花の四日市スワマエ商店街

表参道スワマエ商店街会長のひとり愚痴

郷愁の午起停留場

2021年07月13日 | レモン色の町

昭和13年のマップに午起驛がある

三岐鉄道は昭和27年12月から30年(訂正:昭和39年)10月まで、国鉄関西本線 富田~四日市間の直通乗り入れ運転を行い、富田浜~四日市間に三岐鉄道の列車のみ停車する三岐鉄道午起停留場を開設した。(四日市市の今昔 樹林者刊より)

右、午起海岸

昭和30年8月、私(伊勢生まれの下総人さん)が小学3年生の時だった。午起海岸で海水浴を楽しんだ後、友人と私は、午起停留場から四日市行三岐ガソリンカーに(進行方向に向かって左側から)乗り込んだ。この年の2月、私は昌栄町へ引っ越してきたばかりだったので、新しい友人と出かけたのだった。二人でガソリンカーの荷台に乗り込み、四日市までのつかの間、涼感に満ちたショートツアーを満喫した。

昭和36年11月、関西本線東側に並行して三岐鉄道四日市新線工事が始まったが(午起停留場を取り壊して線路が敷かれた)、開業することなく昭和43年12月に廃された。

現在、関西本線がここを利用して複線化されている。午起停留場は跡形もない。

追記:三岐鉄道の国鉄関西本線直通乗り入れ列車(昭和29年)

三岐鉄道は昭和27年から、富田~国鉄四日市駅までディーゼル客車で直通乗り入れ運転を行っていた。昭和35年12月に三岐鉄道の全旅客列車が電車化されたが、関西本線の乗り入れ列車のみディーゼル客車で運行されていた為、富田駅での乗り換えが必要だった。昭和39年8月には山城駅~国鉄四日市駅間で、三岐鉄道乗り合いバスの運行が始まり、国鉄乗り入れ運転は昭和39年10月に廃止された。(写真提供=高井薫平氏 四日市市の今昔より)