なぜ仲井真知事は嘘をついたのか



「かみつく」を改名「沖縄 民主主義4」
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「かみつく」を改名して「沖縄 民主主義」にした。

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なぜ仲井真知事は嘘をついたのか

                                    (1月5日の知事公舎前での抗議行動)
1月5日(日)の朝も知事公舎前での抗議行動に参加した。今日も四〇名ほどの人たちが集まったが、驚いたのは最後にマイクを握った元県職員・Aさんの話だ。

Aさんは、一九九〇年頃、仲井真が大田県政の副知事だった当時、その下で働いていた。仲井真は通産省の役人から沖縄県の副知事になったのだが、その頃、仲井真は、いつもAさんたちの部屋に来て、「何故、沖縄は自治体のくせに中央政府といつもコトを構えるのか? 政府とコトを構えるのは良くない。」 とばかり言っていたという。Aさんは、「あの頃は、国対策の前に、仲井真副知事対策が大変だった。いつも、大田知事に我々の考えを届けようとすると、その前に仲井真副知事につぶされることが多かった。そのため、我々は副知事室のランプが消えて、副知事が退出したことが分かってから、知事室に書類を届けた。」、「仲井真副知事は、自民党議員団と通じ、大田知事イジメの根回しばかりやっていた。」、「今回、仲井真は、『我々は安倍政権の応援団』と言ったが、まさにその正体が正直に現れた。」とも話された。

Aさんの話でよく分かったのは、仲井真知事は、政府の恫喝に屈して埋立を承認したのではなく、当初からの筋書き通りだったということだ。Aさんは、その点について、「県民の中にも弱さがあったのではないか。」と指摘されたが、まさにその通りかもしれない。

 正月休みは今日で終わり、明日(月曜日)からは県庁も開く。知事公舎前での抗議行動はひとまず今日で終わる。明日は仲井真も県庁に出てくると思われるので、OさんやIさんたちは、午前8時~10時まで県庁1Fロビーで抗議行動の予定だ。私は平和市民連絡会の高江便の運転のため参加できないが、火曜日には私も県庁で抗議をしたいと思っている。
            チョイさんの沖縄日記 

チョイさんの沖縄日記を読めば、仲井真知事が「辺野古埋め立て」を承認する腹を決めていたのにぎりぎりまで埋め立てではなく「県外移設」を主張してきた理由が分かる。
県庁の公務員はほとんどが共産党・社民党系の革新系である。彼らの知事への圧力は私たちの想像を超えるものすごいものである。彼らは繰り返し繰り返し波状圧力をかけていく。それは自殺に追い込む「いじめ」に似ている。「いじめ」は長い時間をかけて何度も何度もいじめていく。そのために神経がズタズタになりしまいには自殺をしてしまう。これと同じやり方で公務員組織は圧力をかけて知事を追いこむのだ。知事は神経がズタズタにされてしまう。神経をズタズタにされないないために「県外移設が早い」などと繰り返した。ぎりぎりになって辺野古埋め立てを承認したのである。承認した後の知事はいきいきとしている。埋め立て承認を発表したので、もう、いじめられないからだ。
情けないがこれが沖縄の政治である。


「あの頃は、国対策の前に、仲井真副知事対策が大変だった。いつも、大田知事に我々の考えを届けようとすると、その前に仲井真副知事につぶされることが多かった。そのため、我々は副知事室のランプが消えて、副知事が退出したことが分かってから、知事室に書類を届けた。」、
知事が選んだ幹部ではなく、政策にたずさわる権利がない平の公務員組織が政策をつくり知事に出す。それが当たり前に行われているのが沖縄の県庁である。それをAさんは暴露している。人前で堂々と発言しているということは彼はそれが正しい行為だと信じているのだ。それが沖縄の政治のやっかいな所である。

「仲井真副知事は、自民党議員団と通じ、大田知事イジメの根回しばかりやっていた」
仲井真氏は大田知事が副知事にしたのである。大田知事をいじめる地位にはない。大田知事を補助する地位にある。もし、大田知事にとって仲井真副知事が邪魔であれば首にするだろう。知事は公務員を首にすることはできないが副知事を首することはできる。大田知事が必要と思ったから仲井真氏を副知事にしたのである。それが知事と副知事との関係だ。
県庁の公務員は政治家ではない。知事や議会で決めたことを実行していく仕事人である。知事が変われば副知事はは首になるが公務員は首にならない。新しい知事の政策に従っていくのか公務員である。公務員は政策に介入してはならない。介入したいのなら公務員を辞めて議員になるべきだ。議員になって自分の主張を政治に反映していくべきである。
しかし、沖縄県の公務員はそうは考えていない。自分たちのほうが沖縄のことをよく知っているから自分たちの意見を知事は聞き入れるべきだと考えている。自分たちの主張を取り入れない知事は駄目な知事だと考えている。
沖縄の公務員は政治屋であり県の政治への圧力者である。もし、知事が自分たちの要求を聞き入れなければサボタージュをして知事を困らせることも平気でやる。
中国は共産党支配のように見えるは実態は公務員が立法・行政・司法をしている国である。つまり公務員天国の国家である。沖縄の公務員も中国と同じ考えをしているということだ。
もし、一年前から埋め立てに賛成であることを公言していたら仲井真知事はノイローゼになるくらい公務員組織に圧力をかけられていただろう。だから本音を言わなかったのだ。堂々と正面から自分の考えを言わないのは情けないが、仲井真知事は最初からぎりぎりまで嘘をつ は計画的であった。そうしなければ仲井真知事の神経は持たなかっただろう。

  


雨宮さんの言う通りだ。仲井真知事は県外移設を公約にしていながら辺野古埋め立てを承認した。政治家として最低である。公約を破るのなら知事を辞めて県民の真を問うべきだ。辺野古埋め立てを承認した後でも県外移設のほうが早いなどというのは県民をバカにしている。
県外移設は不可能であるのに、県外移設のほうが辺野古移設より簡単と県民に言った仲井真知事は大嘘きだ。「滑走路のある使用していない民間飛行場に移設したほうが早い」と何度も仲井眞知事は言った。知事がそんなことを言えば県外説のほうが早いと信じてしまう県民も多いだろう。雨宮さんも県知事を信じ県外移設をすると思っていた県民の一人だっただろう。
ところが埋め立て承認である。
「承認しておきながら県外移設は必要と訴えるのであれば、初めから承認はするなと言いたい」
雨宮さんの怒りはもっともである。

ところで、雨宮さんにひとつ聞きたい。普天間飛行場をどうしますか。固定化は仕方ないと思っているのか。それとも県外移設をしたほうがいいと考えているのか。辺野古移設に反対するだけで普天間飛行場をどうした方がいいかも考えなくてはならない。
一番肝心な問題は普天間飛行場をどうするかなのだ。辺野古移設、普天間固定化、県外移設、国外移設、閉鎖の五つの案がある。しかし、五つの案すべてが実現可能というわけではない。マスコミでも話題にしなくなった国外移設・閉鎖は無理だとはっきりしている。それでは県外移設は可能かどうか。
県外移設は三年以上も話題になっている。それなら県外の候補地が上がってもおかしくない。ところが一カ所さえ候補地が上がったことはない。雨宮さんは変だと思わないか。もしかすると本土には移設場所がないかもしれない。そう思わないか。
「知事の承認に屈せず、今こそ県民は一致団結するべきだ」
雨宮さんは「知事の承認に屈せず」と雨宮さんは言っているが、その前に実現可能な案はどれなのかを雨宮さん本人が考えるべきだよ。県外移設はでまるのかできないのか。三年間もひとつの候補地さえ示すことができなかったということは県外移設はできないだろうと雨宮さんは思わないのか。
雨宮さんは辺野古移設に反対しているだけで、普天間飛行場をどうすればいいかには関心がないのか。それじゃあおかしいよ。雨宮さんは辺野古移設に反対しているだけで普天間飛行場の危険性除去なは関心がなければ辺野古埋め立ての根本問題を避けていることになる。。雨宮さんは卑怯だよ。
日本政府は普天間飛行場の危険性をなくすために辺野古に移設しようとしている。今私たち県民に突き付けられているのは普天間飛行場をどうするかなのだ。「今こそ県民は団結するべきだ」と雨宮さんは言うが、普天間飛行場問題を無視している雨宮さんの言葉は空しいだけだよ。





辺野古埋め立て問題はアジアの政治が絡んでいることを知らないと間違った判断をしてしまうよ鈴木さん。
中国は共産党一党独裁国家で、周辺国への侵略を狙っている。それを抑止し、日本を守るためには米軍や自衛隊が必要だ。軍隊というと戦争をする怖い存在に思う人がいるが、でも国を守るには軍隊はなくてはならないものだ。国内社会の安全を守るのは警察である。私たちが平穏な生活を送れるのは警察が居るからだ。もし警察が居なければ盗みや暴行や殺人が横行し荒れた社会になる。それは鈴木さんも想像できると思う。自衛隊・米軍も同じだ。テロリストや外国軍の侵略から守っているが自衛隊・米軍だ。もし日本に自衛隊や米軍がいなければ、テロリストや軍隊が日本を襲っていただろう。
特に中国は日本に侵略して日本を支配していただろう。自衛隊と米軍は日本・沖縄を中国や武装勢力、テロリストから私たちを守るために存在している。
鈴木さんが海をきれいにする活動ができるのも、自衛隊や米軍が侵略を防いでいるからだ。警察が社会の安全を守っていることは誰でも知っているが、自衛隊や米軍が私たちの安全を守っていることに気づいている人は少ない。その理由は、警察が犯罪者を捕まえることを私たちは毎日新聞やテレビで見ているが、自衛隊や米軍が侵略者を撃退したことがないからだろう。なぜ、撃退したことがないか。それは撃退する前の段階で自衛隊・米軍が抑止しているからだ。
戦後ずっと平和だったから自衛隊や米軍がいなくても平和だろうと考えている人もいるだろう。鈴木さんそうなのかな。しかし、それは間違いだ。自衛隊や米軍が存在したから侵略者はいなかったのだ。
海を愛し平和を愛している鈴木さんも私たちの平和を守るために警察、自衛隊、米軍が存在していることは理解してほしい。

鈴木さんに言いたい。
平和を愛すれば平和になるのではないということを。平和は警察や軍隊が守っているから保たれている。どんなに鈴木さんが平和を願う気持ちが強くても、平和を守ることができる「力」がなければ平和にはなれない。チベットやウイグルは自分たちを守る「力」がなかったから共産党独裁国家中国に侵略され、収奪され、自由を奪われている。チベットでは植民地支配に抗議して僧侶が焼身自殺をしているし、ウイグルでは自爆テロや抗議テロを繰り返している。自分たちを自分たちで守ることができない悲劇だ。

警察や軍隊の力が弱い国では治安が悪く、テロも多い。日本は警察も自衛隊・米軍も力が強いから平和であり治安もいい。

「次の世代には怒りや悲しみではなく、理解や愛を広げたい」と鈴木さんはいうが、今の世代でも理解や愛を広げていくのは大事だ。鈴木さん。次ではないでしょ。今でしょ。

辺野古移設に怒るのは、沖縄・日本・アジアの平和に米軍が貢献していることを知らないからだ。県外移設・国外移設・閉鎖は不可能であり、普天間固定化かそれとも辺野古移設かの二者択一を選択しなければならない現実を理解していないからだ。共産党一党独裁国家の植民地支配、搾取、人権弾圧に無関心だからだ。アジアの平和を真剣に考えていないからだ。
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「戦争の島にさせない」というけれど



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「かみつく」を改名して「沖縄 民主主義」にした。

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「戦争の島にさせない」というけれど



 一九四五年、沖縄本島南部は激しい地上戦が繰り広げられた。当時一五歳だった島袋文子(八三)は一〇歳の弟と、火炎放射器で焼かれて視力を失った母と一緒に糸満や東風平(八重瀬町)を逃げ回った。壕に逃げ込み、たまり水を手ですくって飲んだ。暗闇に目が慣れてくると、水たまりの中で人が死んでいるのに気付いた。「思い返すのも嫌さ。夜眠れなく」。島袋さんの言葉は少なくなる。
            沖縄タイムス・圧力を超えて 埋め立て「承認」への思い

沖縄戦で悲惨な体験をした島袋さんは反戦・平和主義者になった。沖縄を「戦争の島にしたくない」という思いが強い。だから、「沖縄をこれ以上、人殺しの島にさせたくない」と辺野古に飛行場を建設することに反対しつづけてきた。島袋さんの沖縄を戦場にしたくないと思う気持ちは理解できる。私も沖縄が戦場になってほしくない。
沖縄を戦場にしたくないと強く思っている島袋さんは気づかないのだろうか、沖縄は戦後一度も戦場になったことがないことを。戦後のアジアは戦争の連続だった。しかし、六十八年間も沖縄は戦場にならないで平和だった。なぜ、この事実に島袋さんは気づかないのだろう。沖縄が戦場にならなかったのは米軍が駐留していたからだ。世界一強い米軍が駐留している沖縄を攻撃する国はアジアにはなかった。だから沖縄は平和だった。米軍こそが沖縄が戦場になるのを防いだのだ。沖縄を戦争の島にしたくなかった島袋さんは米軍に感謝するべきではないだろうか。

ベトナム戦争の時、沖縄から爆撃機が飛び立ちベトナムに爆弾を落とした。沖縄から多くの兵士がベトナムに行き戦争をした。米兵は多くのベトコンや北ベトナム軍を殺した。「人を殺すことに関わりたくない」と思った島袋さんは基地で働くことをやめて、商店を営み、穏やかな日々を過ごしたという。島袋さんの商店はどこにあったのだろうか。辺野古なのだろうか。もし辺野古だとすると基地で働いている沖縄の人がお客になる。米軍から出たお金が島袋さんの商店で使われることになる。米軍の仕事を辞めたとしても島袋さんは米軍のしがらみから完全に離れたことにはならない。基地で働くのを辞めて沖縄人を相手に商売をすれば基地経済から離れていると考えるのは間違っている。軍で働いて直接軍から収入を得た場合は人を殺すことに関わり、間接的な軍からの収入ならば人を殺すことに関わっていないと考えるのはずるい考えだ。
軍雇用者は給料をもらうと生活のためにスーパーや電化製品など色々な店で商品を買う。米軍から軍雇用者にお金が渡り、そのお金は沖縄の生活圏で流通していく。米兵や家族を相手にしたAおサインバー、洋服店、電化製品店、時計屋などの収入も沖縄の生活圏で流通していく。米軍から直接収入を得ていなくても米軍から出たお金のお世話になっている人は多いのだ。彼らもまた「人を殺すことに関わっている人間」である。米軍から直接収入を得ていないから米軍とは関係がないというのは島袋さんの勘違いである。経済について深くは知らない島袋さんだから勘違いは仕方のないことであるが。

島袋さんは、普天間飛行場の移設先に辺野古の名前が上がった時から、「沖縄をこれ以上、人殺しの島にはさせない」と決心し、新基地建設に反対し続けたという。
島袋さん。冷静に考えてほしい。普天間飛行場を辺野古に移設するだけである。沖縄の基地が増えるわけではない。
普天間飛行場は返還されるのだから基地は縮小されることになる。

「知事は、島をお金で売った。戦争になったら、お金で命は守れないんだよ。容認する人はそれが分かっているの?」
沖縄タイムス・圧力を超えて 埋め立て「承認」への思い
普天間飛行場を辺野古に移設することがなぜ島を売ることになるのか。理解しにくい考えである。確かに安倍首相は三〇〇〇億円以上の多額な交付金を保障した。それは辺野古の埋め立てを承認してもらいたい気持ちがあり、仲井真知事も多額の交付金に喜んだ。それは埋め立て地を承認したことと関係したことは確かである。しかし、それが島を売ったことになるのだろうか。仲井真知事は多額な交付金がなければ辺野古埋め立てを承認しなかったと島袋さんは考えているのだろうか。もし、そのように考えていたら島袋さんの考えは甘い。政治は島袋さんが考えているような甘いものではない。
仲井真知事が埋め立てを承認することは七年前から決まっていた。民主党が政権を握って、鳩山元首相が「最低でも県外」を公約にしたために回り道をしただけだ。自民党政権下で仲井真知事が辺野古埋め立てを承認するのは既定路線だった。いや、民主党政権でも埋め立ては承認していた。問題は埋め立てに反対している県民の気持ちを和らげることだった。
県民の反発を和らげるために、お金の亡者たちには高額交付金、オスプレイ配備の反発を和らげるために本土訓練の増加。普天間基地の早期撤去を希望している県民には五年以内の閉鎖などを上げたのである。政府も仲井真知事も反発されないために色々苦労しているのだ。
島袋さんは金で島を売ったというが、交付金は今までもあった。交付金を二〇年まで三〇〇〇億円以上を維持すると安倍首相は約束したが、増えるのは五〇〇億円から一〇〇〇億円くらいである。島を売ったと言えるほどの金額ではない。埋め立てを承認したくらいで「島を売った」なんて大げさである。
島袋さんは辺野古移設を反対すればいいが、政府は普天間飛行場の危険性を除去するためにはどうしても移設しなければならない。県外移設は不可能であるから辺野古に移設しかなかった。辺野古に移設することができなければ普天間に固定化せざるを得ない。
島袋さんは辺野古反対をすればいい。しかし、政府に突き付けられていたのは普天間かそれとも辺野古か二者択一なのだ。島袋さんは普天間飛行場をしようと考えていますか。県外移設をすればいいと考えていますか。それでは県外移設はできると思いますか。もし、できると考えているのなら島袋さんは現実を知っていない。県外移設ができるかできないかを真剣に検討していない。
島袋さんは無責任だよ。

島袋さんは「戦争になったら、お金で命は守れないんだよ」と言った。その通りだ。島袋さんの言うとおりだ。飛んでくる弾丸をお金で止めることはできない。爆弾の爆発をお金で防ぐことはできない。
戦争になったらもうおしまいだ。だから戦争にならないために努力しなければならない。莫大なお金を使って。島袋さんは米軍が沖縄駐留に莫大なお金を使っていることを忘れているようだ。島袋さんが基地で働いて給料をもらった。それも米軍が沖縄に駐留するためのお金だ。
敵が攻めてきた時、自衛隊や米軍は敵と応戦する。銃弾を発射し、砲撃し、戦闘機で機銃掃射や爆弾を落とす。それは全て国がお金で買ったものだ。国にお金がなければ軍隊の武器を買うことができない。武器がなければ戦争に負けてしまう。
本当は「戦争になったら、お金で命は守れないんだよ」ではない。命を守るためには莫大なお金が必要なんだ。

国はお金で国民の命を守ることができる。島袋さんは庶民感覚で戦争を見ている。戦争というのは国と国が戦争をするのだから庶民感覚で理解できるものではない。島袋さんは個人的な沖縄戦体験を元にして辺野古移設に反対しているが、島袋さんの考えは体験主義であるために間違いだらけだ。

島袋さんは「戦争になったら」と言っている。沖縄が戦争になるかも知れないと島袋さんは心配しているが、沖縄は戦後六十八年間戦争がなかった。平和だった。島袋さんはその事実を無視している。悲惨な沖縄戦を体験したから再び沖縄が戦争になるかも知れないと心配しているが、客観的にかんがえるのなら、六十八年間も戦争がなかったのだから戦争は簡単には起こらないだろうと思うのが普通である。そして、なぜ戦争が起こらなかったのかその原因を追究するのが私たち沖縄に住んでいる人間のやるべきことである。
しかし、島袋さんは戦後ずつと戦争が起こらなかったことを無視しているし、なぜ戦争が起こらなかったか、その原因を考えようとしていない。トラウマとなっている沖縄戦が再び起こるかもしれないと心配しているだけだ。

なぜ、沖縄が戦争になるかも知れないと島袋さんは思うのか。それは島袋さんが戦争が起こる原因を知らないからだ。なぜ、太平洋戦争が起こったのか、なぜ、沖縄で日本軍と米軍の戦争が起こったのか。なぜ、十万人もの沖縄人が犠牲になったのか。その原因は体験だけからは分からない。本を読んで勉強しなければ原因を理解することはできない。
沖縄戦が起こった原因は日本が大陸侵略をしたこと、民主主義に向かっていた日本は五・一五事件、二・二六事件あたりから軍部が政権を握り、戦争を拡大していき、真珠湾攻撃をきっかけに米国とも戦争になった。連戦連勝していた日本軍であったが物量豊富な米軍に敗北するようになった。米軍は南方の島々に侵攻し、日本軍を殲滅しながら北進をした。サイパン、フィリピン、台湾と進行した米軍はとうとう沖縄本島まで進攻した。
なぜ沖縄戦になったか。
第一の原因は日本軍部が日本の政権を握ったことである。
第二は日本軍が大陸を武力で制圧して帝国を築く野望を持ったことである。
第三は米国と戦争になったことである。
第四は日本軍は南方の戦争で米軍に負け続けたことである。
第五は米軍は南方から北上していって沖縄を制圧してから九州に侵攻していく戦略を立てたことである。
第六は沖縄戦になる前に日本が敗北宣言をしなかったことである。

 これが沖縄戦の原因である。沖縄戦の原因を理解すれば、沖縄が戦争になった原因である第一、第二、第三が戦後はなくなったから六十八年前の沖縄戦と同じ戦争は起こらないことが分かる。沖縄で戦争が起こるとすれば米国ではなく別の国との戦争になるだろう。ただ、戦後の日本は民主主義国家になったから他国に侵略することはない。だから日本が他国に侵略してそれが原因で沖縄が戦争に巻き込まれる可能性はなくなった。米国とは親しい関係になっているから沖縄戦のように米軍と戦うことはない。戦争をするとすれば米軍以外の軍隊が攻めた時である。アジアには北朝鮮、韓国、中国、フィリピン、カンボジア、インドネシア、タイなどの国があるが、米軍が駐留している日本・沖縄を攻める勇気のある国はない。世界最強の米軍と戦争するような国はアジアにはないからだ。
 尖閣諸島の領土争いが原因で中国側は日本と戦争するかもしれないような発言をするが、それは米軍抜きの日本だけとの戦争である。米軍が沖縄に駐留している限り、中国軍が沖縄に侵略することはあり得ない。
 島袋さんは米軍が沖縄に駐留し、普天間飛行場が辺野古に移設するから戦争になるかも知れないと言うがそれはおかしい。戦後の沖縄史を理解していない。辺野古に移設して普天間飛行場の軍事力をそのまま維持するから沖縄が戦争になる恐れはないのだ。
普天間飛行場があり続けた六十八年間は戦争がなかった。それが戦後の史実である。普天間飛行場を辺野古に移設することは米軍基地の現状維持である。なぜ、辺野古に移設しただけで戦争になるのか。島袋さんは説明していない。

「戦争を体験した者として、沖縄を二度と戦争の島にはさせないです。生きて話ができるうちは、私は反対し続けますよ」
沖縄タイムス・圧力を超えて
埋め立て「承認」への思い                    

子供の頃、母から戦争体験を何度も聞いた。父は赤紙が来て南方に行って母は父の家族と住んでいた。。家は読谷村の比謝にあったから、渡久地から上陸した米軍にすぐに占領された。母は北部に非難した父方の家族と離れ、自分父親の親族たちと島尻の方に非難しようとしたが、渡具知海岸に上陸して嘉手納飛行場占領した米軍に南北を分断されて島尻に行けなくなった。母は六歳になる私の姉や実の妹や親戚と一緒に嘉手納飛行場の北側で戦時中を過ごした。山の中を壕から壕へ移動しながら米軍から逃げた。危機一髪で死を免れたことが何度もあったという話を何度も聞いた。
ある壕から出て、翌日その壕に戻ると、母たちの後に壕に入った家族が米軍の機銃掃射で惨殺されていた。ある壕では米軍に機銃掃射されたが、壕には横穴があったので助かったという話も聞いた。母の戦争体験を書けば一冊の本になってしまう。母の体験談はここまでにするとして、私は高校生になった頃に母は沖縄戦を台風と同じように考えていることに気づいた。
東大震災の大津波は自然災害であり、人間がどんなにあがいても津波を阻止することはできない。沖縄の毎年やって来る台風も人間の力では止めることはできない。米軍が上陸して沖縄戦になったが、母にとって沖縄戦は台風と同じであった。原因不明の避けることができない災いであった。
なぜ、沖縄戦が起きたのか、米国とはどんな国なのか、米軍とはどんな軍隊なのかという話を母は一度もしなかった。
母は玉音放送のことも、天皇のことも話さなかった。天皇所とても遠い存在であり、母には理解できない天の上のよう存在だった。沖縄のグソウ(あの世)より遠い存在だった。
母にとっては終戦とは恐ろしい暴風雨が終わったという感じだった。戦争がなぜ起こりなぜ終わったのかは母の理解できるものではなかった。

二十五年前に七十三歳で死んだ母は生きているなら九十八歳であるから島袋さんより十五歳上であるが、島袋さんの感性は私の母に近いと思う。目の前で起こった体験が戦争だと思っている。島袋さんの目の前で爆弾が爆発し、銃弾が飛び交った。爆弾を撃ったのは軍艦であるし、銃弾を発射したのは兵士である。目の前で起こった戦争は住民を巻き込んだ軍隊と軍隊の殺し合いであった。島袋さんの目からは沖縄で戦争をしている軍隊が自分たちの意思で戦争をしているように見えただろう。軍隊があるから戦争をする。だから、軍隊がなくなれば戦争はなくなる。そう考えるようになったのだろう。
島袋さんは軍隊の意思ではなく政府の意思で戦争をすることを知らない。その中でも、民主主義国家では国民の意思で戦争するかしないかを決めることを知らない。

島袋さんは沖縄戦を体験したから、それがトラウマとなって再び沖縄戦が起こるかも知れないと心配している。しかし、日本国民は太平洋戦争・沖縄戦を体験したから二度と戦争はしないという意思のほうが強い。戦争をしそうな政治家は当選しないだろう。国民の代理である国会・政府も戦争は二度としないという意思が強い。だから、戦争はしない。侵略された時に戦争をするだけだ。島袋さんの勘違いは軍隊があるから戦争になると考えていることである。侵略されないために沖縄の米軍が必要であることを知らないことが島袋さんの欠点である。

島袋さんには反米・反安保・反資本主義の高度な政治思想はないだろう。庶民的な反戦平和への思いが強いだけだ。しかし、沖縄二紙、革新政治家、左翼運動家が辺野古移設に反対している理由は反戦平和ではなくて反米・反安保・反資本主義だからである。島袋さんは社会主義について知らない。中国についても知らない。だから、中国が軍事増強していることを知らない。それを知っていれば島袋さんは中国の軍事増強にも反対するだろう。
沖縄二紙、革新政治家、左翼運動家は中国の軍事増強を知っている。尖閣問題も知っている。北朝鮮のことも知っている。しかし、中国の軍事増強に反対しない。中国の高官が日本と戦争するような発言をしてもなにも言わない。中国船の再三の尖閣の領海への侵入にもなにも言わない。ところがオスプレイの古いヘリコプターとの入れ代えに反対し、普天間飛行場の辺野古移設には猛烈に反対している。彼らは反戦平和主義ではなく親中国・反安保・反米主義だからオスプレイ配備に反対し辺野古移設に反対しているのだ。

 沖縄戦体験者の島袋さんは戦争の一面だけを知っているだけで戦争の全体を知らない。だから、島袋さんが、軍隊があるから戦争になる、米軍が沖縄に居るから戦争になる、辺野古飛行場をつくれば戦争になる恐れがあると考えるのは仕方がないことである。
しかし、沖縄二紙、革新政治家、左翼運動家は沖縄戦の全体を知っている。沖縄の米軍基地が中国への抑止であることも知っている。彼らは島袋さんのように悲惨な沖縄戦を体験したために戦争トラウマに陥った老人ではない。彼らは島袋さんと同調しているのではなく、島袋さんの反戦平和・辺野古移設反対の思いを自分たちの反米・反安保・反資本主義のプロパガンダに利用しているだけだ。
沖縄知事の申請承認糾弾
稲嶺市長勝利へ 普天間1周デモ



(写真)出発集会でガンバロウを三唱する(右から)田村、新垣繁信、伊佐、知念、安次富、伊波、赤嶺、新垣清涼の各氏=3日、沖縄県宜野湾市

 米海兵隊普天間基地(沖縄県宜野湾市)の即時無条件閉鎖・撤去を訴えて、同基地を自動車で一周する「2014年第31回新春自動車デモ」が3日、同市内で行われました。主催は「普天間基地撤去をめざす宜野湾市民協議会」(宮城正雄共同代表)。

 出発集会で参加者は、昨年末の仲井真弘多(なかいま・ひろかず)知事の同県名護市辺野古の埋め立て申請承認を糾弾。12日告示の名護市長選(19日投票)で「稲嶺ススム市長を勝利させ、日米両政府に沖縄県民の総意を示そう」と決意を固め合いました。正月三が日からMV22オスプレイが爆音をまき散らして住宅密集地上空を訓練飛行する姿が見られました。

 主催者あいさつで知念吉男事務局長(日本共産党宜野湾市議)は「『命どぅ宝』(命こそ宝)の県民総意を裏切った知事を絶対許してはならない」と強調。激励に駆け付けた赤嶺政賢衆院議員は「『知事は埋め立て承認撤回を』の声を大きく広げよう」と訴えました。

 ヘリ基地反対協の安次富(あしとみ)浩共同代表は、「政府と結託した知事の暴挙に屈してはならない。日米両政府は名護市長選を死に物狂いでやってくる。稲嶺市長の当選まで全力でたたかい抜こう」と力を込めました。

 伊波洋一元宜野湾市長、新垣繁信・県統一連代表幹事、「ヘリパッドいらない」住民の会の伊佐真次氏、新垣清涼・普天間爆音訴訟団副団長、田村貴昭・党国会議員団九州沖縄ブロック事務所長が連帯あいさつしました。
          沖縄タイムス2014年1月4日(土)
日本共産党・社民党・統一連が辺野古移設反対運動のリーダーである。つまり島袋さんのリーダーである。
彼らは、「仲井真弘多(なかいま・ひろかず)知事の同県名護市辺野古の埋め立て申請承認を糾弾」「『命どぅ宝』(命こそ宝)の県民総意を裏切った知事を絶対許してはならない」「ヘリ基地反対」「ヘリパッドいらない」「普天間爆音訴訟団」など多くの庶民的な看板を掲げているが、その看板は仲間を集めるための手段であって目的ではない。彼らの最終目的は、日米安保を廃棄し、米軍を日本から追い出し、民主主義国家日本を社会主義国家することだ。

島袋さんは彼らの目的に利用されているだけだ。
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新聞はなにげなく大嘘をつく

遅まきながら、新年おめでとございます。
今年もおもしろい年になりそうです。




「かみつく」を改名「沖縄 民主主義4」
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「かみつく」を改名して「沖縄 民主主義」にした。

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新聞はなにげなく大嘘をつく



辺野古飛行場予定地は左端の金網から一キロ以上離れた場所にある。辺野古飛行場は写真の景色をちっとも邪魔しない。基地が建設されると浜は消えると書いて、写真の浜辺が消えるように思わしているが。写真の浜辺は軍用地ではない。この浜が埋められるはずはない。「基地が建設されると浜が消える」というのは写真の場所ではない。浜が消えるのは写真の場所から遠く一キロ以上離れている飛行場建設予定地のことである。
読者は写真の浜が埋められて消えると思ってしまう。これは辺野古飛行場の移設場所を知らない人を騙す書き方である。新聞はなにげなくこのような大嘘をつき読者を騙すのである。この書き方は新聞の得意技だ。

キャンプシュワブは左端に見える金網の向こう側であるから、基地内に十メートルのコンクリート壁がつくられたとしても写真の景観を損なうということはない。辺野古飛行場から遠く離れた場所で撮ったこの景色はずっと変わらない。



 沖縄タイムスは多くの戦争体験者の体験談を掲載し、戦争は悲惨であり、二度と戦争をしてはならないと反戦平和を訴える。
しかし、沖縄戦体験者には大きな欠点がある。彼らは自分の戦争体験だけしか知らない。戦争全体のことを知らない。非常に狭い視野で戦争を見ている。

戦争は沖縄戦だけではない。沖縄戦のような負け戦だけではない。勝ち戦もある。戦前の日本は領土を拡大するために大陸を侵略していった。大陸や南方に侵略して現地の人々を支配した。そして、多くの日本国民を移住させて農業をさせた。
貧しい沖縄の多くの県民が南方や大陸に移住して農業をやったが、その土地は日本軍が現地の人たちから奪った土地だった。日本軍が勝っていた時は沖縄の人々は日本軍の侵略の恩恵を得ていた。現地の土地を奪って自分たちに与えてくれた日本軍に感謝していた。日本軍によって追い出された大陸や南方の農民たちの悲惨さを沖縄の人たちは知らない。知ろうともしない。沖縄は戦争加害者でもあったのに、自分たちは戦争被害者だと思っている。沖縄戦の負け戦を体験した島袋さんの戦争体験は個人的な体験の域を出ていない。戦争は体験だけでは理解できない。

自分の戦争体験しか知らない島袋さんは戦後の沖縄のことについて自分の体験だけしか知らない。糸満出身の島袋さんは米軍のお陰で繁栄した辺野古に移り住み、夫はキャンプシュワブ建設現場で働き、島袋さんもシュワブ内で働いた。戦前の沖縄は貧しかった。米軍が駐留して基地関係の仕事が増え、戦前に比べて飛躍的に沖縄の経済はよくなった。そのことに対しての感謝の気持ちが島袋さんにはない。沖縄の貧しさを救ってくれた米軍に感謝の気持ちがない島袋さんは恩知らずだと私は思う。

島袋さんは「沖縄を、人殺しの島にしないで」と言っている。米軍をひどく侮辱している言葉である。
米軍は人殺しをするために沖縄に駐留しているのではない。中国、北朝鮮、北ベトナムがアジアの弱小国に侵略して人殺しをさせないために駐留しているのだ。

一九五〇年六月二五日に発生した朝鮮戦争はなんの予告もなく北朝鮮が南朝鮮に侵略して始まった。米軍は侵略してきた北朝鮮を追い返し、南北の国境線を守るために戦った。ベトナム戦争も同じだった。社会主義国家だった北ベトナムは南ベトナムも社会主義国家にしようと侵略した。米軍は南ベトナムを守るために侵略してきた北ベトナム軍やベトコンと戦った。朝鮮戦争では米軍が北朝鮮軍を追い返した。だから現在は北朝鮮と韓国に分かれている。しかし、ベトナムは北ベトナムが勝利したので南ベトナムは北ベトナムに支配されて、社会主義国家になっている。

朝鮮戦争やベトナム戦争で分かるように米軍は人殺しをするために沖縄に駐留しているのではない。社会主義国家の侵略を防ぐために駐留している。侵略を防ぐためには戦わなければならない。もし、侵略者と戦って勝利しないとチベットやウイグルのように植民地にされ惨めな生活を強いられる。米軍が沖縄に駐留していたから、戦後六十八年間、沖縄は社会主義国家に侵略されず平和でいられたのだ。

 島袋さんは米兵から「戦争はビジネスだ」と聞いたという。戦地に派遣されると給料を多くもらうから、島袋さんは「金儲け」と「人殺し」が繋がると言う。そして、「沖縄にある米軍基地がベトナムの人を殺したんじゃないのか」と思い、脳裏に忘れかかった沖縄戦の記憶がよみがえるという。

 島袋さんの話はひどい話。南ベトナムが共産党独裁国家北ベトナムに侵略されないように戦い、死んでいった若き米兵たちを侮辱している。確かに沖縄にある米軍基地がベトナムの人を殺している。しかし、ベトナムの人といっても彼らは南ベトナムを滅ぼして北ベトナムの支配下に置こうとしたベトコンと北ベトナム軍である。ベトコンと北ベトナムは多くのベトナム人を殺害している。北ベトナム兵やベトコンによる南ベトナム人の殺害を食い止めるために米軍は南ベトナムで戦ったのだ。島袋さんは自分が体験した沖縄戦とベトナム戦争を重ね合わせて米軍がベトナムの一般人を殺害したと思い込んである。米軍が戦った相手はベトコンと北ベトナム軍であって、ベトナムの一般の人たちではない。

 自分の沖縄戦体験だけで戦争を見ている島袋さんは敵兵であった米兵が死ぬことには平気なようだ。沖縄戦では敵であり、沖縄の人々を殺害した米兵であったが、戦争が終わり、戦後の島袋さんは軍で働いた。多くの米兵や彼らの家族を見てきた島袋さんは彼らが普通の人間であることを感じたはずである。それとも、島袋さんは沖縄戦のトラウマが強く米兵は普通の人間にはみえなかったのだろうか。ウチナーンチュだけが赤い血が通流れている、米兵にはウチナーンチュとは違う白い血が流れている人間だと思っているのだろうか。島袋さんには米兵が赤い血が流れているか人間には見えないのだろう。米兵は死ぬのが平気で「戦争はビジネス」だと考えていると島袋さんは本当に信じているのだろうか。

 島袋さん。米兵もウチナーンチュと同じ赤い血が流れている。自由を求め、恋を求め、幸福を求めている普通の人間だ。米兵の誰もが長生きしようと願っている。死にたくないと思っている。
戦争に行けば死ぬかも知れない。戦争に行くことは死を覚悟することである。死ぬかも知れない戦争に若き米兵は「金儲け」のために平気で行くというのか。米兵はお金のためなら平気で死ぬというのか。米兵は普通の人間ではないというのか。それはおかしい。

 基地内で働いて辺野古に住んでいた島袋さんなら知っているはずだ。明日、ベトナムに行かなければならなくなった若い米兵は、「死ぬかも知れない自分にお金は必要ない」とありったけのお金を沖縄で使ったことを。浴びるほど酒を飲んだことを。沖縄のベトナム戦争景気はそのような死を覚悟した若い米兵たちの金に支えられていたことを。
 ベトナム戦争を体験した多くの若者が精神障害者になった。精神障害がひどくなったある若者は大学の建物の屋上から無差別殺人をして射殺された。
ベトナムでは戦場ではなく街や村で一般人の中に紛れたベトコンに襲われたり、子どもに襲われたりもした。そのためにベトナム人みんなが敵だと思い込むような精神障害に陥った米兵がベトンム人を大量殺害した悲劇も起こった。
米兵は殺人マシーンではない。普通の人間だ。本当に島袋さんは米兵から「戦争はビジネスだ」と聞いたのか。その米兵の精神状態どのような状態だったのか。自暴自棄になっていなかったか。冗談で言ったのか。私は「金儲け」と「人殺し」が繋がるという島袋さんの考えに違和感がある。米兵を人間として見ていない島袋さんに失望する。

 戦争は殺し合いである。人間の悲劇である、惨劇である。戦争はしないほうがいい。しかし、あの時代は共産勢力の侵略を防ぐのが米国の使命だった。そのためには戦争をしなければならなかった。ベトナム戦争は北ベトナムの侵略から南ベトナムを守るための戦争だった。守るための戦争さえ否定するということは共産勢力の侵略を肯定することであり、植民地にされることを認めることだ。 
米軍は韓国を守るために、南ベトナムを守るために戦争をしたのだ。守るための戦争さえ「戦争は人殺し」という理由で否定していいのだろうか。島袋さんは沖縄が中国に侵略されて植民地になってもいいと言うのか。
島袋さんには人権意識はないのだろうか。
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