢くんの目や、お兄さんのヒサシさんがいい感じなんです。
わたしも中学校の卒業記念に、友達と同人誌を出したな……と、この本を読んでいて思い出しました(笑)。高校からは文芸部員だったので、そっちの印象が強かったんですね。確かSF小説を書いた、ような気がします。
さて、最終話は「マゼンタでいこう」。吉野さんの娘ミクの視点で、セイヤたちがその後どうしているかが描かれています。
ただ、視点が変わる連作って、一人称と三人称にギャップがありません? セイヤが捉える母親の姿と、ショーコ自身の語りや、ミクが見るセイヤの姿に多少のぶれがあるように感じました。
装丁が素敵です。画は石居麻耶さん。
「空色バトン」(文藝春秋)です。
あ、ところで、吉野さんは平岡くんのことがちょっと気になっていたんではないですかね。
彼女の「楳図かずおとつげ義春を足して二で割ったみたいな絵」で描く、「生徒諸君!」や「はいからさんが通る」の要約みたいな作品については、かなり気になります(笑)

「キミは知らない」大崎梢

2011-08-15 05:57:45 | ミステリ・サスペンス・ホラー
ほかの人とは違う特別な何か。そういうものをもった主人公が活躍するって、物語のあるパターンですよね。
ずっと平凡に暮らしていた水島悠奈が出会ったのは、数学の非常勤講師津田。亡くなった父親が書いた本について話したことがきっかけで親しくなりますが、任期を残したまま突然彼が退職することになり、衝撃を受けた悠奈。ふとしたことから津田の住所を知った悠奈は、それが父親の手帳にあった住所と酷似していることに気づきます。
大崎梢「キミは知らない」(幻冬舎)。装丁も素敵だし魅力的なあらすじだし、これはなかなかです。おもしろい。まんがにしてもいいのでは。
次々にやってくるトラブル。イケメン三人組のタカ・マキ・レンや、ダークスーツの浅草・佃島・深川。お金持ちの大小路誠太郎。懐刀の滝巳。お世話役の志麻さん。多彩なキャラクターが、このほかにもたくさん出てきますが、誰が誰だかちゃんとわかる。(これは大事)
全体として、何を選びとるのかを考えさせる物語だと思います。展開は途中でかなりわかっちゃうのですが、でも、二転三転するストーリーにひきつけられます。
誰を信じていいのか。誰が敵なのか。
主人公がちょっと頼りなげな高校生の女の子で、きっと大崎さんならハッピーエンドだろうと思いながら読んでいるのですが、ふとぞっとするような場面もある。
わたしがいちばんハラハラしたのは、父の旧友に提案された場所に行った悠奈がその町の有力者の命令で拉致されかかる場面ですね。
ずっと信じていた人なのに、なんのためらいもなく彼らの手に落ちるように画策する。有力者たちは、悠奈の命すら何とも思っていないような人々なのですから。
この村には巫女による神事が伝えられていたのですが、現在は中断されている。巫女は西園という家の直系が務めることになっていて、先代の静佳が失踪して以来誰も跡取りがいなくなってしまった。しかし、巫女にかむなびの森に還ってきてほしいと願う人々はいる。
亡くなった父親が調べていたのはどうやらそのあたりのことらしいと知った悠奈。しかし、これまで事故だと思っていた死因が、にわかにきな臭いものになってきます。
父とともに火事で亡くなった津田美里とは? 津田先生との関わりは? 誠太郎が悠奈を「ひ孫」というのはどうして?
様々な謎の中、悠奈は美里が特別の存在なのであろうことに気づいていきます。誠太郎は美里の祖母(静佳)と恋仲だったらしいこと、母の形見の着物を着付けてもらって泣いていたこと。美里こそがこの村の待ち望んでいた巫女だったのに、彼女は亡くなってしまった。自分は、美里と一緒に父親が死んだから、誤解されて巻き込まれているのだと拗ねたように考える悠奈ですが。
もちろん、途中で予測されるように、悠奈こそが巫女の血を引いた女の子なのです。
それが判明するのはもうラストもラストなのですが、普通のよくある物語と違うのは、悠奈がそういう「特別な自分」を求めていないことですね。
最終的に考えは変化するようですが、自分の「使命」に振り回されるうちになんだか超人化してしまう主人公って、少年まんがあたりに多いような気がするので、地に足をつけた女の子の数日間の物語はとても楽しかった。
タカは恰好いいですが、わたしはレンが好きですねー。

「あなたの町の生きてるか死んでるかわからない店探訪します」

2011-08-14 06:10:39 | エッセイ・ルポルタージュ
わーっ、こんな単行本だったのね。古本屋で発見、即買いました。菅野彰・立花実枝子「あなたの町の生きてるか死んでるかわからない店探訪します」(新書館)。
すがのさん……。こんな体を張ったお仕事をしなくても……とちょっと思いましたが、冷静に考えると彼女の仕事にはそういうのが多いというか、いつも結果的にそうなってしまうというか。
なかなか壮絶です。
店構えに不安を感じる食堂を訪れ、そこがどういう経営をしているのかを描くレポートなのですが、ひょええ、恐ろしすぎますよこの中華料理屋! あまりにもものすごくて「中華料理」が二人のトラウマになってしまうほどの店。中華丼の具がおでんの再利用、キムチにはカビがはえ、店内散らかっていてなんとパンツまで落ちている。
わたしも中華料理屋でアルバイトをしていたのですが、基本的に食べものはなんでもおいしい店だったので、ちょっと驚き。好き嫌いも克服したもんなー。
この店を超える物件はないと思いつつも、いろいろと遭遇するのですこの二人。
さて、四コマまんが好きの息子がいつの間にかこの本を読んでいて、
「すごいよねー、レジャー焼肉!」というのです。さらに、廃墟としか思えないと話題の怪しい店「レストランと○こ」について、
「レフトランなんだよね、とろこって」ともいうんですよ。
「……とろこ?」聞き返すと、息子はあっけらかんとして、
「どうしてロだけカタカナなのかな?」
というのでした……。
そうだった、キミはかつて「しまむら」の看板をなんの抵抗もなしに「れまむら」と読んだっけね……。
で、レジャー焼肉とはどういう店なのかというと、「肉のレジャーランド」という激安食べ放題(でも残すと追加料金)のこと。かなり恐ろしい肉(廃棄寸前?)を出していて、網焼きすると火柱が上がる。(今気づいたが立花さん、「網」を「綱」と書いているよっ)
「レストランと○こ」は、千葉県にある不思議な店で、噂はもう連載の三回めで出ています。(訪ねたのは六回め)
「あなたの知ってる霊感スポット」の検索でヒットするらしいですよ。
普通の民家に壁をとりつけてビルに見せかけるというものすごい技を持っているし。
見かけは悪くてもおいしい店もたまに出会っているようですが、いやー、なかなか、わたしには真似できません。わたしはうまい店で食べたい!
わたしがもしお二人にこういうコンセプトの店を紹介するなら……と考えてみましたが、営業しているかどうかわからない店って、とりあえず思いつかないなあ。それこそ、外見はいまいちだけどかなりおいしい店なら知ってますよ。座ると畳が沈むけど、でもうまい。魚が好きではないわたしが、ここのすりみ汁は三回もお代わりした!(キノコ類と豆腐、ねぎ、みょうがが入ってました)
ところでさー、SMAPのコンサートで紹介された繊細な作品を描くまんが家のお二人って、片方はよしながふみさんでは?
いや、ちょっと思っただけで根拠は何もないんですけどねー。

「悪霊がホントにいっぱい!」小野不由美

2011-08-13 12:36:57 | ミステリ・サスペンス・ホラー
買ってきました。「ゴーストハント②人形の檻」。
で、比べて読んでみました。「悪霊がホントにいっぱい!」(講談社X文庫)
そしたら、書き直した部分が結構あるんですよね。まず目につくのは、主要人物が増えていること。秘書の尾上さん、庭師の曾根さん(てっきり元版から出ている人だと思ってました!)。
それから、誰がどうしたかというところも変わっていて、リライトでは柴田さんがおやつを運んできて、礼美ちゃんを最近わがままになったといいます。で、これはもともとは香奈さんだったのです。礼美ちゃんは「おかあさんは、わるいマジョ」と訴えますが、改稿によって柴田さんが「魔女の家来」になっています。
本棚が倒れてくるのも、もとは典子さんが被害にあっている(けがはなし)のに、リライト後は香奈さんが 。しかも、入院するほどのけがをおっています。
もともと香奈さんの戦線離脱は、相次ぐポルターガイストに恐れを感じて、書き置きをしていなくなったんですが、けがで入院ならもっと穏やかですものね。今後のことを考えると、森下さんとの仲がうまくいかなくなるのでは、後味悪いし。
どうしてミニーが彼女のことを「魔女」だと思うようになったのかも、新版はかなり筆をさいています。旧版では、ナルが突然「立花ゆき」という名前を持ち出すのでちょっと違和感が……。
さらに曾根さんの登場で、この家の来歴がかなり詳しく語られます。なんていうか、そんなに遠い昔の話ではないんだな、年配者にとっては、地続きのことなのかな、と考えてしまいました。
ちなみに、前の持ち主は、「十和田さん」ではないです。旧版では「渡辺」になっている。家の持ち主を順にあげると、立花・池田・谷口・村上・大沼・野木・渡辺。(新版では、立花・名前を秘された持ち主・野木・大沼・十和田)
「わるい子には ばつを あたえる」という文字を発見するのも、旧版は典子さん、新版は綾子。
それにしても、八歳にしては礼美ちゃん、幼いですよね? 以前読んだときはあんまり気にならなかったけど、息子の同級生はもっとはっきりしている気が……。
エンディングももちろん書き直してあって、ナルが真砂子と出かけたあと、ぼーさんと麻衣、綾子とジョンという不思議なカップリングでお出かけとなる旧版。新版ではみんなで宴会です。
さて、わたし、ちょっと気になっていることがあるのです。旧版にはあったものが、新版ではなくなっている。そういうことも結構多いのですが(今回でいえば、典子が麻衣に敬語を使わないように頼むシーンとか)、あきらかに全体を通してなくなっているものがあるのです。
大袈裟かもしれませんが。気になっているのは、ぼーさんの法具、三銛杵(さんこしょ)が、新版には全く出てこないことなんです。
宗派が違うのか、それ以外のなんらかの理由で、小野さんが消してしまったのでしょうね。ただ最後の巻では結構重要な小道具だった気がするので、今後も気をつけて読んでみたいと思います。
それにしても、この文庫、カバー見返しのあらすじに愕然とさせられます。「誰もいない部屋は家具が全部サカサマ。震えるあたしを、ナルは『ぼくがついてるよ』って抱きしめてくれたけど……」
そーんなシーンないでしょーっ! とツッコミたくなりました……。

「自分を育てる読書のために」脇明子・小幡章子

2011-08-12 10:58:50 | 総記・図書館学
脇明子・小幡章子「自分を育てる読書のために」(岩波書店)。
わかるっ、そうそう、そうだよね! と、随所で共感しまくりです。
中学校の司書として勤務された小幡さんの三年間の記録なんですが、とっても真面目でとっても仕事熱心。なんとか本を手に取ってほしいと奮闘する若き司書さんが目に浮かぶ。
「今、主人公は何してる?」と話しかけて、子供たちの読者の様子を聞いたり、なんとか一人一人に合いそうな本を選ぼうとする真摯な姿勢。全く興味がなさそうな子も、付箋をつけた本を手渡され、「ここまででいいから」「この話だけでも読んでみて」とすすめられて、最初はしぶしぶ、でもやがてのめり込んでいく様子が本当に素敵です。
実際に学校図書館の仕事をしていると、やるべき仕事はたくさんあるのになかなかやりかねてしまうことは多いのです。
「図書委員会を動かすだけ」と語る知人もいます。読みたがるからと手軽な本ばかり入れる人もいます。もちろん、ものすごく力を入れる方もいるのですが。
わたしは本好きな生徒にさらにすすめるのは結構得意なんですが、「未読者」の向上はあまりちゃんとできていないので、参考にしたいなあ。
しかも、こうやってすすめられた少年たち、「王の帰還」とか「ホビットの冒険」とか読んじゃう。(すみません、わたしこれも読んでない……)
カニグズバーグを読みながら、友人たちとの関係に折り合いをつけていく少女。
朝読書で出会った「赤毛のアン」の続編を次々読んでいく男の子。そして、友達同士で「アン」の魅力を語る女の子たち。
なんて頼もしくて力強いのでしょう。物語の引力に引っ張られていくその姿にどきどきさせられます。
書影も随所についていて、探すときの手がかりになりそう。正直、岩波少年文庫にここまで注目したのは初めてです。アトリーの「氷の花たば」読みたい! 「ムギと王さま」は「小さな仕立て屋さん」と「レモン色の小犬」がオススメなんだって。
福音館も伝説系がよさそうですね。「イギリスとアイルランドの昔話」や「太陽の木の枝」が気になります。
いろいろと考えてみるに、わたしはそれほどここですすめられている児童文学を読んでいないような気がします。ちょっと数えてみると、六十余冊のうち三分の一くらいしか読んでいませんでした。
外国ものは苦手なんですが、児童文学なら大丈夫。でも「宝島」をはじめとして読んでない名作がたくさんある。「ナルニア」も「指輪物語」も、「ゲド戦記」も読んでいません。
でも、自分では小中学生の頃にかなり読んだように思うのですが。
いろいろ考えてみた結果、外国ものは好きな作品を繰り返して読んだこと(「家なき少女」「秘密の花園」「小公女」「ニルス」「ハイジ」)と、日本の古典ものを柱に読んでいたからではないかなと思いあたりました。
小幡さんがすすめる日本ものは、「鬼の橋」「少年動物誌」「冒険者たち」「時計坂の家」など、非常に少ない。
本のジャンルって、無意識に偏っていくものなんです。だから、いいナビゲーターがいると、やっぱり質も向上します。
「宝島」の解説で、わたしが感心したのは、この小説が主人公のジムを通して語られることにふれるくだり。「怖いことを怖いと感じるふつうの感覚もちゃんと持ち合わせているから、読者も健全な正気を失うことなく冒険をくぐり抜けていけるのである」
最近、とある少年まんがを貸してもらったのですが、なんかわたしにはついていけなくて……。残酷な場面のショッキングさと、そのわりに愛だの絆だの言い出すキャラクターに辟易してしまうのです。
衝撃は、慣れてしまうとそれほどのものではなくなるのですよね。物語を貫くのは、言葉だけのテーマではなく人物たちの行動で伝えるものだとわたしは思います。
子供の頃に読まずじまいだった本、読んでみようかな。

「図書館の主」篠原ウミハル

2011-08-11 21:11:43 | コミック
この二冊、続けて読むと世界の児童文学を読んでみたくなります。古本屋でファージョンの「ムギと王様」を買っちゃった。クーポン券あったので。その前に借りたとき、半年かけて読み終わらなかったのに。
まず、篠原ウミハル「図書館の主(あるじ)」(芳文社)。これもクーポン券で買ったまんがなんですが、当たりでした。さっと使わないとそのまま期限切れになると思って手に取ったんですが……。
寒い雪の夜、私設児童図書館にふと足を踏み入れた会社員の宮本。そこにはえらく口の悪い司書(マッシュルームカットの男)がおり、本の返却を手伝わされます。新美南吉の「うた時計」に何気なく目を通した宮本は、自分と登場人物との共通点に激しく揺さぶられるのでした。
当然のようにメインターゲットは子供。でも、何度も足を運んで常連化していく宮本(笑)。
司書の御子柴は、子供の頃から無愛想だったようですが、ある人との出会いで児童書の魅力に目覚めたのだとか。
彼のすすめる本によって、変わってきた子供たちもいます。その一人が翔太。退屈しのぎに同級生に乱暴していた彼が「宝島」と出会うことで劇的に変化するのです。
そのほかに「幸福な王子」「ニルスのふしぎな旅」「少年探偵団」など、ポピュラーな名作がそのあらすじとともに語られるのは、自分も本読みとしてすごく楽しい。
実は「宝島」を読んでいないわたしなのですが、やっぱり大人の目と子供の目は違いますからねー。作中でみずほさんが、「子供の頃にこの本読んだら、子供の私は何を思ったんだろうなって……こればっかりはもう叶いませんから、ちょっと残念だな」といってますが、本当にそう思う。
で、もう一冊なんですが、この方も「宝島」をすすめていらっしゃいます。脇明子・小幡章子「自分を育てる読書のために」(岩波書店)。
続きます。

「往復書簡」湊かなえ

2011-08-09 05:41:35 | ミステリ・サスペンス・ホラー
湊さんなのに!
読後感がいいんですよ(笑)。
読みやすいし、心地いい。今までの毒のようなものが、うまく抑えられていて。
湊かなえ「往復書簡」(幻冬舎)です。手紙のやり取りを通して事件を描いていく。「十年後の卒業文集」「二十年後の宿題」「十五年後の補習」というタイトルからもわかるように、語られるのは過去の出来事。
例えば「卒業文集」では、高校の放送部で同級生だった七人のことが語られます。このなかの二人が結婚したからなんですが、千秋という女の子だけが来ない。幼なじみの悦子から心配した手紙が、同席の友人に届けられます。行方不明だと聞いたのだけれど、本当にそうなのか。新郎の浩一と付き合っていたけれど、いつ別れていつから静ちゃんと彼が交際を始めたのか。自分は夫の海外赴任についていったため全くわからない。真実を知りたい。
放送部で作った作品「月姫伝説」を絡めながら物語は展開し、千秋がその山で転んで顔に怪我をおったこと、浩一の留守番電話に別れの言葉が吹き込まれていたことが分かってきます。でも、そのメッセージはかつて作成したラジオドラマの台詞にそっくりで、CDを持っている誰かが故意に入れたのではという仮説もある。
はたして千秋はどうしているのか。
緊迫したなかにも救いがあり、彼女が戸惑うのも納得できるつくりです。ちょっと自分のことほめすぎ(?)と思わないでもないですが。
でも、やっぱり彼らのなかに湊さんらしい毒がたしかに潜んでいると感じさせられます。
「宿題」は、この当時の放送部顧問だった大場が、恩師に頼まれて人探しをする物語です。
先生が前任校で担任した六人が、現在どうしているのかを知りたい。小学四年生の秋、授業で使う葉っぱを集めに行って川に流された子供がおり、助けようとした先生の旦那さんは亡くなってしまう。そのときの子供たち。
調べるうちに、そのうち二人の仲直り遠足だったことが分かってきます。子供が溺れるきっかけを作ることにもなった少年(今では当然のようにたくましい青年ですが)は、ずっとそのことを気にし続けていた。もちろん相手の女の子も……。
二人が互いを思いながら、結ばれることなく過ごしていることを知った大場はいたく心を揺さぶられます。
そして、最後の一人・藤井利恵が目の前に現れ……。
その瞬間にすべてが分かってしまう、ものすごい力技です。ライフセーバーの資格。彼が連絡先を教えてくれない理由。どうして先生は大場を選んだのか。
とってもスリリングでおもしろい。構成の妙ですね。さすがです。

「箱庭図書館」乙一

2011-08-08 19:52:53 | 文芸・エンターテイメント
「ホワイト・ステップ」がすばらしい。しんみりと胸にしみます。
「箱庭図書館」(集英社)。さすがは乙一。こういう趣向で、結局連作短編集にしてしまうなんて。力技ですね。
こういう趣向とはどういうことなのかと申しますと、実は物語の原作をウェブで募集してですね、それをもとに乙一さんがリメイクしていく。で、その作品一つ一つに、キィになる共通の人物が登場するということです。
山里潮音。ものすごい本好きで、雪に埋もれたバス停のベンチで一晩本を読んだまま家に戻らない、なんてことがざらにある図書館職員です。
弟、同僚の島中さん、近所の少年、図書館を利用する女の子。彼らとの交流がひとしきり綴られ、そして最後に近藤裕喜が登場します。
近藤は、ある雪の日、不思議な光景に出会います。さくさくと雪を踏んでいく姿は見えないのに、足跡だけが残る。
そして、渡辺ほのかという女の子が、母親を亡くしてこの町に引越してきたこと、どうも今近藤がいる場所とは次元が違うらしいことを知ります。
要するにパラレルワールドものなんです。でも、近藤とほのかのパートを交互に綴ることで、二人の世界き違いがあることを明らかにしていく。
その違いは大きくいえば二つ。恋人もいないし暇をもて余す近藤が、ほのかの世界では結婚していること。それから、近藤の世界では、亡くなったのは母親ではなくほのか自身であるということ。
ただ、この物語が胸をうつのは、大筋だけではないのだと思います。自分の世界に住む、自分の知らない近藤に会いにいくほのかと、彼女からの情報を受け取って図書館にむかう近藤というラストがいい。乙一のロマンチック全開。
「王国の旗」という作品も好きです。一歩間違うと、こども世界礼讚になってしまうような話に、アクセントがついている。そして、彼らの意思を継ぐ者がいるという不安な感じ。
誰のものかわからない車のトランクで昼寝していたら、どこだかわからない土地に来てしまった女子高生小野早苗。そこで知り合った少年ミツに案内されてやってきたのは、もう営業していないボーリング場でした。夜になって親が寝静まる頃に集まってくる子供たち。ミツは、ここに王国を作るのだといいます。子供しかいない王国を。
往きて還りし物語。ファンタジーの構成ですね。王国の場所がどこなのか、もう二度とたどり着けないのだと思います。
この本が出たとき、買おうかどうか迷ったのですが、当時本を買うのを控えるように言われていたので断念。でも、これはオススメです。
乙一さん、デビュー作をリアルタイムで読んだように思うのですが、なぜか本を持ってないのですよねー。あ、別名義のならあるんですが。

「唄う都は雨のち晴れ」池上永一

2011-08-07 21:55:19 | ミステリ・サスペンス・ホラー
筑佐事の武太に再会です。破天荒だった武太も、経験を積むうちに大人になってきたようですね。
池上永一「唄う都は雨のち晴れ」(角川書店)。「テンペスト」の番外編「トロイメライ」の続編です。「テンペスト」ファミリーを知らない人には物足りないかも。
でも、これって「人情劇場」なんじゃないかなと思いました。すみません、正式になんというのかわからないんですけど(股旅もの?)、「お江戸でござる」とか前川清と梅沢富美男がやってたのとか、最近だときみまろさんが出てくるようなやつ。人情時代劇をステージで演じて、歌謡ショーもありトークもあり。
だって、必ず下知文が出て問題を提起し、最終的には琉球歌で締めになる構成なんです。狂言回しの役割で武太が出て、料理屋の三姉妹や涅槃院の大貫長老といったおなじみの面々が現れます。魔加那もすっかりレギュラーですね。
「トロイメライ」では頻繁に出てきた「テンペスト」のみなさんも、ちょっと控えめです。……そうでもないかな。はじめから真牛はぶっちぎり、闘鶏では恩徳金が絶好調です。
孫寧温がちょっとだけ出ましたが、どうも黒マンサージの正体を知っているらしい。しかも、黒マンサージの方も、寧温が女であることを知っているのです。
あー、「テンペスト」流し読みだったかなー。一般に彼の正体を読者は知っているのですか。これがステージだったらあからさまに登場しそうなところですが。
でも、こういう描写から見るに、結構大きい役どころの人なんでしょうね。
今回は幽霊が出たり、それを訴えたり、役人が考えられない悪政を行ったり、偽風水師が現れたりと、起伏にとんでいておもしろい。なんか「大岡政談」みたいでした。
「芭蕉布に織られた恋」が印象的。大の男でも苦労するような作業でも、機織りに関しては一人でやり遂げる娘布里。王に献上する布を探す真境名親雲上と恋に落ちますが、実は布里、自分の育った村から逃げ出していた娘なのでした。
村に連れ戻される布里は武太に芭蕉布を託します。彼はそれを真境名のもとに届けるのですが、「ふりが織った巴しょーふです。形見にしてください」と書かれた手紙がついている。
形見、というのは、彼女をしのぶよすがと解釈していいんですかね。なんとも淋しい。
「琉球の風水師」で、偽物と断じられた神山が、義憤にかられながら鍾乳洞を発見するくだりや、いつも尊大な大貫長老が、亡くなった奥さんの面影をうつす菩薩像を求めているあたりも好きですね。
池上さんらしい琉球歌が、作品に花を添えます。いっそ、NHKで舞台化してほしいくらい。すると、をなり宿の女将あたりがおしげさんでしょうか(笑)。
「トロイメライ」よりも作品に親しんだせいか、楽しく読めました。

「漱石先生大いに悩む」清水義範

2011-08-06 21:24:06 | 文芸・エンターテイメント
絵が「先生と僕」の春日ゆらさんで浮かびます。お二人の出典に共通項が多いからでしょうか。
清水義範「漱石先生大いに悩む」(小学館)。清水さんが「文学探偵」として、漱石デビューにまつわるエピソードを解いていく構成になっております。
知人のTさんがもたらした「夏目金之助」から「桂美祢」(祢は本当は旧字)にあてた書簡。そこには新しい文体を模索する漱石に、「言文一致は(略)思想の記述には不適切」「いつそ論説口調にした方が議論向きかも知れない」「猫が己の心境を人間の言葉で述べることができるでせうか」というようなことを書いてきたらしい美祢に、感謝の手紙を出したものとして紹介されています。
漱石全集を見ても娘の名前は見当たらず、T氏宅になぜこの手紙があるのか判然としない。
やがて、T氏の祖母の妹であることがわかりますが、なんと十九の年に自ら命を絶っていたのです。
彼女からの示唆で「吾輩は猫である」が執筆されたことは間違いないように思われるのに、なぜそういう悲劇が起きたのか。
清水氏は、高浜虚子だの野間眞綱だの寺田寅彦だの弟子たちのエピソードや、橋口五葉に装丁を頼んだ話や外国の物語に精通していたこと、当時の文学者たちがいかに文体で苦労したか、さらには高島俊男先生や半藤一利氏のエッセイを引用して、いかにも論文風の文章を書き連ねます。
でも、多分この資料(手紙と姉の覚書)は、フィクションだと思う。
先程引用したのは漱石側からの手紙に書かれているのですが、返事にしては説明がましい。この時代は郵便が今よりもずっと頻繁にきたとのことですし、もっと省略してもいいような気がします。
そして、後半、親知らずが痛くてたまらない著者が漱石と美祢の姉の対峙場面や、彼がなぜ冷たい態度をとったのかを、なんと意識だけ過去に飛ばして(タイムスリップです……)解決を見るってーのは、ちょっとあんまりだと思うからなんですが。
わたしも相変わらず歯痛に苦しんでいますが、さすがにタイムスリップはしません。肩凝りとのダブルパンチが辛いので、ハンディマッサージ機を買いましたよー。
ただ、この美祢という娘と知り合いになったきっかけが寅彦の死んだ細君がらみというのは、巧妙ですね。
パスティーシュとSFという、清水さんの二つの原点が、漱石の出発点と重なって、楽しく読みました。
清水さんの初期作品が好きで、よく読んでいたのですよね。久しぶりに堪能しました。わたしがもっとも好きなのは、「大江戸花見侍」。エンディングがたまりません。