安全問題研究会~鉄道を中心とした公共交通を通じて社会を考える~

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JR岩泉線の廃止表明に思う

2012-04-09 23:09:37 | 鉄道・公共交通/交通政策
JR岩泉線、再開断念の方向 30日にも正式発表(岩手日報)

岩手日報記事にあるとおり、2010年7月に大雨に伴って起きた脱線事故の後、復旧ができないまま不通が続いていた岩泉線について、JR東日本が復旧断念(廃止)を表明した。もし廃止となれば、国鉄再建法に伴う特定地方交通線以外のJR東日本線では初めてとなる。

当ブログがこの事態に際し、どのような態度を表明するか、注意深く待っている人もいるかもしれないが、岩泉線が現在、JR線としては最も営業成績の悪い路線であることは疑いないだろう。JR東海には名松線、西日本には木次線、三江線という「超大赤字路線」が存在するが、これらの赤字線ですら岩泉線には遠く及ばないと思われる。何しろ岩泉線の2005年度の輸送密度はたったの85人である。国鉄再建法が特定地方交通線(廃止対象路線)の選定基準としていた輸送密度4000人と比べて実に2桁も少ない。

国鉄末期には特定地方交通線の選定に絡んでずいぶん話題になった輸送密度だが、最近はこれが話題になることも少なくなったのでもう一度おさらいしておこう。旅客輸送では1日1キロメートルあたり何人の乗客があるかを示すもので、単位は人キロ。貨物輸送では、1日1キロメートルあたり何トンの貨物があるかを示すもので、単位はトンキロ。旅客、貨物の両方がある路線では、この合計が人トンという単位で示される。例えば1人の乗客が10キロメートル乗車した場合、輸送密度は10人キロ。10トンの貨物を100キロメートル輸送した場合、輸送密度は1000トンキロとなる。

岩泉線の輸送密度85人という数字は、1人が仮に8.5キロメートルを乗車するとしたら、1日1キロメートルあたりわずか10人の乗客しかいないことになる。あらゆる公共交通が成立し得ない破滅的な数字だ。仮に鉄道を廃止して代替交通手段を用意するとしたら、タクシーが2台もあれば充分だ。

これほどの大赤字路線がどうして今まで生き残れたかは改めて申し上げるまでもないだろう。国鉄再建法には、並行道路が未整備の場合には特定地方交通線から除外できる例外条項があった(並行道路が雪や凍結で年間10日以上通行止めとなる場合は未整備とみなす)。岩泉線も、いったん第2次特定地方交通線に指定されながら、並行道路未整備を理由に指定から外れ、現在に至る。

今なお岩泉線に並行するのは片側1車線の国道455号線のみだ。私はこの区間を車で走ったことがある。季節は夏だったと記憶するが、山岳区間のため勾配は急で、冬はとても通れる状況にはない。これこそ岩泉線が今まで生き残ってきた秘密なのだ。

「岩泉線はボランティアだ」とあるJR東日本幹部が語った、という話を伝え聞いたことがある。真偽のほどは明らかでないが、上記の輸送密度を見ればボランティア同然であることは明らかだ。1日1キロあたり10人なんて、遊園地のミニSLでももうちょっと乗客がいるんじゃないの、と言いたくもなる。

しかし、それでも、当ブログは岩泉線を廃止してよいとは言えない。根拠はいろいろあるが、先に述べた唯一の並行道路――まさに岩泉線が特定地方交通線指定を免れる原因となった国道455号線の冬の状況が思わしくないこと。JR東日本は今年3月に廃止となった十和田観光電鉄(青森)のような青息吐息のローカル私鉄と異なり、こんな赤字路線を抱えながらも黒字経営であるということ。

そしてなにより許せないのは、かつてJR東日本が「(JR東日本は)発足後、線路を廃止したことはない」と大見得を切っていることだ。

東北新幹線が新青森まで延長開業すれば、JRのどの路線ともつながらず、孤立した路線となるJR大湊線が廃止されるのではないか――そんな懸念が青森県内で強まっていた2007年11月、「東奥日報」(青森県の地方紙)がJR東日本を取材し、大湊線問題を質した。このときJR東日本広報部は同紙に対し、上記のように大見得を切った。2007年11月25日の同紙は1面トップでそのことを伝えている。

もちろんJR東日本は大湊線以外のいかなる路線にも言及していない。しかし、その大上段に構えた表現を見て、誰もが「JR東日本は未来に向かって、責任を持って自社路線の存続を約束した」と思ったに違いないのだ。

2012年1月22日、岩泉線早期復旧を求める決起大会には900人が参加した(2012.1.23付け河北新報)。もっとも、この決起大会参加者のうち何人が実際に岩泉線を利用しているのか私は聞いてみたいと思う。ほとんどの参加者が決起大会に参加はしても実際にはほとんど岩泉線など利用したことがないに違いない。彼らがせめて1ヶ月に1度でも岩泉線に乗っているなら、輸送密度85人などという無残きわまりない数字は決してあり得ないからだ。国鉄末期の「乗って残そう○○線」運動の時にも見られた現象だが、廃止反対集会に参加はするけれど自分は乗らず、自分以外の誰かが乗ってくれることで廃止を免れればいいという姿勢には大いに疑問がある。地方の衰退は住民の責任ではないし、それを招いた者に対して正当な批判を加えることはもちろん必要だが、鉄道を残したいなら住民みずから明日の地域の姿をイメージできるような未来図を示す努力も必要だ。

ただ、記事によれば、岩泉-宮古間は列車なら1時間15分で行けるのに対し、バスだと2時間かかるという。国鉄末期、岩泉線を特定地方交通線から除外しなければならなかったほどの並行道路未整備は現在でもまったく解消していない。この問題を放置したままの廃止には、同意できない。

東日本大震災からの三陸各線の復旧の望ましいあり方については、明日にでも改めて述べる。
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