大東亜戦争が始まったのは、昭和16年12月8日。67年前の一昨日だった。
国民学校の一年生であった私は、戦いの意味も必然性も、まったく知らない話でした。
きっと、ラジオから流れるニュースに、興奮と不安を感じていたに違いありません。
その日の朝、親たちや先生がどんな話をしたのか、まったく記憶にないのですから、いかに迂闊な私であったかが分かります。
戦争が始まった頃は、連日のように、大戦果の模様を聞かされました。熱に浮かされたような日々だったでしょう。
しかし、2~3年過ぎた頃は、本土が爆撃される話になっていました。子供心には、何が真実で何が嘘なのか、分かるはずもありません。先生や親の話に納得させられていたのです。
昭和19年から昭和20年となると、やはり子供でも不利な戦況を感じることが出来ました。
なにしろ、「一億一心」とか、「本土決戦」が叫ばれ始めたのです。
沖縄戦争、本土空襲、原子爆弾と続き、昭和20年(1945年)8月15日の敗戦へと流れました。
戦争って何だ?
子供の私たちは、意味の分からない幾年かを過ごしました。
親たちも同じだったと思います。
今になって見れば、その後の状況の推移から考え、さまざまな意味合いを感じることが出来ます。
このままの日本でいいのかどうか、議論の余地はありそうです。
しかし、今の日本人には、原点に立ち戻って議論する気力はなさそうに思います。
流された多くの血潮を無駄にしていいのでしょうか。
とても残念です。
でも私は、決して忘れません。たとえ老耄となろうとも!
開戦日老耄の日の過ぎ行けり 鵯 一平
これから、久しぶりに故郷へ行ってきます。弟の家に一泊します。
野口雨情生家に寄ってみようと思っております。
また、旧友たちとの歓談も、大きな楽しみです。
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