昨日の朝、東京駅でタクシーに乗った。15分程度の道程だった。
珍しく、ドライバー氏から話しかけてきた。
「これからお勤めですか?」 ドライバー氏は、後ろを振り返りながら、そんなことを訊いてきた。
「いやあ、ちょっと野暮用があってね……」 いきなりの質問に、正直な答えもできない。
「Yさん、元気そうだねェ」 私も儀礼上の言葉を吐いた。ほとんどの場合、私はドライバー氏を苗字で呼ぶことにしている。ダッシュボードの左上に、「乗務員者証」が掲示されていて、苗字はすぐに知ることができる。
「元気は元気なんですけど、まァ歳ですから……」
「幾つ?」 こうなれば、年齢を聞くことになってしまう。
「73歳のイノシシですよ」 さすがに70歳以上ともなると、干支まで言ってくれる。
「それにしては若く見えるよ。どう見たって60代にしか見えないよ」 私の言葉は、決してお世辞ではない。私よりもずっと若く見えた。
そんなヤリトリをしている内に、Yさんの身の上話が始まった。
かいつまんで言えば、次のとおり。
Yさんはさる大手の出版会社に勤めていたのだが、65歳でそこを辞めたそうだ。
すぐさま退職金と年金証書を細君に渡した。細君もYさんの労を心からねぎらってくれたそうだ。
年金は2ヶ月で45万円。細君は自分の年金が、2ヶ月で15万円だそうだ。
「しかし、女なんて分からないもンで、2年も過ぎない内から、喧嘩ばっかりですよ」
細君にとっては、毎日家にいるYさんが、とても鬱陶しくなったようだ。
元気なのに、男が家でゴロゴロしているなんてみっともない。兄弟からも色々言われていて、とてもやりきれない。どこか働き口を探したらどうか。
こんなやりとりの毎日だったので、試験を受けてドライバーになったのだという。年金は全額細君の管理下にあり、ほとんど小遣いはないとのこと。タクシー会社からの給料も、全額細君に渡し、そこから小遣いをもらっている。
一方の細君は、女性仲間との旅行会や、自分たちの「兄弟会」もやっているとのこと。
「いままで何のために頑張ってきたのか、情けなくってしょうがないですよ!」
Yさんの言葉には、嘆いているよりも怒っている雰囲気があった。
「離婚すればいいではないですか」 私は刺激的な言葉をぶっつけてみた。
「それも考えましたよ。でも、私の息子も女房の兄弟も、みんな女房の味方なんです。私はやられっぱなしです」 Yさんは、すっかり諦めている様子なのだ。
「弁護士にでも相談したらどうですか?」
「息子は弁護士なんです。その息子があっちに付いているんで、どうにもならないんです。私も悪いところはあったのでしょうが……」 終わりは小さい声。
目的地に到着するまで、Yさんの愚痴は延々と続いた。
目的地でタクシー代金を払う私に、
「朝から愚痴ばっかり言って、申し訳ありませんでした。どうもありがとうございました。お忘れ物などございませんように」 と、Yさんは言った。
最後なって、やっと、タクシー・ドライバーの職業的な言葉となった。
わざわざ料金を払って、朝から愚痴を聞かせてもらったようなものだ。
世の中には、色々な人がいる。色々な夫婦がある。Yさんの話のどこまが本当かはしらないが、身につまされる話ではあった。
聞いた範囲では、Yさんにとても同情できた。、しかし、裏側にどんな真実が隠されているのか、私には見当がつかない。
若い頃のYさんは、放蕩三昧を繰り返していたのだろうか。
元気を出して、恒例の外出です。
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