29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

遺伝学の批判だが、まずは遺伝学の議論を理解してから

2018-06-22 21:34:41 | 読書ノート
ダルトン・コンリー, ジェイソン・フレッチャー『ゲノムで社会の謎を解く:教育・所得格差から人種問題、国家の盛衰まで』松浦俊輔訳, 作品社, 2018.

  現在の遺伝学の水準はどの程度か、また遺伝を考慮したとき社会はどうなるか・どうあるべきか、を論じる内容。一般向けと著者らはいうが、予備知識がないとけっこう難しい。行動遺伝学とエピジェネティクスの簡単な理解を持っておいた方がいいだろう。原書は The genome factor : What the social genomics revolution reveals about ourselves, our history, and the future (Princeton University Press, 2017.)である。

  最初に行動遺伝学が批判される。一卵性双生児と二卵性双生児の比較によって推定される遺伝率は、環境の影響を誤って多く取り込んでいる、というのだ。理由の一つとして、遺伝子を一部サンプリングしてカウントした場合の遺伝率の値はもっと低くなることが挙げられる。とはいえ、そのような方法もいろいろ問題はあるらしい。著者らは、遺伝の影響を小さくは考えず、ある程度はあるものとして議論をすすめてゆく。エピジェネティクスも視野に入れてはいるが、環境の影響を過大視はしていない。中盤以降は、人種概念の扱い方、国によってなぜ経済発展度が異なるか、遺伝子に合わせたオーダーメイド医療などについて論じられる。未邦訳のBell Curveや『国家はなぜ衰退するのか』が議論の俎上にのせられる。明快な結論というものはなく、「遺伝の話を絡めるのなら、正しい議論の立て方はこうなる」というような論じ方である。

  前世紀とは異なって、今世紀になると人間行動が遺伝によって制約を受けていると論じることはタブーではなくなってきた。遺伝の研究も進んでおりその成果に飛びつきたくなるところだが、「まだまだわかっていないことは多いんだよ」と冷水を浴びせるのが本書の役割だろう。本書を楽しむには順序が重要である。橘玲の『言ってはいけない』などを読んで、まずは近年の遺伝をめぐる議論の洗礼を受けてからのほうがいい。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 明智光秀の動機はいまだ謎で... | トップ | 全体の主張は平凡、個々のト... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

読書ノート」カテゴリの最新記事