皆さんお疲れさまです。
東京電力が、電力自由化に乗じて電力販売の全国展開を図ることが発表されました。東京電力は今、事業ごとに会社を分割し、持株会社東電ホールディングスの傘下に各事業会社を置くという形に組織を再編しています。その事業会社のひとつで、電力販売部門を担当するグループ会社、東電エナジーパートナーが自社エリアである首都圏を飛び出し、全国展開をするとの発表がありました。すでに中部電力、関西電力のエリア内では電力販売を進めていますがこれを拡大。ついに九州、東北でも東電エナジーパートナーによる電力販売がこの9月にも始まります。しかし、福島で3.11を経験した私からすれば、他の地域はともかく、東電が東北で電力販売をするというのは言語道断です。それは、単に福島原発事故の加害企業である東電が、最大の被害者である東北地方の住民からカネを巻き上げるのがけしからん、という感情的なレベルの話ではありません。福島を初めとする原発事故被災者への賠償のスキームがこれにより崩壊することになるという事実があるからです。
ご存じのように、東京電力ホールディングスは現在、原子力損害賠償・廃炉等支援機構(原賠機構)が51%の株式を保有しており、実質的な国有化状態にあります。原賠機構は、東電に賠償資金を貸し付けるための法人であり、8月22日、すなわち昨日現在で合計8兆9034億円もの賠償資金を東電に交付しています。東電は、この資金の中から福島を初めとする原発事故被害者に賠償をするわけですが、重要なのはこの資金が渡しきりではなく貸付に過ぎないということです。当然、貸付である以上、東電はこの資金をいずれ、利益を上げてその中から返済しなければならないということなのです。
東電は、原発事故以降、原賠機構を間に挟む形で事実上、経産省に経営を握られてきました。原発事故被害者への賠償義務を負い、そのための資金の貸付を原賠機構から受けている立場上、東電は、勝手に値下げをしないよう国から指導を受けているとして、これまでは官公庁の電力入札も辞退してきたほどです。それが、ここに来ての急激な方針転換の背景にはもちろん国の意向があります。実質国有化が続いている東電にとって、国の意向に沿う形でしか経営方針を決められないという状態に今も変わりはないからです。「もっともっと東電の営業エリア外に進出して賠償資金を自分で稼いでこい。他の地域に進出して新たな顧客を獲得できるのであれば、3%の値引きくらいはしてもいい」という経産省の方針が背景にあるものと見なければなりません。
しかし、ここに大きな問題があります。東電が他の地域はともかく、東北で電力販売を手がけるとなれば、原発事故で最も大きな被害を受け、賠償される立場である福島の電力利用者が東電に電気代を払うということになります。もちろん、契約は自由意思であり、NHKと違って強制ではありませんから、東電と契約するのが嫌だという人は今まで通り東北電力や新電力と契約を続ければいいでしょう。しかし、東北電力より安いからと東電に乗り換える人も少なからず出るはずです。そうした人たちにとっては、自分が東電に払った電気代で自分が賠償を受けるということになり、実質的に賠償の意味がなくなってしまいます。最近ではあまり言われなくなりましたが、もともと福島第1原発の電気は首都圏が使うためのもので、すべて首都圏に送電されていました。地元では1ワットも使われていなかったのです。自分たちは使わない、首都圏の人たちのための電力が原因で家や故郷、生活や健康を失った福島の人たちが「事故の賠償をしてほしければまずは自分たちに寄付をしろ」と東電に言われるのでは話になりません。東電が東北電力のエリア内に進出して電力販売をするとは、要するにそういうことなのです。
ここまで来ると、原賠機構が東電に賠償資金を貸し付け、その中から東電が賠償するという制度、枠組みは完全に崩壊したといわなければなりません。もともとこの仕組みを作ったのは当時の民主党政権です。「東電を経営破綻させたら賠償資金も残らなくなる。被害者が賠償を受けられなくなる」として東電を倒産させない方針が採られました。しかし今から考えるとこれが正しかったかは大いに疑問です。むしろ、すっきりと東電を倒産させ、大株主である銀行や証券会社などの金融資本にきっちりと賠償させ、足りない部分は国が賠償するという枠組みを作るべきだったと私は思います。
賠償金をいくら払うか決める査定権限も東電が持っており、原発事故が起きた当初は従っていた原発ADR(裁判外紛争処理手続き)による勧告も、最近、東電は無視しています。加害企業が勝手に賠償額を決める。日本の電力政策は相変わらずデタラメだらけです。しかしこうしたところからも、綻びははっきりと出てきています。私たちはこうしたデタラメをひとつひとつ告発し、あるべき姿に正していくという気の遠くなるような作業をしなければなりません。しかしそれをしない限り日本に未来はありません。みなさんとともに、頑張っていくしかないと思います。
東京電力が、電力自由化に乗じて電力販売の全国展開を図ることが発表されました。東京電力は今、事業ごとに会社を分割し、持株会社東電ホールディングスの傘下に各事業会社を置くという形に組織を再編しています。その事業会社のひとつで、電力販売部門を担当するグループ会社、東電エナジーパートナーが自社エリアである首都圏を飛び出し、全国展開をするとの発表がありました。すでに中部電力、関西電力のエリア内では電力販売を進めていますがこれを拡大。ついに九州、東北でも東電エナジーパートナーによる電力販売がこの9月にも始まります。しかし、福島で3.11を経験した私からすれば、他の地域はともかく、東電が東北で電力販売をするというのは言語道断です。それは、単に福島原発事故の加害企業である東電が、最大の被害者である東北地方の住民からカネを巻き上げるのがけしからん、という感情的なレベルの話ではありません。福島を初めとする原発事故被災者への賠償のスキームがこれにより崩壊することになるという事実があるからです。
ご存じのように、東京電力ホールディングスは現在、原子力損害賠償・廃炉等支援機構(原賠機構)が51%の株式を保有しており、実質的な国有化状態にあります。原賠機構は、東電に賠償資金を貸し付けるための法人であり、8月22日、すなわち昨日現在で合計8兆9034億円もの賠償資金を東電に交付しています。東電は、この資金の中から福島を初めとする原発事故被害者に賠償をするわけですが、重要なのはこの資金が渡しきりではなく貸付に過ぎないということです。当然、貸付である以上、東電はこの資金をいずれ、利益を上げてその中から返済しなければならないということなのです。
東電は、原発事故以降、原賠機構を間に挟む形で事実上、経産省に経営を握られてきました。原発事故被害者への賠償義務を負い、そのための資金の貸付を原賠機構から受けている立場上、東電は、勝手に値下げをしないよう国から指導を受けているとして、これまでは官公庁の電力入札も辞退してきたほどです。それが、ここに来ての急激な方針転換の背景にはもちろん国の意向があります。実質国有化が続いている東電にとって、国の意向に沿う形でしか経営方針を決められないという状態に今も変わりはないからです。「もっともっと東電の営業エリア外に進出して賠償資金を自分で稼いでこい。他の地域に進出して新たな顧客を獲得できるのであれば、3%の値引きくらいはしてもいい」という経産省の方針が背景にあるものと見なければなりません。
しかし、ここに大きな問題があります。東電が他の地域はともかく、東北で電力販売を手がけるとなれば、原発事故で最も大きな被害を受け、賠償される立場である福島の電力利用者が東電に電気代を払うということになります。もちろん、契約は自由意思であり、NHKと違って強制ではありませんから、東電と契約するのが嫌だという人は今まで通り東北電力や新電力と契約を続ければいいでしょう。しかし、東北電力より安いからと東電に乗り換える人も少なからず出るはずです。そうした人たちにとっては、自分が東電に払った電気代で自分が賠償を受けるということになり、実質的に賠償の意味がなくなってしまいます。最近ではあまり言われなくなりましたが、もともと福島第1原発の電気は首都圏が使うためのもので、すべて首都圏に送電されていました。地元では1ワットも使われていなかったのです。自分たちは使わない、首都圏の人たちのための電力が原因で家や故郷、生活や健康を失った福島の人たちが「事故の賠償をしてほしければまずは自分たちに寄付をしろ」と東電に言われるのでは話になりません。東電が東北電力のエリア内に進出して電力販売をするとは、要するにそういうことなのです。
ここまで来ると、原賠機構が東電に賠償資金を貸し付け、その中から東電が賠償するという制度、枠組みは完全に崩壊したといわなければなりません。もともとこの仕組みを作ったのは当時の民主党政権です。「東電を経営破綻させたら賠償資金も残らなくなる。被害者が賠償を受けられなくなる」として東電を倒産させない方針が採られました。しかし今から考えるとこれが正しかったかは大いに疑問です。むしろ、すっきりと東電を倒産させ、大株主である銀行や証券会社などの金融資本にきっちりと賠償させ、足りない部分は国が賠償するという枠組みを作るべきだったと私は思います。
賠償金をいくら払うか決める査定権限も東電が持っており、原発事故が起きた当初は従っていた原発ADR(裁判外紛争処理手続き)による勧告も、最近、東電は無視しています。加害企業が勝手に賠償額を決める。日本の電力政策は相変わらずデタラメだらけです。しかしこうしたところからも、綻びははっきりと出てきています。私たちはこうしたデタラメをひとつひとつ告発し、あるべき姿に正していくという気の遠くなるような作業をしなければなりません。しかしそれをしない限り日本に未来はありません。みなさんとともに、頑張っていくしかないと思います。